ライナのお礼
本編「買い物道中」のグレイ部分の掘り下げです。
グレイはちょっと浮かれていた。あのライナが、鞄が欲しいとねだったのだ!
もちろん、声は出ないので言葉ではないけれど、『鞄を探そう』と告げた時のあのキラキラとした澄んだ瞳。あれは間違いなくおねだりだったと確信している。
『目も口ほどにものをいう』なんて言葉が遠い異国にあるそうだが、まさにその通りだ。あの時のライナの紅潮した頬と眩しいくらいに輝いた瞳は、言葉よりも雄弁にライナの心を俺に示していた。
向かうのはいつもの洋品店。別のところに行ってみてもいいのだが、伯爵家が懇意にしているところだし、ガーネット嬢も品ぞろえは悪くないと言っていた。それに、色々なところを渡り歩いて、結果的にライナのことが広く知れ渡ることは避けたい。
そんなことを考えつつ、グレイの目線はまっすぐライナのみを捕らえていた。侍女たちの手によって整えられたライナは、野暮ったさが抜け切れていないとはいえ、田舎から出てきた下級貴族の令嬢くらいには見れるような姿だった。
現状に戸惑って、少し挙動不審なところも可愛い……というのはグレイの心の声だ。
先程はつい極まってしまい、思い切り抱きしめてしまいそうになったが、なんとか理性でそれは押しとどめた。クレールが背後から見張っていたからではない。断固として違う。
それでも若草色のドレスに身を包んだ姿は、初夏の精霊のようで涼やかで愛らしい。馬車に揺られている間、思わずライナの手を握ってしまったが、全く抵抗がなかったので嬉しくてずっと握り続けていた。
連日の来店に、洋品店の店主をはじめ、従業員は大いに喜んだ。グレイがなぜか、この素朴な少女に骨抜きだと分かったからだ。昨日はジェラシーを瞳に滾らせていた女性従業員は、グレイを金蔓だと認識を改めたらしい。商売人は強かである。
「本日はどのようなご用向きでしょうか。昨日言っておりましたドレスの事でしたら、いつでもお言いつけ下さいませ。あと、新作のネックネスとティアラが入荷してまいりました。深海の色をした宝石が麗しく美しい一品でございます。それとバカンスに向けてパラソルなどいかがですか。白いレースで編み上げ、緻密な刺繍を施した一点モノでございますよ」
店主は揉み手をしながら一気に口上を述べた。が、残念ながらグレイは聞いていない。きょろきょと周りを見て何かを探している様子ではある。
「ああ、そう!宝石箱のようなポーチがございますよ。そのポーチ、実は金の鎖が付いておりまして、付ければ小型の鞄になるという―――」
「それを見せてくれ」
「はい、ただいま!」
グレイの欲しているものが分かり、従業員たちがにわかに慌ただしくなる。裏の倉庫から小型の鞄が続々と並べられていった。
小型の鞄とお揃いの大きな鞄も一緒に並べられたり、色に合うとドレスまで飾られていく。
「その鞄いいな。貰っておく」
「このデザインもライナに似合いそうだ。包んでくれ」
「今後もしかして遠出することも考えれば、このサイズも必要か……」
「いま言ったものは全部馬車に積んでおいてくれ。あと合わせて帽子も……」
グレイの頭の中では、ライナが自動着せ替え人形となっていた。問題は、どのアイテムも似合ってしまうので、全部欲しくなるということだ。そんなことを考えている中、店のドアベルがちりんと鳴った。
なにげなくそちらを見れば、なんとライナが店から飛び出し走っていくところではないか。そのあとを急いでジュネスが追っている。
グレイは走り去っていくライナの後姿に、胸が苦しくなるのを感じた。だが、それはわずかな時間だった。店主の呼び止める声など無視して、グレイも通りに向かって駆け出す。
追いつけば、ライナとジュネスが小さな雑貨屋にぶら下がっている、キャメルカラーのショルダーバックを並んで見上げていた。
「これがいいのか、ライナ?」
そんな問いかけに強く頷く姿が、眩しくて愛しい。
雑貨屋の女将を呼び、ショルダーバックを外してもらい料金を支払う。すぐに使いたいライナの為に包装は遠慮した。
受け取ったライナは顔をほころばせ、グレイに笑顔を向けたのだった。
「――――、――」
口パクで言葉を紡ぐ。
ちゃんと聞こえた―――『ありがとう、グレイ』
ちょっと恥ずかしそうに、だけど満面の笑みで。
そうして……呼び捨てしてもらえて嬉しいグレイは、ライナの手を取り馬車に戻ったのだった。その心は暖かな気持ちで満たされていた。
馬車に戻ったライナとジュネスが、馬車に詰め込まれた商品に唖然としていたとしても、全く気にならない程度には浮かれていた。