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花の163年、水の月第8週2の日、23の刻。


茹だる様な暑さに苛まれ、乾きひび割れた大地にまるで祝福を授けるかの様に優しく柔らかな雨が降る。


それは、誰もが待ち望んだ3年振りの雨だった。



* * *


花の163年、水の月第8週3の日、8の刻。


日光に透かすと青っぽい黒髪、目は黒。顔や腕に慎ましやかに鎮座する青い鱗。耳もどちらかと言えば、ひれの様な形をしている。そして何より、人魚姫の様な下半身に俺は茫然自失。


俺がこの世界に生まれて次の日、どうやら雨が降っているらしい。無駄に静かな室内に、サァーッと言う雨音が響き渡っている。



「(何だこの身体っ!)」



暇なので口から上を水から出し、辺りを見渡すも人が居る気配は皆無。ちゃぽん、と中に潜り自分の身体を改めて見れば、声が出せないので心の中で叫ぶ。



「(女神様、貴方の化身は人魚なのか?魚か?!良く分からないけど男にこの姿は無いだろう!ドン引きだよ!ってか幼児体型になってるよな、これ!!)」



ぷにぷにとした、柔らかな肌を持つ子供の身体。そう言えば新たに生まれるのだから、子供からやり直しはデフォだった。赤ちゃんからじゃ無くて良かった、としか言いようが無い。


溜め息では無く1つの大きな泡を吐き、目を閉じようとすると水面を叩く様な音が聞こえる。少ししか時間は経って無いけれど、水の中でも結構快適だ。



「水魚様、朝の御食事を御持ちしました。様々な食べ物を持って来ましたので、お口に合う物があれば良いのですが‥‥」



湯気が立ち上る銀のお盆を持って来たのは、真っ白お化け。布を被って居て顔は見えず、声の抑揚が無い。今の俺が言えた事じゃ無いが、子供っぽいな。しかも小学生位の女の子。


1人で放置されて居た時間、どれ位外に出ても大丈夫なのか実験した。結果は5分弱位、意外と持つ。



「(確かに腹減った)」


「生肉、炙った肉、焼いた肉、干し肉、サラダ、スープ、パン、果物です」



遠巻きに見ていたら俺的には泉の縁に盆を置き、彼女は下がり平伏した。それに近付き盆の中を覗けば、感情の無い声で説明してくれる。お腹空いたぜ。


肉は‥‥、生系は無理。干し肉も固過ぎて無理。サラダは野菜をそのまま切ってあるだけで、地球のより味が濃い気がする。美味い。スープは薄味、パンは黒くて無難な感じ?



