1−4
*
花の163年、水の月第11週7の日、14の刻。
俺が生まれてから3週間と5日、簡単に言えば26日が過ぎた。後2日で日本で言う1ヶ月だな。
【りんどの!やすみは6かいふたごづきさまをみたつぎの7のひぜんぶだといわれたであります!じぶん、そんなこといわれたのははじめてであります!】
彼女の名前はミミ。奴隷の親から生後間も無く引き離された奴隷らしい。今の場所に来る迄は名前が無かった様だが、髪の特徴から付けられたと言っている。
自分が奴隷だと言う悲壮感は無く、毎日ご飯がお腹一杯食べられて幸せな様子。前に居た場所は鞭打ちが当たり前だったとの事。
「(週休1日か。ちょっとブラック企業気味だけど、待遇としては良いな。しかも朝晩の2食付き)」
【はいであります!】
「(分かってんのかねぇ。7の日って事は、今日1日中休みって事だぞ?)」
【‥‥?‥‥‥??】
「(‥‥分かんないか)」
あ、こりゃ全然全く持って分かって無いな。俺の問い掛けに反応が無くなったミミの様子に、俺は内心少しだけ苦笑を浮かべる。
日本人だった頃、休日に携帯小説を読み漁ったから知っては居る。異世界に置ける住民の識字率は低く、奴隷となれば大概が働き手な為学ぶ機会は殆ど無い。
俺もミーシャから学ぶ迄全く知らなかったのだから、と反復の意味も込めてミミに話し掛ける。
「(ミミ、今日は7の日だから仕事はお休みだ。分かるか‥?)」
【‥‥そうでありますか。わからなかったであります!だからきずにきくやくそうをとりにいけといわれなかったでありますね!】
「(多分そうだな。それで、今日は何かするとかあるか?予定が無いなら、ちょっと勉強しようか)」
【べっ、べんきょうでありますか!あ、ああああのきぞくさまの!お、おかねはないでありますよっ!】
「(別に要らないよ。俺も習ったばかりだから、反復練習したいだけだし)」
【りんどの、うれしいであります!すこしあたまがよくなれば、むがくのいのししむすめとよばれずにすむであります!】
「(い、猪娘‥?ま、まぁ、また休みの日が分からないと困るし、今日は暦の読み方でもするか)」
【はいであります!りんどの、じぶん、こんじょうとやるきだけはだれにもまけないでありますよっ!よろしくおねがいしますであります!】
言われた1つの事しか出来ず、良く失敗するから呼ばれるらしい。ミミが採取する傷に効く薬草も、10個中6個は雑草な様だ。結局、慣れの問題だと思う。
教わった知識を確かにする為、ミーシャに貰ってメモした羊皮紙を目で読みながら要点を頭に纏める。
それにしても、蚯蚓が這った様な下手な字だ。見よう見真似で此方の文字は書けたけど‥‥、要改善。
気を取り直して、えー‥毎年1年間ずつ変わる4種類の年があり、16週間で1月と読み、4週間で1ヶ月と読む。1週間は7日間。時間は24時(刻)間、分や秒は無し。
4種類の年と言うのは、草花が最も活力溢れる花の年。武芸に長けた者が溢れる武の年。知性に長けた者が溢れる知の年。雪と強風に苛まれる雪の年。
大体はこの繰り返しだが80年に1度、何も起こらない、何も無い年がある。通称ハズレ年との事。
季節に関しては、水→火→土→風→水と繰り返し、地球で言う春夏秋冬なので説明は簡単に出来ると思う。慣れ親しんで居るし。
因みに太陽は地球より少し大きく、月に至っては双子月。天窓から見た時は、本当に吃驚してしまった。ファンタジーなので良し。
週間も時間も、地球と同じだから大丈夫かな?違う点は1ヶ月が28日固定で1月112日、1年が448日。刻は1時間刻みで教会から鐘が鳴り、音色は澄んで居て聞き取りやすい。
寧ろこんなに詰め込んでミミが理解出来るか心配だ。嫌がられない限り、休みの日には通信を繋げるか。
「(とまぁ、ざっくり言えばこんな感じかな?)」
【りんどのはすごくあたまがよいでありますね。じぶん、あまりわからなかったであります!】
「(ああやっぱり‥。反復しないと身に付かないから仕方無い。そうだな、カレンダー‥暦紙とかあれば良いんだろうけど)」
【こよみしでありますか?うーん。うーん。あ!みんながねるばしょにこよみしはったとおかみさんがいってたであります!】
「(おお、じゃあその暦紙を見ながらもう1度反復練習するか!)」
【はいであります!りんどの、ほんとうにありがとうであります!】
分からない物は本当に分からないから、ミミに丁寧に教えれば教えるだけ自分も覚えて行く。今ならパッと日時が出る筈だ。
心の底から喜んで居るかの様に、嬉しそうに声を弾ませるミミ。出歩く事が無理な俺の相手してくれて、俺だって嬉しいし?
