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グレイの某一日

本編『別館の住民』後の素朴な一日です(グレイ編)

 ライナを迎え、はや10日が過ぎた。最初は戸惑いとぎこちなさがあったライナだったが、ニーナを侍女に迎えたことにより、別館での暮らしにも余裕が出てきたと思う。



◆6時。ドアを叩く音で目が覚める。


 一体何時に起きているのか、クレールが起こしにやってきた。俺の部屋は本館にあるのだが、本心で言えば別館に移動したい。そうすれば俺がライナを毎朝起こしに行ってあげるのに……という考えは読まれているようで、昨日先手を打ってニーナに牽制されたばかりだ。


「グレイ様、ここに水を置いておきます」

「ありがとう」


 部屋に入ってきたクレールは、水の入った桶を準備し、近くにタオルを置いていく。そしてクローゼットを確認して、肌着などを含めた服を手早く支度していった。


「朝食まで汗を流されますか」

「ああ」


 俺の返事を聞いて、クレールは裏庭に向かっていった。自主練習のために

使う模擬剣の用意に行ってくれたのだろう。

 ちなみに玄関前にある本庭とは別にあるのが、ライナのいる別館に面した中庭。そして、倉庫などの用具が入った納屋や、(うまや)があるのが裏庭だ。裏庭に小さな物置小屋を作ってあるのだが、その中に入っているのは模擬戦用の防具や武器が入っている。危ないので鍵はクレールに管理してもらっている。



◆6時半。裏庭へ


 クレールの姿はなかったが、簡素なベンチの上に模擬剣とタオルが置いてあった。どうせ汗だくになるので上半身は裸でいいのだが、以前練習中の姿を見ていたメイドと目が合って、その時の視線が怖かった経験から、暑苦しいのだが肌着だけは着るようにしている。あのハンターのような視線は、ある意味敵兵より恐ろしい……。



◆7時。ジュネスが合流


「おはようございます、グレイ様」

「ああ、おはよう」


 ジュネスはこの館に住んでいるわけではないので、こんな早くから来なくてもいいと言ってあるのだが、何度言っても聞かないので諦めた。二人で素振りをしたり、時には手合わせをして時間を過ごす。


「グレイ様を独り占めして稽古できるこの時間は貴重ですからね」


 確かに兵舎に行くと、ジュネスは俺のサポートに回ることがほとんどなので、満足に剣の練習はさせてやれなくなる。だがジュネス本人が一兵士に戻ることより、俺の従者兼副官という位置から去る気配はないので放置している。不満があれば言ってくるし、ある意味遠慮のない態度が俺には合っている。

 そしてジュネスは相変わらず剣の型が手本のように綺麗だ。



◆8時。昼食


 手早く汗を流して着替えて食堂に向かう。すでに父が新聞片手に待っていた。この人も一体何時に起きているのか不思議になる。ちなみに母はこんな早朝には起きてこない。が、普通貴族の朝は遅いので、母が普通だと思っている。

 この朝食にはジュネスも同席する。基本的に母がいない時は、ジュネスも俺と同席で食卓に着くようにしている。兵舎では上官も一兵卒もなく入り乱れて飯を食うのだ。父も兵士上がりなので気にしていない。その点母がいると、そういう空気を呼んでくれないので、ジュネスは遠慮して同席しなくなる。


「おはようございます、皆様」


 ニーナの声に振り返ると、ライナがドアのところに現れた。花柄プリントの可愛らしいドレスに身を包んだライナは、少し戸惑った表情をした後、裾を摘まんでお辞儀をした。


 ――― か、可愛い……。


 恥ずかしいのか、顔に赤みがさす。俺とジュネスが褒めてあげると、さらに照れたように頬を染めた。初々しい反応に頬が緩むのを止められない。はっと気づくと父もライナを見ていた。その視線が緩んでいるような気がしたのは、きっと間違っていない。



◆9時。ライナの勉強


 別館にある勉強室へ向かう。ちなみにこの時点でジュネスは先に出仕している。あとでわざわざ俺を迎えに来るらしい……。

 この部屋はまだ子供だったころに、俺が勉強するために使っていた小部屋だ。ライナも使えるようにと、数日前からこっそり片づけをしておいた。と言っても、散らかっていた書類を片づけたり、不要なものを捨てたり、埃を払ったりしただけだが。だが、その現場をジュネスに見つかり『ライナが絡むとグレイ様は自ら掃除をなさるんですね』と呟いて行った。今後、俺に何かをさせたいときはライナを利用するつもりだろうか……わが副官はクレール同様、案外策略家なので気が抜けない。


 ライナは黒板を使って質問をしてきたり、答えを書いたり忙しい。表情がくるくると変わって可愛くて、その仕草ひとつひとつが新鮮だ。紙とインクとペンを渡してあるので、気になったら書き留めておくようにと伝えてある。紙は貴重品だと分かっているのだろう、ライナは最初使うことに戸惑っていたが、なんとか説得していまは使い慣れることに慣れようとしていた。そして彼女はいま、俺が以前ファーラル師匠(せんせい)の授業で使っていた資料を眺めて、難しい単語や成り立ちなど、孤軍奮闘で頑張っている。

