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掌編

ボクが猫になった日

 それはとても寒い、雪が降りしきる日の朝のこと。

 ボクが目を覚ますと、枕もとにはいつも通りお母さんが立っていた。

 絵本に出てくる魔女そっくりな黒いワンピース。緑色のひっつめ髪。やせた頬と青い唇。

 命を持たない人形みたいな緑色の瞳で、冷たくボクを見下ろしている。

 ボクは水差しの水を一口飲んで、ひゅうひゅうと音を立てる喉を潤してから、いつも通りのあいさつをした。


「おはよう、お母さん」

「おはよう、ピット。朝ごはんを食べて、このお薬を飲みなさい」

「はい」


 ボクはサイドテーブルに置かれた食器へ手を伸ばす。

 かたい黒パンを野菜のスープにひたして、時間をかけながら少しずつ食べる。そして小瓶に詰まった緑色の苦い薬を飲む。

 お母さんはそれを見届けることもせず、すぐに部屋を出て行ってしまう。

 一人きりになったボクは、小さなため息をついた。

 お母さんの言うことは、いつも一緒だ。


『朝ごはんを食べて、このお薬を飲みなさい』

『昼ごはんを食べて、このお薬を飲みなさい』

『夕ごはんを食べて、このお薬を飲みなさい』


 こうなってしまったのは、全部ボクのせい。

 生まれつき身体が弱かったボクは、三年前ついに起き上がれなくなってしまった。そのときは街中のお医者さんが「この子の命は一年もたないだろう」とさじを投げた。

 それでもお母さんは笑顔を浮かべて、ボクにこう言った。


『大丈夫よ、ピット。お母さんがあなたの病気をぜったいに治してあげるわ。そうだ、遠い北国には〝奇跡〟が起きるといわれる、美しい森があるらしいの。そこに移り住みましょう』