「(何だ‥?小さい林檎と、蜜柑位デカい苺?ってかマジ美味いぞコレ!)」



因みに、少量皿に乗せてあるだけだから。間違っても、俺は腹ペコ食いしん坊キャラじゃないからな。


尾ひれで水面をペチペチ叩きながら、うめぇうめぇパクついて居ると少量盛られて居た果物は直ぐに食べ終えてしまう。良し、昼飯は沢山持って来て貰うか。



「(お嬢ちゃんお嬢ちゃん、昼飯はこの果物を皿一杯欲しいんだけど!)」


「水魚様、果物のお代わりで御座いますか‥?」



あー‥、やっぱり声が出ないのはネックだな。頭を上げて俺の食事風景を眺めている彼女に皿を見せるも、伝わらない様で首を捻っている。どうしたものか。


取り敢えず必死で首を振り、身振り手振りを交えたジェスチャー。勿論、そんな事をすれば息が直ぐに続かなくなる。



「ぶくぶくぶく(面倒臭いなぁ。いつになったら喋る事が出来るんだよ‥)」



俺は絶賛不貞腐れ中。顔の半分から上を水面から出し、空気を出してぶくぶくと泡立たせる。結果からすれば、彼女に俺の意思を伝える事は出来た。


ただし質疑応答形式。彼女にひたすら質問して貰い、俺がひたすら首を縦横に振ると言う古典的な物。



「(居るだけで良いと言うのも、案外困り者なのかも知れないな‥‥)」



誰も居なくなり、俺だけが広く静かな場所に取り残される。動ける様になる迄は色々我慢だな、と内心盛大に溜め息を吐きながら水の中へ潜って行く。



* * *



花の163年、水の月第8週3の日、9の刻。


空になったお盆を持った薄衣の女の子は、唯一水魚である鈴太郎が居る部屋に繋がる廊下、怠惰の象徴であるかの様な、恰幅が良い男に呼び止められた。



「おぉ、誰かと思えば、頭の可笑しな神託の神官に飼われている、汚ならしい亜人の小娘ではないか。相も変わらず浅ましい姿を布で覆ってるみたいだな、いやぁ愉快愉快っ!」



その姿はまるで贅の限りを尽くした醜い豚。顔は薄汚い油で光り、彼女を見る目は蔑み、家畜を見る様。さも楽しげで、下品な声を上げながら笑っている。



「お早う御座います、枢機卿。それで、御用件は何で御座いましょうか?」



だが彼女は全く気にした様子は皆無で、感情の無い淡々とした語り口で喋る。寧ろ話し掛けた枢機卿の方が醜く顔を歪ませ、フンッと鼻を鳴らす。


そして一拍置き、何やら思い付いた様に枢機卿はニヤつきながら口を開く。



「そう言えば亜人、神託の間に女神の加護を得た魚が居るそうだな?」


「はい、水魚様です」


「我をそこに連れて行け。実に忌々しい事に、許可が下りねば我でも弾かれる。卑しき亜人に許可が出せるのは気に食わんが、亜人の身分で我の案内を出来て嬉しかろう?」


「如何に枢機卿の、教皇であろうとも、許可の無い神託の間へ侵入は重罪。間に入れるのは、神託を授かる者と勇者、巫女、嘘が吐けず、清い者となります」


「何だ貴様っ、それがどうしたと言うのだ!」


「そして私には、許可は出せますが1度神官様へ御伺いを立てねばなりません。何分、頭の悪い卑しき亜人の身分ですので」


「ぐっ」



彼女が涼しい雰囲気、しれっとした態度で枢機卿へ言い返せば、気分を損したと言わんばかりに顔を真っ赤に染め憤慨している。


それでも彼女の態度に変わりが無いと見れば軽く手を上げるも、直ぐ下ろしグッと拳を握り「チッ」と言葉を吐き捨て、重そうな音を立てながら去って行く。



「‥‥‥不味いですね。女神様の祝福は授けられた。もう水魚様を隠す事は出来ませんし、水魚様を守る術は結界1つ。枢機卿を処理するにしても、神官様に判断を仰がなくては‥‥」



軽く頭を下げ、枢機卿を見送る彼女。そして彼女以外の居なくなった静まり返る廊下で、些か物騒な事を小さくポツリと呟いた。



* * *



花の163年、水の月第8週3の日、13の刻。


起き抜けで目を擦り水面から顔を出すと、泉の縁に綺麗な敷物が敷かれており、その上には銀細工の綺麗な皿に盛られた色鮮やかな果物、可愛らしい絵が描かれた本等が置かれている。



「(うーん、昼飯はこれって事か?有り難いけど。んで、この絵本‥‥、日本語じゃないのに読める)」



誰も居ないし、俺の為に用意された物だと勝手に思って良いだろう。てか、まだ誰ともまともに話せて無いけど、放って置かれて無いし、時間が経てば誰かしら来るよな?