* * *
花の163年、水の月第11週7の日、19の刻。
バチッ、ピシャーンッ!
「〜っ!(かっ、雷!)」
ミーシャに光を蓄える石を加工したカンテラっぽい物を貰い、本を読む夕飯後。いきなりゴロゴロ、と言う音と共に雷が落ちた。
さっき迄は天窓から綺麗な星が見えていたのに、もう真っ暗になって居る。
「(び、吃驚した!この音からして近くに落ちたんじゃないか?!)」
準備が出来て居なかった心臓は、バクバクと早鐘を打つ。今まではゆっくりと地面に染み渡らせる様な優しい雨だったけど、今日は激しい土砂降り雷雨。
考えられて居るんだろうけど、こんなに降って水害にならないか心配になる。
「(日照りが解消されて水害になった、とか目も当てられない。女神さん好い人だったし‥、まぁ、そこん所は考えてるだろう)」
俺が居る場所は、女神エミエールが加護を与える小さな国ミティラス。その国の中で最も高い霊峰山ミールの中腹に構える神殿ゴッデス、そこの奥深くにある神託の間が俺の我が家だ。
神殿から辺りを見渡せば、小さな国であるミティラスを全て視界に納める事が出来るらしい。
それに何と言っても!霊峰山ミールの頂上付近には、龍が長する竜とドラゴンの集落があるそうだ。何で住んで居るのかと言えば、平穏と慈愛、豊穣と繁栄を女神エミエールが司っているから居心地が良い様子。
良く人型になって降りて来るらしいので、俺が動ける様になれば是非とも会いたいナンバー1だ!あ、興奮して龍、竜、ドラゴンの違いを聞くの忘れてた‥。
兎に角まぁ、何が言いたいかと言えば雷が近場にドッカンドッカン落ちているせいで読書に集中出来ない。
「(歴史とか、魔学の教本が届くのはもう少し後だし、今の本を直ぐ読んじゃうのは勿体無いか‥)」
今俺が読んでいる本は俺を退屈にさせない為、神殿の中を引っ掻き回して持って来てくれた本だ。読み終わったらガチで暇になる。
口伝えは曖昧になる、ってミーシャも差し障りの無い部分しか教えてくれ無かった。むむ、仕方無い。
「(なら、やる事は1つ。全身全霊で寝る!)」
俺の身体は5歳児だが、生後間も無い。寝ようと思えば幾らでも寝れるのが幼児クオリティー。丁度良い感じに盛大な欠伸も出たし、カンテラの灯りを消して水の中に潜り込む。
水の中は雷の音も鈍いらしく、余り音がしなくなりとても居心地が良い。
お休みなさい。
* * *
花の163年、水の月第11週7の日、23の刻。
そこは神殿の1部屋。広々とした空間と、慎ましやかだが見る者が見れば唸る程の家具が並ぶ部屋。部屋の主は布団に潜り込み、小さな寝息を立てている。
「なっ、枢機卿!こんな時間に御無礼な!巫女様は御就寝中なのですよっ、御引き取り下さいっ!」
「五月蝿いっ!退け!」
「きゃっ!」
美しい巫女の安眠を嘲笑うかの様に、静寂を終わらせたのは雷雨では無く怒号。巫女である彼女は直ぐ様飛び起き、傍らに置いて合った上着を羽織る。