 そうして、森の家で暮らしはじめてから三年が経ち……ボクはまだ生きている。

 それはお母さんが待ち望んだ〝奇跡〟のはずだった。

 なのにお母さんは、ちっとも笑ってくれない。毎日ごはんと薬を運んでくるだけの、心のない人形になってしまった。

 だんだんボクも、お母さんに似てきた気がする。


「いったいボクは、何のために生きてるんだろう……?」


 そんなことを呟いてしまい、ボクはぶるぶると首を横に振った。

 重たい身体をなんとか持ち上げて、ベッドの脇へ立つ。そして分厚いガラス窓を両手でぐいっと押し開く。

 スキマからひゅうっと入り込む、冷たい雪のカケラ。

 部屋の中がキンと冷えて、頭がずきずき痛くなるけれど、ボクは窓を開けたままガマンする。

 人形になりかけのボクにとって、食事の後のこの時間は、かけがえのない大切なものだった。


「おいで、クロ、おいで」

「ニャア」


 風の中にかすかな、でもいきいきとした声が混じった。

 鳥のように軽やかに、ふわりと舞い込んでくる小さな黒いかたまり。雪とは正反対の、とても温かい生き物。

 この森に住む一匹の黒猫が、ボクの唯一の友だちだった。


 ☆☆☆☆


 クロはとても不思議な猫だ。

 ボクの体調が悪いときに、クロは必ずやってくる。

 その黒くてつやつやした毛をなでているうちに、いつの間にか頭のずきずきが消えて、身体もぽかぽか温まっている。

 不思議なことは、それだけじゃない。

 クロはとても頭が良くて、ボクの話すことをちゃんと分かってくれるのだ。


「クロ、今日は寒いだろ? ボクの家に泊まっていきなよ」

「ニャーア」


 イヤだよ、というように、クロの尻尾がヨコに振られた。ボクはめげずにもう一度誘う。


「じゃあお昼ごはんの後に、またここへ遊びに来てくれる?」

「ニャア」


 今度は尻尾がタテに振られた。

 クロの真ん丸な瞳が、『ごはん』という言葉に反応して、キラキラと輝く。

 クロはお母さんの作るごはんが大好物で、毎日かかさず食べにくる。ボクの部屋へ遊びにくるのはそのついでだ。

 ピンと立った三角形の耳に顔を近づけて、ボクはそっと尋ねた。


「クロは、うちのお母さんのことが好き?」

「ニャア」

「それは、ごはんをくれるから?」

「ニャーア」

「違うんだね。じゃあ……優しいから?」

「ニャア」


 ぶんぶんとタテに振られた尻尾を見て、ボクは思わず苦笑する。

 たしかに昔のお母さんは優しかった。いつも笑顔で、ボクの頭をなでて、ギュッと抱きしめてくれた。

 でも今のお母さんは、ちっとも優しくない。

 そんな風に変わってしまったのは……全部ボクのせい。

 ボクが病気になんてなったから。

 きっとお母さんは、ボクを看病することに疲れてしまったんだ。


「お母さんは、ボクのことがキライになったのかな……」


 気づけばボクの瞳から、ポロリと涙が零れていた。

 クロはボクの胸へ飛びついて、涙で濡れた頬をペロリと舐めた。

 そのとき。


『キミはそんなことを考えていたのか、バカだなぁ』


 どこからか不思議な声がした。ボクと同い年くらいの男の子の声だ。

 でもそんなはずがない。この部屋にいるのはクロだけなのに。


「もしかして……クロ?」

『うん、そうだよ』


 突然二本の足で立ち上がったクロが、尻尾をぶるんぶるんと得意げに振り回した。


『黙ってるつもりだったけど、しょうがないから教えてあげよう。僕は猫じゃなくて、本当は人間なんだ』


 ボクはあまりにもびっくりして、息が止まりそうになった。

 そんなボクの頬を、自由になった前足でぺちぺちと叩きながら、クロが呟く。


『まあ正しくは、猫に取りついた〝魂〟なんだけどね。今も魔法でキミに話しかけてるってわけさ』

「魔法……?」

『そう、僕の名前はダーク。魔法使いのダークっていうんだ』

「ダーク……その名前知ってる。小さい頃に読んだ絵本に出てたよ。三百年前に魔王を倒した、世界一の魔法使いだって」

『ご名答、それが僕のことさ! ……といっても、今はちっぽけな猫だけどね。あのとき魔王に魂を飛ばされて、気づいたら猫になってたんだ』


 まるで夢みたいな話だった。

 ボクは胸がドキドキして、頬が熱くなって……ベッドにぱたんと倒れてしまった。


 ☆☆☆


 それからダークさんは、ボクにいろいろな話をしてくれた。

 ダークさんの冒険は、本で読むよりずっとずっと面白くて、ボクはすっかり夢中になっていた。


『この三百年、僕は人間に戻る方法を探しながら、世界中を旅してきたんだ。でも猫の身体じゃどうしても魔力が足りなくてね。しょうがないから、馬車に忍び込んだり誰かの飼い猫になったり……まあ大変な旅だったよ』


 ダークさんは広い大陸を南から北へと進んで、ちょうど十年前に、北の果てにあるこの森へ辿り着いた。

 しばらくのんびり暮らしながら、今度は西へ行こうか東へ行こうかと迷っているとき、たまたま傷ついた旅人を見つけて、こっそり魔法を使って傷を治してあげた。

 似たようなことが何度かあって、だんだんと噂が広まり、この森は〝奇跡の森〟と呼ばれるようになった、とのこと。

 その話を聴くと同時、ボクは叫んでいた。


「ダークさん、お願いです! ボクの病気を治してください!」


 そうすれば、きっとお母さんは喜んでくれる!

 そして、お父さんとの思い出が詰まった、元の街へ帰るんだ……!

