十六章 謝罪
バッ!「もう充分です!止めて下さい!!」
小晶さんは数メートル離れていた筈の所から瞬時に現れ、あろう事か俺達と奴の間で両腕を広げて立ちはだかった。守っていた姉を見ると、向こうも吃驚仰天している。
「どうして!?ついさっきまで、ちゃんとあそこに……!?」
どうやら聖者様は傷病を癒すだけでなく、瞬間移動まで使える御仁らしい。
「勝機!」「きゃっ!?」
脚を押さえていた商売敵は突然立ち上がり、背後から細身の上半身を羽交い絞めにした。ちょっと、手前の後ろは政府館だぞ!?四面楚歌の状況で何余罪作ってんだ!?
「動くなよ、手前等?一歩でもそこから前に来てみろ」首に手を掛け、「この可愛らしいお嬢さんの首が地面と水平になるぞ」
「ここまで阿呆な真似をするとは思わなかったぞ、この万年不精髭め!さっさとその汚らしい腕をどけろ!!」
これには流石のユアンも烈火の如く怒り、唾を飛ばさんばかりの勢いで怒鳴り付けた。好戦的な姉も応戦に回る。
「その人は特別なのよ!あんたが気軽に触れられる御方じゃ、こら!そんな黴菌だらけの顎を擦り付けないで!!」
当の人質は危機感がいまいち無いのか、ポカンとした表情でこちらを見ていた。まあ首の骨が折れても死なないし、仮にやられても逆に加害者が肝を潰すだけだろう。
「形勢逆転だ。さて、まずは今までの謝罪として、土下座でもしてもらおうか?」病的に白い細首に力を込める。「断ったらどうなるか、分かっているな小僧?」
「チッ……!」
膝を折りかけたユアンは次の瞬間、何故か不気味なせせら笑いを浮かべた。視線を追い、俺達にも原因が判明する。捕らわれの姫君は、とっくに氣とやらを掴んでいたのだろう。怖がらないのも当たり前だ。
一人気付いていない哀れな髭が、ややキレ気味に口を開く。
「おい、何笑っていやがる!?この娘がどうなっても」「「「てーいっ!!」」」」「がっ!!?」
手に棒を持った子供達の奇襲に、後頭部に一撃受けつつもバラッグ・ビータは戒めを解いて尚も逃げようとした。が、側面から突撃した別働隊の足払いに転ばされ、倒れた所を全員で袋叩き。鼻血を噴き出し、止めてくれー!いい年した大人は野太い悲鳴を上げた。
「駄目だよ皆!オリオールも!!」
「でもお兄ちゃん、このオジサン悪者なんでしょ?」
「そうだよ兄様。リャクシュユーカイ、キブツソンカイの上コウムシッコーボーガイの極悪犯だもん。これぐらい当然だよ」
「大人達はまだ向こうでみっともなく転がってるし、情けないったら」
ねー!総勢六人の小さな戦士達の声がハモる。いいぞもっとやれ!
「でも、一人相手に大勢で暴力を振るうなんて……」
「流石我が主、素晴らしき御慈悲です」
沈着冷静な男の声がした瞬間、子供等が反射的に肩をビクッ!とさせた。
何処からともなく現れた黒服の神父様はにっこり笑い(何故かその瞬間、夏にも関わらず毛に覆われた背筋を強烈な寒気が走った)、小晶さんの前で片膝を着いた。
「お怪我はありませんか?野蛮なテロリストをみすみす取り逃がした罪、聖族側には後で厳しく追及しておきましょう」
「いえ、ジュリトさん。その必要はありません」
心優しき王は跪き、髭の顔に掌を当てて例の温かい光を放出。しこたま殴られた頬の腫れが引き、鼻と歯茎からの出血が止まった。
「大丈夫ですか?―――済みません。どうやらあってはならない誤解があったようですね」
悲しげな表情を浮かべ、腰が折れそうな程深く謝罪する。
「坊ちゃま。下賎の者にそのような温情は必要ありません」
「残念だが今回ばかりは私も神父に同意するぞ。最初がどうであれ、こいつが法を犯し暴力を振るった事には変わりない」
「おや?よくのこのここの場に現れられたものですね、第七対策委員。お前の突然の行方不明に、坊ちゃまがどれだけ御心配なさったか―――」
続くねちっこい責め苦に眉を顰めたが、ユアンは責任を感じているのか黙って耐えていた。しかし、それは唐突に終わる。
「―――まあそれでも、『あの男』より罪は軽」バシッ!!