 【魔法士】の前に、【精霊士】についての授業から始めているので、進みは遅い。


 ちなみにクレールの指示で、勉強部屋のドアは開放されている。



◆11時。兵舎へ


 2時間みっちりと勉強したので、ライナは疲れた顔をしていたが、俺はこれから夕刻まで離れてしまうことが寂しくて仕方なかった、なんとか出発を延ばそうとしたが、俺を迎えに来たジュネスに無理矢理馬車に押し込められる。ライナの見送りは嬉しいけれど、やはり悲しい。



◆12時。昼食


 着いてしばらく雑務をしていたら、すぐに昼食だ。部下たちと一緒に兵舎にある食堂に向かう。むさくるしい男たちが、ガヤガヤと喧しい。が、それもすっかり慣れたものだ。


「副長!ご一緒していいですかっ」

「あ、俺も」


 俺とジュネスが食べていると、見つけた部下たちに囲まれた。各々今日のメニューをトレーに載せている。肉団子、焼肉、巨大ハンバーグ、ほとんど肉しか入っていない野菜炒め。部下たちの栄養バランスが心配だ。


「副長、この前鍛錬場で倒れた女の子、大丈夫でした?」


 部下たちは俺がバーガイル伯爵家の当主だと知っているが、そんな垣根など無視して気さくに話してくる。妙に畏まられても対応に困るので、助かっている一つだ。


「ああ、たぶん熱射病だろう。いまでは回復して元気にしているよ」

「あの子って、副長のご親類かなにかで?」


 肉に齧り付きながら問うてくる。


 こいつ、ライナに目を付けたのか……!?


「伯爵家で預かっている子ですよ」

「へぇ!じゃあどこかの貴族の子かな。素朴な感じで可愛かったですよねー」


 ジュネスのさらりとした答えに、部下は嬉しそうに答える。可愛いのは認める!ライナが褒められているのに、なぜこんなに気分が悪いのだろう。


「また連れてきてくださいよ。俺、いいところ見せちゃいます」

「俺も俺も」

「やっぱり、可愛い女の子が見てくれてるだけで、やる気が変わるよなぁ」


 絶対にライナはもう連れてこないと心に誓った昼食だった。



◆13時。訓練開始


「脇が甘い!」

「右側、気を抜くな!」

「足元が見えてないぞ!」

「全員走り込み!兵舎周り10周!」


 言葉を投げつけ、自ら率先して走り込みに向かうグレイの後姿を見て、しごかれまくった兵士たちは重い足を引きずり、あとを追いかけた。


「……鬼だ……相変わらず、鬼だ……」

「なんで、あんなに体力……」


 疲労困憊な体を引きずり、グレイを追いかけていく兵士たち。その姿をジュネスは涼しい屋根の下で眺めていた。


「やっぱり、グレイ様との朝練で済ませておくのは正解だね」



◆16時。書類仕事


 部下たちには引き続き自主練習メニューを言い渡し、グレイは汗を流すと辺境部隊専用執務室にやってきた。別館にある勉強部屋のような造りだが、それよりも重厚で質素だ。すでにジュネスが用意していった書類の山が机を占領している。ジュネスはライナの勉強のために、先に帰宅している。あいつは頭がいいから、一般教養を師事するならうってつけだろう。

 どん、と置かれている書類にうんざりとした声が漏れた。


「……ちょっと多くないか」


 そんな言葉に反応したのは、ジュネスではなく別の人物だった。


「ここ暫くさぼっていた書類仕事です。締め切りが早いものから渡していきますので、どんどん減らしていってくださいね〜」


 満面の笑みで抱えた書類を仕分け用の箱に入れていくのは、兵舎の事務員だ。議場から流れてきた書類を兵舎の各部屋に振り分ける仕事をしている。

 重要書類、陳情書、始末書、議会資料、謁見内容書……。なんだこの食堂メニュー改善依頼表ってのは。思わずまじまじと見てしまった。


『強い体を作るには、野菜も必要です!肉ばかりでなく野菜メニューも増やすべきです!食堂のおばちゃんより』


「……承認」


 これは俺の承認が必要なのか?と思いつつ、本日1枚目の書類はあっさり認可のハンコが押された。



◆17時。帰宅


 いつもの事だが、書類仕事はそう簡単には終わらない。だが、ライナと共に夕食を摂るためには、この時間には帰っておきたいのだ。手早く着替え、持ち帰った書類仕事を片付け始める。機密書類は持ち帰れないので、手持ちにある書類は兵士・兵舎に関することがほとんどだ。


「こちらとこちらが今日渡された分ですが、認証印を貰った後、事務方に出さなければならないので、明日には提出してもらいたいとのことです」

「わかった、先にそれをしよう」


 ジュネスが袋の中からクリップで纏められた書類の束を差し出す。多い……。


「分厚くないか、これ」

「頑張ってくださいグレイ様。終わったらライナと御飯ですよ」

「……くそっ」


 踊らされている気がするが、どうしようもない。時間までに何としてでも終わらせて、そろって夕食を食べる!



