十二章 潜入作戦
その電話連絡から、きっかり二十四時間後。
「どうしたお前等?さっきからニヤニヤして、気色悪い」
侵入がバレバレとも知らず、政府館裏口数メートル手前の林の中で相棒は訝しんだ。“黄の星”へ到着したその脚での直行。当たり前だが自宅すら寄っていない(お母様にお会い出来ず、俺的には非常に残念だ)。
「別にー。ね、ネイシェ?」首肯。
「フン。まあいい。―――そろそろか」
勿論徹頭徹尾秘密主義のこいつの事だ。一体どんな作戦が立案されたのか、俺達には全く知らされていない。酷い話だ。
「ねえ、さっきは何処へ行ってたの?デイバッグが随分軽くなってるみたいだけど」
姉の指摘通り、船から降りるまでパンパンだった背負い袋は、傍目からもかなりスカスカになっていた。別れていたのは五分程度。何だか厭な予感が、
「おーい!世紀のトレジャーハンター、バラッグ・ビータが来てやったぞ!開けてくれ!」
バンバン!消灯された正面玄関の方向で、聞き慣れたダミ声と硝子戸を叩く音が響く。おい!?何で商売敵が、選りに選ってこんな所に?
「阿呆め。のこのこ現れたな」冷笑を浮かべ、腕時計を一瞥。「―――丁度良い、時間だ」
ドオンッ!!!「ぎゃあっ!!?」地を一瞬震わせる破裂音と、汚い悲鳴。続いてガヤガヤと人の集まる気配が。
「何だこれは!!?」
「怪しい奴め!この爆発はお前の仕業か!?」
「し、知らねえよ!?俺は偶然通り掛かっただけで……!」
「さっきからギャアギャア騒いでいたのもお前だな!?来い!話は中でゆっくり聞かせてもらおうか!!」
「止めろ!引っ張るな公僕共!!」
「予想外に上手くいったな。さ、今の内に行くぞ」
エグい、正に鬼畜の所業。相棒よ、お前は他人様を貶めてまで小晶さんに協力を仰ぎたくないのか。
俺は天を仰ぎ、この人の皮を被った悪魔に成る丈重い罰が下るよう祈った。
夜のせいか、政府館内に灯る明かりは最低限だ。窓から月光が入る廊下もかなり薄暗い。―――良し。どうやら付近を歩いている職員はいないようだ。
「道は分かるのか?」
「昨夜の内に図書館で地図をコピーしてきた。大体は分かる」
あれ、刊行物の複写って禁止されているんじゃ……?ショナの奴、可哀相に。バレたら長い始末書書かされるんだろうな。
迷い無く廊下を進み、右の角を曲がる。
「と、一応用意してきたが、中は特に変わってないな。てっきり第七共の分を増築したと思っていたのだが」
五年振りの元職場を何処か懐かしげに眺めながら呟く。
「あんたの所属してた第七対策委員って何階なの?同僚だった人達に挨拶していきましょうよ」
「生憎不死省に統合されてもう無い」
「じゃあ、皆リストラ?」
「いや、公安課自体は存続している筈だ。治安を乱す輩は“死肉喰らい”以外にも大勢、それこそウンザリする程いるからな」
そう言えば前に小晶さんが誘ってたな、今からでも自分の所へ来ないかって。
「シニククライ?何それ、聞いた事の無い犯罪者ね」
「ああ、それでいい。一般人に知られていたら却って困る所だ」
お喋りは終わりだと言わんばかりに視線を逸らし、切れ長の目を先に続く暗闇へ向けた。
カツン、カツン、カツン……。
昨夜の電話通りきちんと人払いしてくれたらしく、地下への階段へ至った時点では無事誰にも遭遇しなかった。
「―――妙だな。幾ら玄関で爆破事件が起きたとは言え、全員が事態収拾に向かうなど有り得ん。混乱に乗じて仲間のテロリストが侵入したらどうするつもりだ……?」
不信感に眉を顰め怪しむユアン。
「さ、さあ?意外と抜けているんじゃないか。お陰で見つかってないんだし、結果オーライだろ?」
俺の説得にも当然納得する筈が無く、腑に落ちない表情のまま。こいつの慎重さからすれば当然の反応だろう。事情を知らなければ、楽天家の俺ですら罠じゃないかと思う。
(何処かからこっちを見ているのかな、小晶さん?)相棒に気付かれないよう頭を動かし、こっそり窓の方を見て吃驚した!
木枠の下から蒼髪の子供がじーっ、夜の侵入者達を覗き込んでいる。直感で昨日電話に出た弟さんと判断。アイコンタクトを送ると、姉も彼に気付いた。同行者の死角からにこやかに手を振る。坊主は元気に短い腕をパタパタさせ、協力者同士特有の秘密めいた笑顔で頷いた。