「それ以上発言してみろ。全力で核を潰すぞ」
神父の頬を引っ叩き宣言。力任せで我を忘れたのか、殴った掌が真っ赤だ。
「―――それもそうですね」
優雅に主人へ一礼。
「大変な失礼を、坊ちゃま。お前達、この汚物を留置所へ放り込んでおきなさい」
じわじわと赤くなる患部を軽く押さえながら命じる。
「ジュリトさん」
「御心配無く。形式通りの調書が終わり次第、即刻追い出します」
無罪放免とはいかないと思っていたが、異例の穏便処置だ。俺達としてはしばらく娑婆から隔離しておいてくれると非常に有り難いんだけどな。
「放せー!」
「はいはい、暴れないでよオジサン」
そう嗜めながら、リーダーらしき黄色リボンの少女が太い両手首を縄でぐるぐる巻きに。他の子供達も脚や首(!?)にロープを掛け、引っ張って強制的に立たせる。
「ぐえっ!?」
「乱暴はいけません!あ、また擦り傷が……済みません、少しだけ我慢して下さい。部屋に案内次第すぐに治療しますから」
血を滲ませた首筋に白魚のような指を這わせ、まるで自分の傷のように辛そうな顔をする。その献身的な様子に、悪役は珍しくしおらしくなった。
「あんた、優しいんだな……」
おい、絶対惚れるなよ髭?死ぬぞ?
「そんな奴に情を掛ける必要など無い。おい餓鬼共、とっとと片付けろ」
「キューキンドロボー達はどうするの?―――あ、何だ。もう帰っちゃうんだ。相変わらず無駄に忙しいんだね」
子供の姿をした一角獣は肩を竦め、ロープを左に持ち替えて空いた手を上げた。
「バイバイ!狐のお兄さんお姉さんも、また何時でも遊びに来てね!!」
犯罪者と子供達、ついでに神父が政府館へ引き上げる中。長は何故か一人この場に残っていた。
「一緒に行かないの、小晶さん?」
「ええ……私、シャーゼさんに謝らないと」
「へ?」
頭が下げられ、長い前髪が落ちる。
「―――ごめんなさい!本当はあのカード」
「言うな」
ガッ!肩を掴み、強制的に上体を起こさせる。
「でもシャーゼさん、私のした事は……」
その申し訳なさそうな様子でピンと来た。考えればすぐに分かった事だ。いもしない人間を語る理由など、一つしかないではないか。
相棒は初めから全て知っていたのだ、恋慕する人の嘘を。そこに秘められた感情ごと、何もかも……。
「私は何も気付かなかった。だからお前は今まで通り、阿呆みたいに平気な顔で接していればいい―――分かったな?」
「だけど、窃盗は」
「お前のようなお人好しのノロマに盗まれたなら、それは完全に私の落ち度だ。なあ、お前等」
いい加減フォローしろ、そう言いたげに話を振る。先に口を開いたのは姉ちゃんだ。
「ええ。証拠は何処にも無いし、そう自分を責めなくてもいいと思います」
「そうそう」ニッ。「ほら笑って。俺、小晶さんの笑顔好きだよ?ユアンには及ばないけどさ」
「ネイシェ!?」
「?」
聖者様は小首を傾げた後、蕾が綻ぶようにゆっくりと微笑んだ。黄金の山にも勝る宝に、調子の良い奴だ、すっかり心奪われながらも相棒はそう呟いた。