 ボクが必死の思いで伝えると、ダークさんは寂しそうに尻尾をヨコに振って。


『残念ながら、猫の僕にはそこまでの力がないんだ。せいぜい痛みを和らげてあげることくらいしかできない』

「そうですか……でも、それだけで充分です。ありがとうございます」


 ボクは、嘘のない心からの笑顔で告げた。

 本当ならとっくに息絶えているはずのボクが、こうして生きていられるのは、たぶんダークさんのおかげだ。

 世界一の魔法使いがそばにいてくれる。それだけで、なんだか勇気が湧いてくる。

 ダークさんのことを、お母さんにも伝えたい。そうすればお母さんも少しは安心してくれるはず……。

 そんな希望を告げてみたところ、やはりダークさんは尻尾をヨコに振って。


『ゴメン。キミのお母さんには、内緒にしていてくれないか? ちょっと、その……都合が悪いんだ』

「分かりました……何度もわがままを言ってすみません」

『いや、こっちこそゴメン。正直なところ、今は猫の身体を維持するだけでせいいっぱいでね。この程度で世界一の魔法使いだなんて、期待外れもいいところだよね……』

「そんなことないです、ボクは話を聴かせてもらえるだけで嬉しいし! もしよければ、これからもうちに遊びに来てくれませんか? また旅に出るまでの間だけで構いませんから」

『うん、分かった。毎日遊びに来てあげるよ』


 そうして、ボクはダークさんと本物の友だちになった。


 ☆☆


 あっという間に一年が過ぎ、また寒い冬がやってきた。

 相変わらずお母さんは冷たくて、用事が終わるとさっさと部屋を出ていってしまう。だけどボクは前みたいに悲しい気持ちになったりしなかった。

 お母さんがいなくなると、入れ代わりでダークさんが遊びに来てくれる。

 何よりもその時間が待ち遠しかった。


『やあ、ピット君。おはよう』


 ボクが窓を開けなくても、魔法の力でガラスをすり抜けて、勝手に部屋へ入ってくるダークさん。

 ベッドの上にぴょんと飛び乗るや、全身をぶるりと震わせて雪のカケラを弾き飛ばす。冷たい水滴が頬に当たって、ボクの目を覚ましてくれる。

 ボクは「おはようございます」と笑顔で迎えようと思ったのに。


「ケホッ……コホッ」


 ボクの口から出てきたのはあいさつじゃなく、久しぶりの咳だった。

 苦くてまずい液体が、お腹の奥からこみあげてくる。ついさっき飲み干した薬が、口からあふれそうになる。


『ピット君、しっかりして! その薬は吐いちゃダメだ!』


 ダークさんに励まされても、ボクの身体は言うことをきいてくれない。

 苦しさのあまり涙が出てくる。それと同時に、意識がふうっと薄れていく。

 もしかしたら、ボクはこのまま死んでしまうのかもしれない……そう思ったとき。


『しょうがない、その涙をもらって、魔法使うよ!』


 ダークさんはボクの胸に手をついて、頬を伝う涙をペロリと舐めた。

 そしてニャムニャムと不思議な呪文を唱えて、ボクの口の中に小さな緑色のカケラを押しこんだ。

 いつも飲んでいる薬の何倍も苦いそのキャンディーは、ボクの舌をビリビリしびれさせた後、喉をするんと通ってお腹の奥へ落ちていった。

 すると。


「あれ、苦しいのが、止まった……?」

『ふぅ、危ない危ない。キミはあの薬をちゃんと飲まないと、生きていけないんだよ』

「えっと、どういうことですか?」

『実はあの薬も、僕が作った〝魔法の薬〟だったのさ』

「そうだったんですか……やっぱりダークさんは、ボクの命の恩人なんですね。ありがとうございます」

『礼を言うのはまだ早いよ、ピット君。どうやらキミの身体は、僕の魔法が追いつかないくらい弱ってしまったみたいだ』


 そう言われて、あらためてボクは自分の身体を見やった。

 骨と皮だけの、枯れ枝みたいな腕。どんなに頑張っても立ち上がることができないほど細くなった足。最近は頭がぼんやりして、ダークさんがいないときはずっと眠り続けていた。

 ボクは大きく息を吸い込み、覚悟を決めて問いかけた。


「ダークさん、どうしても、この病気を治すことはできないんですか……?」

『ごめん、今の僕には力が足りない。あの薬で、時間を先延ばしにすることしかできないんだ』

「そう、ですか……」


 自然と声が震えて、瞳から涙があふれてしまう。

 ダークさんは「ああ、もったいない」と呟きながら、その涙を一つ残らず舐めていく。


『人の流す涙には、大きな魔力がこもっているんだ。猫の僕が生み出せる、何倍もの魔力がね』

「じゃあ、ボクがこうして泣いていたら、もっと良い薬が作れるってことですか……?」

『確かに薬は作れるよ。だけど、辛いだろう? 毎日死の不安におびえて涙を流すなんて、普通の人間じゃ耐えられない。身体より先にキミの心がまいってしまうよ。なのにキミの母さんは……いや、なんでもない』