少々自分の扱いに一抹の不安を感じつつ、銀細工の皿に手を伸ばして果物をパクつく。林檎みたいな奴と苺みたいな奴、新しいのは葡萄みたいな奴と梨みたいな奴、バナナっぽい奴。


どれをとっても大きさ、形等が違うので、流石異世界とか思いながら食べる。身体が小さいから、5分の1も食べればお腹は満単に満たされるんだけど‥‥。



「(絵本は、【勇者の物語り】。如何にも子供が喜びそうな本だ。ヒーローに憧れるのは、異世界と言えど共通なのかね‥‥)」



意味も無い事をぼんやりと考えながら、果物を片手に絵本を捲る。その姿はまるで昼時にワイドショーを見ながら寝転んで煎餅を食べるオバサン、の誕生だ。


だが絵本なのでそれも直ぐ読み終わり、暇な時間が来る。絵本は文じゃなくて、絵を見せる本だからな。せめて異世界なら魔術の本とか読んでみたい。


地球にも魔導書なる物があるらしいけど、ファンタジーの世界には敵うまい。



「(ひまーひまひまー。ひますぎてこまるー。誰か俺の相手してくれーい)」



するとぼんやりして居た頭が無駄に冴え渡り、小さくカチリ、と音がしたかと思えば何処か慌てた様な声が聞こえて来る。



【うひゃあ!なっ、なっ、なんなんであります!】


「(‥‥は?)」


【あたまのなかにこえがきこえてくるであります!じぶん、とうとうおかしくなったであります!】



俺の頭に聞こえて来たのは少女の声。余り参考にはならないが、布を被った子よりは幼い印象を受けた。


慌てた少女を宥め、時に優しく時に放置する事、多分数十分。漸く会話出来る様になる頃には、俺の精神力がゴリゴリ削れて疲れ、ぐったり水に浮かぶ。


上向きでは無く、下を向いて浮かんで居るのでセルフ水死体の完成である。



「(落ち着いたか?)」


【は、はいでありますっ!じぶん、まりょくのないできそこないであります。だからすっごくすっごくおどろいたでありますよ】


「(んん?)」


【なんのためにじぶんへつうしんをつなげたかわからないでありますが、できそこないでむがくのじぶんはなにもできないであります。すごくもうしわけないのでありますよ‥‥】



しゅん、と落ち込んだ様子を聞かせる少女の声。確か異世界に置いて、魔力が無く、無学で出来損無い。そう言うのは結構生き辛いのでは無いだろうか?



「(否、何をして欲しいとかじゃないんだ。これも何かの縁だし、良かったら俺の話し相手、友達になってくれないか?)」



何処に居るのか、何をして居るのかすら分からない少女。俺にとって唯一心の中だが話せるので、逃してなるものか!と話す。



【と、ととともだちでありますか!は、はははじめてでありますっ!こちらこそよろしくであります!】



少しばかり罪悪感に苛まれつつも、喜んで貰えてるし良いかなー‥と考える。これで俺にとっても初めての友達が出来、彼女の邪魔にならない程度だけど暇潰しが出来ると言う訳だ。


どうやら彼女は生きる為、住んで居る場所で働いている様子。無学無学言うので住んで居る場所等は詳しく分からないが、鞭で打たれ無い、ご飯も与えられる良い職場らしい。



「(仕事は良いのか?)」


【だいじょうぶなのであります!きずにきくやくそうをつみながらはなすでありますよ。じぶんはなれてるでありますから、あさめしまえなのであります!】


「(そうか、なら‥‥)」



俺は漸く話せる相手に喜びながら、彼女が大丈夫だと言う迄ひたすら話した。俺も彼女も大した事は話せないので、話の大体は他愛も無い事だったりする。


通信、とやらが使えると言うなら俺は魔力があるのだろうか?他の誰かと話せるのだろうか?


薄暗くなり、彼女も家とやらに戻るらしくまたな、と通信を切る。最初と同じくカチリ、と頭の中で音が聞こえて彼女の声が聞こえなくなって居た。



「(訳分からん)」



俺は、自分自身の不思議さに首を捻るばかりだ。


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