その直後、側支えのシスターが悲鳴を上げると、盛大に大きな音を立てながら扉が開かれた。シスターは尻餅をつき、もう1人は憤怒の表情を浮かべている。
「御機嫌よう、枢機卿様。この様な時間にわたくしの元に来られるとは‥、如何なされましたの?」
巨体を揺らしズカズカと不躾に巫女の部屋へ入るのは、この間ミーシャと廊下で話していた枢機卿。女神に願われこの地に居る癒し手の巫女、咲々凪早織は慎重に言葉を選ぶ。
鈴太郎より随分前に召喚されたが故、醜い枢機卿の厄介さを分かっていた。
「如何も何も、我がこの様な場所に足を運ぶのは1つしかあるまい。察しが悪過ぎでは無いかね?女神に選ばれたからと言って、小娘風情が調子に乗るからその様になるのだよ?ん?」
「ええ、御忠告痛み入りますわ。精進致します」
「分かれば良いんだ、分かれば。全く、最近の女は利権だの何だのって五月蝿くて敵わん。所詮女の分際で何が出来る‥‥、ほら」
巫女の権限を使えばこの様な豚など、国外追放も容易い事。だがそれに至れない立派な理由もある為に、早織は冷たい笑みを浮かべながら対応する。
ぶつくさと文句を言う枢機卿の左手は、何をしたんだと言いたくなる程に焼け爛れていた。治療をした痕跡は見られるが、包帯で覆いきれない程の傷、滲み出る血、ただ事では無い。
「まあ!誠心誠意治させて頂きますわ」
「ふんっ、当たり前だ。早く治したまえ」
枢機卿を椅子に座らせ、左手を取ると早織は癒しの力を注ぐ。女神に与えられた癒し手の巫女の名は伊達では無く、力を注げば注ぐだけ柔らかな光を帯びて枢機卿の手は綺麗に治る。
治った後、枢機卿は早織に礼の1つも無く、用は無いとばかりにドスドス音を立てて帰って行く。
「全く、こんな時間に巫女様を訪ねる等、厚顔無恥も甚だしいです!」
「朝、抗議して来ます!巫女様を私の前で貶める何て愚かな豚ですっ!」
憤慨に憤怒を極めたシスターと女騎士は、部屋の扉を閉めて早織にベッドへ座る様に促す。枢機卿が座っていた椅子を取り除いた事から、捨てる様子が伺える。
「余りそう言う事は口にしてはいけませんわ。何処に耳があるか分かりませんもの。口は災いの元です。良いですわね‥?」
「「っ、は、はい!」」
そんな彼女達に困った様な表情を浮かべた早織は、何か思い付いた様に細く美しい指先を形の良い唇にあて、喋りながら艶やかな笑みを浮かべ首を傾げる。
途端、生娘の様に頬を赤らめる2人に、早織の心は癒されるのを感じた。
「(お魚ちゃん、いえ、今はリンちゃんでしたわね。あの子の為にも、あの方の御痛は少しばかり目を瞑りませんと。せめて、リンちゃんが自由に動き回れる様になるまで‥‥。ですが、それまで周りが黙って居られるか、ですけれど)」
姿は孵化した一瞬だけだったが、愛くるしい姿をして居たと。早織と同じく女神に加護を与えられたリン、動けぬ今のままでは色々と心配なのだ。
枢機卿も自身の立場の危うさを少しは知って欲しいのですが、と早織は呟く。
*