ルーツの独白
本編『デビュタントの終わり。そして―――』まで読み終わってからどうぞ
あわよくば……なんて思っていたさ。誰だってそうだろう?
彼女の相手役をしてやってくれないかと、公爵直々のつうたつが我が家に届いて断れるはずもない。俺の家はしがない男爵家で、当然領地も少ない。領地からの収入は微々たるもので、特に大きな事業を起こしているわけでもないからか、父親は毎日仕事に向かう。仕事と言っても白薔薇城での内勤だ。どんな内容なのかは詳しく教えてもらえないけれど、俺が成人すれば教えてくれるだろう。
父親は大した役職についているわけでもない。『しがらみや、やっかみが無くていい職場だよ~』だなんて毎日へらへらと笑っている父親を情けなく思うこともあるけれど、面倒事に巻き込まれないための自衛たなんだと思うことにしている。
父親の話はどうでもいい。
『今年デビュタントに出ることになった、リグリアセット公爵令嬢のお相手を、お前に任せたいと!』
『それって最近養女にしたっていう子のこと?』
『ああ、そうだ。たいへん可愛がられているご令嬢だ。不敬はいかんぞ』
話の内容よりも、いつもへらへらしている父親の真面目な表情の方が俺には衝撃だったなんて言うことは、とりあえず黙っておいた。
基本的にデビュタントの相手役は籤引きのようなもので決められるのだが、まぁそこは貴族社会のアレコレだ。金を積むか権力を振りかざせば、事前に相手を決めてしまうことは難しくない。今回はきっと権力を振りかざしたほうだろう。なにしろ相手は公爵家。ロットウェル国内でそんなに尊厳のある立場ではないけれど、その爵位は疎かにできるものじゃない。
彼女自身の素性は曖昧な部分もあり、微妙だと感じたようだけど、公爵家が養女として伯爵家が後見人となるほどの人物であるのであれば、繋がりは持っておいて損はないと父は考えたのだろう。
デビュタント当日。俺だって初の登城だし緊張する。そんな中、相手役のライナという少女に会った。緑色の大きな瞳。小麦色のサラサラの髪。白すぎない健康的な肌の色。小柄な体に身に着けた贅を凝らした純白のドレス。美しい髪飾り。華美ではないのに上品な装いと、きょとんとした素朴な表情に俺の心臓はうるさくはねた。
「はじめまして。ルーツ・バレインです。あ、父親は男爵です」
ドキドキしているのが緊張からなのか、違う意味でのドキドキなのか理解しないまま、差しさわりのない挨拶をすれば、可愛らしい礼で返してくれた。顔を上げた時、にっこりと微笑まれ顔に熱が集まるのを感じた。
―――かわいい!かわいい!めちゃ可愛いじゃん!
どんな女の子なのか、簡単な内容は聞かされていたけれど、絵姿も渡されなかったため想像しかしてなかったんだ。そこに市井生まれとあったから、公爵家に引き取られたという事で、今までできなかった我儘を言うような子だったらやだなーと内心心配していたんだけど、ぜんぶ早合点でしたごめんなさい!
緊張した顔のまま、俺たちはデビュタントを果たした。本当に同い年?と思うほど小柄で可愛い。お互いの顔を見ながら優雅に踊れればいいんだろうけど、俺たちだけじゃなく、周りもつい足さばきを確認したり、そのせいで躓いたり、思わず他のペアとぶつかってしまったりと小さなハプニングはホールのどこかで常に起こっていた。そしてそれこそ、見学している大人たちの楽しみなんだってわかってる。不慣れでまごつく子供たちの姿にニヤニヤしてるんだろう、間違いない。
けれど俺は違う。俺は目の前の少女の姿に釘付けだった。
ふんわり浮き上がるドレス。こわばっていた表情がゆっくりと解け自然な笑みに変わる。時々目があえば、小さく首を傾げつつ微笑み返されたりして……俺のドキドキは増すばかりだ。
デビュタントのジンクス。
それはきっとロットウェルの貴族であれば寝物語で聞かされるような、だれでも知っているお話。
デビュタントの後、最初に踊った人物と結ばれる―――。
あわよくば、なんて考えないはずがない。
この小さな少女とこの後も一緒に踊りたいと願って何が悪いのか。
まぁ結局、ライナにはすでに決まった人がいて、それどころか横恋慕までしている男までいたわけで。その両方にとてもじゃないが俺は敵わない。
慣れない『僕』なんて使わずに、素を出して気軽に話していればよかったのかな。いやいやそれ以前に俺なんて眼中になかっただろうよ。と心の中で自問自答を繰り返す。
「そろそろ婚約者くらい決めなきゃなぁ~」
成人したいま、父親が放っておくはずもない。そこらじゅうの夜会に放り込まれめぼしい淑女と引き合わされるだろう。
たった数時間の出会いだったけど、俺はきっとライナを忘れないよ。
(もう出番のないだろう)ルーツ君の初恋でした。