 ふいに言葉を途切れさせ、ダークさんは俯いてしまった。

 ボクはそのとき、ようやく気がついた。

 お母さんのついていた、小さな嘘に。


「お母さんは、ダークさんのこと、最初から知ってたんですね……」


 それだけじゃない。

 この森へ来てからずっと――お母さんは毎日泣いていたんだ。

 わざとボクに冷たくして、寂しくて辛くて、一人で泣いていた。

 その涙を苦い薬に代えて、ボクに〝奇跡〟を起こしてくれていた。

 なのにボクは、ちっとも気づかなかった……。


「お母さん……ごめんなさい、お母さん……ッ」

『ああ、泣かないでピット君。涙の魔力は溜めておけないんだよ。こんなにたくさん飲ませてもらっても、使い切らなきゃすぐに消えてしまう。薬にしようにも、キミの身体に強すぎる薬はかえって毒になるし……困ったなぁ』


 ざらざらした猫の舌が、何度も何度もボクの頬に触れる。

 一生分の涙を流した後、ボクはパジャマの袖で目をゴシゴシこすりながら、こう尋ねた。


「ダークさん、もし大きな魔法が使えるなら……ボクの願いを叶えてもらえませんか?」

『うん、言ってごらん?』

「実はボク、外で思い切り遊んだことがなかったんです。だから――」


 ☆


 靴をはかずに踏みしめた足元の雪は、凍えるほど冷たいはずなのに、どこか温かく感じた。

 一生分の涙と引き換えに、ダークさんに〝願い〟を叶えてもらったボクは――


『うわぁ、すごい! 猫の身体ってすごいよ!』


 ボクの叫び声は「ニャア」という可愛らしい声になり、雪原に響きわたる。

 ぴょん、と軽くジャンプしてみると、羽が生えたようにふわりと身体が浮く。

 これはダークさんがかけてくれた魔法のおかげだ。この魔法がきいている間は、普通の猫より何倍も身体が軽くなる。

 ただし、猫の身体に入れ代われる時間はそれほど長くない。ちょうどお母さんがお昼ごはんを持ってくる頃には、魔力が切れてしまう。

 もし魔力が切れたら、この小さな身体はあっという間に壊れてしまうらしい。

 だから、あまりのんびりしている暇はない。

 四本の足を交互に動かして、ボクはそろりそろりと歩きだす。コツがつかめたら、その勢いをぐんぐん増して、真っ白な庭に自分の足跡をぺたぺた押しつけていく。

 そのまま大きな木の脇を突っ切って、ずっと窓から眺めていただけの森の奥へ……。


「おーい、ピット君! 無理しないでねー!」


 遠くから、ニンゲンのボクになったダークさんの声がする。

 三角形の耳が、不安そうな呼び声をキャッチしたけれど、猫の身体は止まらない。


『こんなに早く走ったの、生まれて初めてだ! 最高に気持ちいい!』


 走って、走って、ときどき木に上って休んで、また走って。

 澄み切った空気に包まれた、どこまでも続く静かな森の中を、ボクは王様みたいに堂々と駆け回った。

 そして最後は、森の入口にあたる丘の上へ辿りついた。

 丘を下ったはるか向こうには、人の暮らす街がある。

 この特別な猫の目は、うんと遠くまで見渡せる。レンガ造りの家がずらりと立ち並び、分厚い毛皮を着込んだ人々が、にぎやかな通りを歩いているのが分かる。

 あの街のもっともっと向こうに、ボクが生まれた街がある。

 そこには、お父さんのお墓がある。


『ピット、お母さんのことを頼んだぞ……』


 お父さんが最後に呟いた声が、ふっと胸の中によみがえる。

 白く煙る街並みを眺めながら、ボクは小さく頷いた。そしてくるんと身体を反転させ、元来た道を駆け戻る。

 目印なんてつけなくても、敏感な耳と鼻が、住み慣れた森の家へとまっすぐに導いてくれる。


「おーい、ピット君ー!」


 森を抜ける手前で、そんな声が聴こえた。

 木々の向こうに目をこらすと、冷たい雪にさらされるのも構わず、窓から身を乗り出して叫ぶ男の子の姿が見えた。

