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戦いの前

本編「再会と交渉」まで読んでいただいた方がいいかなーと思います。

「アロイス」

「師匠」


 呼びかけた男―――フォーデックは、自分を師匠と呼んだ青年アロイスの頭に、軽く拳を落とした。


「いつまで『師匠』と呼ぶつもりだ。士気に関わる、やめろ」

「もう癖なんです」


 頭を自ら撫でつつ、特に悪いと思っていない貌で飄々と言い切った。

 ここはドルストーラの王城から離れた森深い横穴だ。遠見であれば王城の様子が監視できる位置。周りを樹木が生い茂っていた森は枯れ始めており、こちらが身を隠すカムフラージュには使えない―――と、相手は思っているのだろう。それともすでに指揮系統が乱れている証拠なのか。アロイスたち率いる反乱軍は森が枯れ始めてからも拠点を変えずに居続けた。にも関わらず、敵側にその所在がばれた様子はない。


「お前はこの集団の頭なんだからな。甘えたことを言うな」

「俺のガキの頃を知ってる剣の師匠に命令なんてできませんよ。それこそ無茶言うなって言いたいです」


 それになにより、フォーデックはディロの旧知なのだ。父親の親友を顎で使うなど出来るはずもない。


「はぁ。表でドーンが偵察内容の報告がしたいと待ってるぞ」

「戻って来たんですね。すぐ行きます!」


 アロイスは慣れた手つきで腰に剣を履くと、フォーデックに片手を上げて軽く挨拶をし、駆け足で表に向かって駆けていった。


 アロイスが身に着けている剣は、村が襲われたあの日―――フォーデックがアロイスに渡すはずだったあの剣だ。剣の刃の根元に、寄り添う二頭の馬の紋章が埋め込まれている剣。身を守るためにも、本当は渡してやりたかったが、あの紋章はロットウェルの貴族家の紋章。万が一解析されれば、それが六人会議の一人アジレクト所縁のものだとすぐにわかるだろう。それは、この国の火種を無用にロットウェルに持ち込むことになる。だからあの日は、まだ渡せなかった。そして自分も身を隠し、連れて行かれる男衆を追いかけたのだ。


 ようやく追いついたころには、すでにディロを含む幾人もの男達は在りもしない罪を断罪されるために連れて行かれた後だった。働き手になるという理由で命を拾った子供たちは、その心に恨みと憎しみを育ていつしか反乱軍として蜂起した。


「ディロ、お前だったらアロイスを止めていたかもな」


 村長であった親友もまた同じく。だが、フォーデックは止めなかった。それどころか、強制労働させられていた採掘場から脱走したのちは、積極的に関わり剣の指南から作戦参謀までした。頭の回転の速い者を部下にし基礎を叩き込み育て、アロイスはちょうど精霊士として目覚めたこともあり、そのまま反乱軍の頭にした。自分の持つ技術と知能を子供から青年ばかりの若い集団に伝授していったのだ。乾いた大地が水を吸収するように、彼らはフォーデックの教えを着実にものにしていった。その過程が面白くなかったはずもない。


 そしてそれは現在の反乱軍の基礎になった。


 もともと筋の良かったアロイスは、フォーデックとの練習を重ねその腕を磨いていった。申し分ない腕前は一群を任せるには十分足りる。そう結論付け、陣頭指揮をアロイスに任せ、フォーデックはその補佐に回わるようになった。だが、周りから見れば二人はこの反乱軍の二本柱であり、欠かすことのできない存在になっていた。


「ディロ、お前の意思はアロイスが継いでくれるさ」


 アロイスが肌身離さず持っているものがある。血と土で汚れた花柄の小さな巾着。その中には、ディロの能力を押し込めた黒い石が入っている。アロイスによれば、同じものがもう一つあり、いつかライナと会った時にも渡すのだとディロは言っていたのだという。けれど、それは脱走して来た採掘場にはなかった。何処に行ってしまったのだろう。


「精霊と融和を。感謝を。友愛を。―――綺麗ごとばっかりだったが、この森の現状を見てしまえば、やはりお前たちの考えは間違っていなかったんだと思うよ」


 枯れた森を瞼の裏に描き、フォーデックは重い息を吐き出した。


「師匠!」

「どうしたアロイス」


 通路を駆け戻って来たアロイスが興奮を抑えるように、一度つばを飲み込んだ。


「ドーンからの報告、一緒に聞いてください。ケリをつける時が来たのかもしれない」

「……わかった」


 アロイスの周りにいる精霊たちがざわめいている。きっとアロイスの興奮に引きずられているのだろう。そして、ここまで興奮させる報告がドーンから下りて来たという事は、きっと最後の出撃の時が近いという事。

 フォーデックもまた、寄り添う二頭の馬の紋章が刻まれた剣を手に取り、作戦会議に関わるため足を踏み出したのだった。


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