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十章 もう一つの星空



「で、一体何を閃いたんだ?」


 鳳凰亭二階。ベッドに下ろされた俺は性急に尋ねる。

「ずっと妙だと思っていた。大事な文書を入れるにしては、このペンダントの気密性は余りにも低過ぎる」

 箱に開く細かい穴を指差して言う。

「そうだな。四角い首飾りってのも珍しいし」

「―――地図とこいつでセットの暗号だったのだ。運良く一つだけ手にしても、絶対に遺跡を捜し当てる事は出来ない」

 そう言うと奴は何故かカーテンを閉め、デスクライトを点けて部屋の照明を消した。暗闇に目を慣らしながら尋ねる。

「何を始めるつもりだ?」

「宿の主人は確かアロマが趣味だったな。使いかけのキャンドルでいい。なるべく小さい奴を一つ貰って来い」

 箱を開け、内側の汚れをウェットティッシュで慎重に拭き取りながら言う。

「分かった。すぐ持って来る」

 晩飯の残りを食うのは後回しだ。

(父さん、もうすぐ助けてやるからな。待っててくれよ!)

 病床の肉親を想いながら俺はドアを潜り抜け、階段を駆け降りた。


「あれ、姉ちゃん!?」


 追い掛けて来たのか、就寝前の片付けをする愛人の隣には、先程別れたばかりの姉がいた。

「ああ、ネイシェ」くびれた腰に手をやる。「い、言っとくけど、ママに頼まれて様子を見に来ただけだから。別に心配なんて」

「そっか。今からユアンが謎解きをするんだ、見て行けよ。ヴァイア、ちびたアロマキャンドルってある?一個欲しいんだけど」

「そんな物なら沢山あるわ。ちょっと待ってて」

 カウンター奥へ消えるヴァイア。しばらくの後、木製の可愛らしい小箱を持って戻って来る。

「お待たせ」

 パカッ。残り二センチになったパステルカラーの蝋燭は、まるで宝石のように綺麗に並べられていた。ほー、彼女にこんな少女趣味な一面があったとは。毎日会って月二回はHしていても、まだまだ知らない事だらけだな。

「はい、好きなのを取って」  

 宝箱を俺の鼻先まで近付けて言う。良い匂いが鼻腔をくすぐるが、一杯あり過ぎてどれがいいやらサッパリだ。

「どうしたの?―――えっ、選べないですって?しょうがないわね」

 姉ちゃんは適当に何個か抓んでフンフン嗅ぎ、一際小さなピンク色の欠片を手にした。

「ティートゥリーね。狐だからやっぱり樹木系が好みなのかしら?」

「ええ、他にはユーカリとかが好きです。ほら、前の住処はこう言う香りだったでしょ?」

 クンクン。

「あ、ちょっとキツいけど近いかも。じゃあこれ貰うよ、ありがと」

「どういたしまして」

「早く行きましょ。あいつ、きっとイライラしながら待ってるわよ」

 帰りは姉に抱えられ、楽々階段を昇って戻った。


 ガチャッ!「ただいまー!」「どうも」「何だ女狐、お前も来たのか?」

 

 さして想定外でもなかったらしく、箱の清掃を終えた相棒は軽く肩を竦めた。

「まあいい、さっさとやるぞ。貸せ」

「ええ」

 蝋燭の破片を手渡した姉はベッドに腰掛け、俺を隣に降ろした。

「随分暗いと思ったら、カーテン閉めてるの?何故」

「今に分かる」

 デスクライトの下でシュボッ!紐にライターで着火。その後取った行動に、俺達姉弟は揃って目を丸くした。


「わっ!」「当たりだ。矢張りな」


 キャンドルの仕舞われた箱が、点った光を外へ放射し始める。部屋唯一の照明が消されると、壁と天井一面に無数の小さな瞬きが現れ出た。


「綺麗……!」「この辺か」


 突然のプラネタリウムに感嘆する姉を他所に、ユアンは箱を部屋の中央の床へ置き、油断無く全体を観察し始める。

「思った通り星図だったか。となると何処かに目印が」

 直後、入口付近の天井の一点で目線が止まる。例の金剛石の留め具から乱反射しつつ放たれた七色の光。一目で他の星と違う。

「おい、この位置は確か……」

 暗闇の中、書棚から宇宙星図を抜き取り一旦廊下へ。戻って来て再度確認した後、今度は普通の地図帳を引っ掴んで出て行った。バタン!

 残された俺達は揃ってベッドへ倒れ込み、ゆらゆらした偽物の星空を見上げる。

「あのペンダントに、まさかこんな秘密があったなんて……あいつ、凄いわね」

「まぁな」

 溜息。

「毎日間近で見ていた私達でさえ全く気付かなかったのに、たった二日で……流石新進気鋭のトレジャーハンターね。完敗だわ」

 上半身を起こし、膝を抱えて満天の天井を眺める。

「ネイシェ。ママね、あいつをシルバーフォックスに入れたいみたいなの。―――でしょうね。私達と明らかに目が違うもの」

 ぐー。中途半端に満たされた腹が鳴った。起き上がり、横に置いた重箱を開けて残りの鰻を食べ始める。多少冷めてはいるが、舌が蕩けそうな美味さは変わらなかった。

「もぐもぐ……姉ちゃんも誘いたいのか?」

「出来れば。でもあいつ、何か目的があるんでしょう?でなきゃ性格的にもこんなアゴキな商売」

 自身も同職なのに、中々酷い言い様だ。

「もし誘えるなら、個人的には幾ら出してもいいわ。何より自力で信じられない数の遺跡を踏破した実績があるもの。ママに情報を貰ったのに、私と来たら未だにあいつの四分の一も……」

「そう落ち込むなって。あんな真似、ユアン以外の奴には無理だって」

 雨の日も風の日も図書館やら古書屋、時には闇マーケットで情報を集め、その後は籠もってひたすら解読と分析。俺が気を利かせて外へ誘い出さない限り、一年中そうなのだ。その集中力と忍耐たるや、到底常人に備わる物ではない。

「尊敬するわ、素直に」ほぅっ、肺の空気を吐く。「……パパ、治るかな?」

「当たり前だろそんなの。俺はユアンを信じてるぞ」

 そう太鼓判を押し、箸を持っていない手で体毛越しに胸を叩いた時だった。




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