 お母さんと同じ、緑の髪に緑の瞳。お母さんよりずっとやせた頬に、青い唇。

 だけど本物のボクは、あんな風に起き上がれない。

 あんなに大きな声も出せない。


「ピット君、早くここへ戻っておいで! もうすぐ魔法が切れてしまうよ!」


 予言のとおり、四本あるボクの足が少しずつ力を失っていく。ピンと立てていた尻尾がゆるりと垂れさがる。

 ダークさんのかけてくれた魔法――奇跡の力が消えていくのがわかる。

 だからボクは、ことさらゆっくりと歩いた。

 直接踏みしめる雪の感触を、心にしっかり刻みつけるように。

 そして、窓から手が届かない庭の隅で立ち止まり、できる限り大きな声で呼びかけた。


『ダークさん! ボクの最後のわがままをきいてください!』


 胸が苦しかった。今にも涙が出そうだった。

 だけど、猫の瞳はけっして涙を流さない。代わりに男の子の表情をくっきりと映し出す。

 緑色の瞳が、何かに気づいたかのように、大きく見開かれる。


「ピット君……?」

『ごめんなさい、ダークさん! ボクは、この猫の身体がすごく気に入ってしまったんです! だからあなたにお返ししたくありません!』

「ダメだよ! そんなことをしたら、キミは……ッ」

『代わりにその身体をあげます! 今はポンコツだけど、ダークさんなら治せるはずです!』


 少しだけ、息が切れた。

 でも咳は出ない。代わりに尻尾がぶるりと震えた。

 まだ倒れるわけにはいかない。最後にどうしても言わなきゃいけないことがあったから。

 ボクにとって一番大事な、最後の願いを。


『どうか、お母さんのことを頼みます……!』


 もう人形のマネなんてさせないで欲しい。

 悲しい涙を流させないで欲しい。

 ボクがボクじゃなくなったとしても、そのことを隠して、小さな嘘をつき続けて欲しい。

 お母さんが神に召されるその日まで、ずっと傍に寄り添っていて欲しい。

 残念だけど、これはボクじゃできない。どんなに苦い薬を飲んでも、ボクはもう長く生きられない。

 だけど、ダークさんなら、きっと……。


「ピット君、ピット君――」


 その声は、途中から掠れて聴こえなくなってしまった。

 ぐらり、と小さな身体が傾く。柔らかくて温かな雪の上に崩れ落ちる。

 魔力が、ついに切れたのだ。

 自然の力に逆らって、三百年もの時を生きてきたこの身体から、魔力が抜ければどうなるか……そのくらい、たった十二年しか生きていないボクにも分かった。

 あと少しで、ボクは雪のように溶けてしまうんだろう。

 だけどボクは、幸せだった。


 ★


 暗くかすんでいく景色の中、黒いワンピースを着た女の人が、やせ細った男の子を抱きしめて泣いている姿が見えた。

 それはとても嬉しそうな、くしゃくしゃの泣き笑いで……ボクもすごく嬉しくなった。

 ボクは猫の声で「ニャア」と小さく鳴いて、重たくなったまぶたを閉じた。

初めて書いた童話です。普段のクセで、どうも児童小説というかラノベっぽくなってしまいましたが……。ご意見ご感想などお待ちしております!

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[一言] 読みました。面白かったです。 悲しいお話です。結末において、おそらく喜びのあまり、涙を流しているお母さんの姿が妙に悲しい。また、ダークさんも結構微妙な立場になってしまったな、と。 お話を読ん…
[一言]  ファンタジー小説やライトノベルのプロローグ部分を読んでいるようなわくわく感が終始あって、読んでいて幸せな作品でした。  童話祭ということで書くのに苦労していらっしゃったようですが、私は読ん…
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