◆18時半。夕食


 なんとか書類仕事を片付けた。手にこびり付いた黒いインク汚れが、自分の頑張りを表しているようだ。

 食堂に着くと、相変わらず父だけがいた。クレールは準備のため、足音を立てないながらも慌ただしく動いている。自分の席に座ったところで母が現れた。父と俺を見て、軽く目礼したのち、自分の席へと向かう。メイドが引いた椅子に腰かけ、料理が運ばれるのを待っているようだ。この時点でジュネスはいない。帰ったわけではないが、母の機嫌が悪くなることを恐れて別室で食事をしているのだろう。


「グレイ、今日のお勤めはどうでしたか」


 そんなジュネスの気遣いなど感じたことも無い母は、さらりと質問してきた。この人は自分と自分の周りにいる『高貴な』人にしか興味がないのだ。


「特に問題なく過ごせました」

「そうですか。ところで次の休みはいつです?」

「次の……。なにかご用でもありますか」


 何気なさを装っているが、その視線は相変わらず蛇のように見える。我が母ながら油断できない相手だ。


「ルアンディル子爵様が、ガーデンパーティを開くそうなの。エスコートをお願いしたくてね。あなたの休みに合わせて開催してくださると仰っているのよ。ぜひ伺いしまょう」


 ルアンディル子爵といえば、母の妹が嫁いだ先だ。これは嫌な予感しかしない。


「申し訳ございません、復帰したばかりでいつ休みが取れるか分からないのです。毎日仕事を持ち帰っているような状態ですし。母さんや子爵様には申し訳ございませんが、俺抜きで楽しんできてください」

「どうにかならないの?アンヌも呼んでいるのよ」


 やっぱり!そっちが本命か!


「俺の一存ではどうにも……予定が空く日があれば、お伝えいたします」


 残念ながら、休みはライナを付けて屋敷から出るつもりだ。母に教える休みを捻出する予定はない。


「必ずよ」

「はい(絶対イヤだ!)」


 内心の声は笑顔に隠し、平然と姿勢を正したところでニーナがライナを連れて食堂にやってきた。母は不機嫌を隠さず、ライナをちらりとも見ようとしない。それに構うことなく、俺はライナを迎え、手ずから椅子を引いて座らせた。ニーナも食事の準備をしていたメイドたちも驚いたように俺を見ているが、なぜだろう?


 クレールの成果か、ライナの食器の扱いに余裕がみられるようになってきていた。相変わらず戸惑っている部分もあったようだが、最初のころに比べれば、格段にうまくなった。ライナに窮屈な気持ちで食事をさせていると思えば申し訳なくなるが、これからの事を想えば身に着けておいて無駄になるものではない。ここは、心を鬼にして見守ろう。



◆19時半 


 食事が終わり、居間に移動する。ライナは昼間の勉強での不明点があるらしく、ジュネスを連れて別館へ移動していった。

 居間の戸棚にあるワインボトルを取り出し、グラスを2つ申し付ける。クレールが手早く用意してくれたグラスに、赤色のワインを注いだ。


「父さん、どうぞ」

「気が利くじゃないか」


 父の口元に、ふと微笑が浮かんだ。

 伯爵家当主となったと言ってもまだ若輩の身であり、軍籍に身を置いているため、領地の管理などはほとんど父やクレールに任せっきりである。少しずつ覚えていこうと思っているが、なかなか覚えていくにも時間がかかる。一朝一夕で身に付くようなものではない。

 父から直接、領地などの話を聞ける時間だ。

 しばらく二人で酒を酌み交わしながら、静かな時間を過ごした。


 途中、ジュネスが暇を告げに来た。いっそのことここに住めばいいと父も言っているが、頑固なジュネスは首を縦には振らない。まったく、誰に似たのだろう。



◆21時。風呂


 風呂に使って汗を流す。1日何回汗を流すやらと思うが、湯を使い湯船で体を伸ばせるのは、この時間だけだ。暖かい湯が体の筋肉をほぐしてくれる。



◆22時。就寝


 その前にライナに部屋に行く。もう寝ているかと思ったが、ドアの隙間から光が漏れていた。ノックをするが反応がない。そっと開くと、ソファーで転寝(うたたね)しているライナがいた。膝の上には、少し前に勉強部屋から持ち出した童話が乗っている。読み進めている間に眠ってしまったのだろう。


「ライナ、風邪をひくよ」


 呼びかけるが反応はない。その穏やかな寝顔に安堵した。

 ライナは悪夢にうなされていることが度々ある。そして、泣きながら目の前で死んでしまっただろう母親に謝り続けるのだ。普段は出ない、声を出して―――。

 軽い体を抱き上げ、ベッドに寝かせる。枕もとにライナの宝物である、植物の絵や説明が書かれた本と、黒い石が並べてある。使ったところを見たことがないが、金色のベルもあった。そしてそれらの隣に、童話を置いておいた。


「おやすみ、ライナ」


 小麦色の髪をかき分け、その小さな額に口付け部屋を出た。


 明日もまた、違う1日が始まるだろう。

 


次回はジュネスの一日です。

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