もう一つの帰郷
本編「議長たちの思惑」まで読み終わってからどうぞ。
一足早くロットウェルに帰郷したマクルノは、そのまま城に戻って報告する時間も惜しいとばかりに、まっすぐ自宅へと足を向けた。
「隊長!まず報告をっ」
「頼んだ!」
「えーーっ」
焦るビーノの声を背後に残し、マクルノは町中を騎馬で疾走したのだった。本来であれば、街中を任務でもないのに馬で駆け抜けるなど許される行為ではない。あとで懲罰の対象になるかもしれないと分かっていても止められなかった。
帰路の前、ビーノが告げた衝撃の一言。
『ティファさん、ご懐妊です!早く戻ってあげて下さいッ』
目から鱗、棚から牡丹餅、寝耳に水。いろんな言葉頭の中を駆け巡ったが、そんな無駄な思考回路を放り投げ、マクルノはただ本能赴くままに昼夜問わず馬を走らせた。無茶をしすぎて馬を潰してしまえば元も子もないため、三度は休憩を挟んだがそれだけだ。まさに強行軍と言うに相応しい行程だった。
任地から戻れば(今回はマクルノが勝手に行動した結果ではあるが)報告のため白薔薇城に赴くのが当然だろう。だが、そんなものはあとから追いついてくるだろうグレイたちに任せてしまえばいいのである。自分は自分にしかできないことに集中すべきだ。
そして間違いなく、愛妻ティファニアは夫であるマクルノを一日千秋の思いで待ってくれている。
馬を走らせ、14番街地の可愛らしい一軒家に到着した。特に使用人も雇っていないため、家の手入れはすべて妻任せだ。だが、身重になっていると聞いてそれから怖くなる。万一のことがあるかもしれないと思えば、通いの使用人を雇い入れるべきかもしれない。
マクルノは馬から飛び降り、門扉を開いた。手綱を柵に結びつけ軽く首筋を撫でる。そのままにして背中を向けたが、馬の恨みがましい視線をひしひしと感じて水を用意することにした。隣国マーギスタからここまで、とんでもなく無茶をさせた負い目がある。
家の裏手に回り、大きめの桶に水を溜め、馬のところまで持って行った。満足げに水を飲みだした馬を見て、再び背を向けたところで体が硬直する。
「ダーリン……」
そこには愛しい愛しい妻がいた。少しやつれただろうか。けれど腹回りはふっくらしている。驚きに見開かれた瞳。艶やかだった赤みを帯びた金色の髪も、心なし、くすんでしまっている気がした。
「ダーリン……ほんとうにダーリン?」
「待たせたな、ティファ」
こぼれ落ちるのではないかと思うほどに大きな瞳に、ゆっくりと涙の膜が張る。白い肌に赤みが差すころには、顔をくしゃくしゃにして泣き出していた。
「ああぁぁあん!さ、寂しかっ……ぅわあん」
両手を広げて抱き着いてきたティファニアを、マクルノは優しく抱き留めた。小さな体が隙間を埋めるように密着してくる。細い腕が背中に回り、離すまいと抱きしめてきた。
「遅いよぅ、遅いよぉぉ」
「すまなかった。キティの出産終わっちまったんだってな」
「そうだよぅぅ」
柔らかい髪を撫でつつ、帰ってきたのだと実感して肩の力が抜けた。
「ティファが妊娠してるって聞いて、びっくりして急いで帰ってきたんだ」
「そうよぅ。わたしたちパパとママになるんだからっ」
「ああ、嬉しいよ。ありがとうなティファ」
「もぅ……―――んんんんんんダーリン、くさいっ」
「えっ」
そういえば暫く汗も流していなかったと思い至ると同時に、笑いがこみあげてきた。
「ははは」
「くさいよダーリン!もう~何笑ってるの」
距離を取りたそうなティファニアを離さず、マクルノは少し身を屈め目線を合わせた。この二人、年齢差もあるが、身長差も相当なものなのだ。
「……ただいま、ティファ」
同僚には決して見せれない、蕩けたような夫の微笑みにティファはさらに頬を赤らめた。そして―――
「おかえりなさい、ダーリン」
口付けをかわし、もう一度深く抱きしめ合う。
愛猫キティがそんな二人の足にすり寄っていた。
そうして7か月後、ティファニアは元気な女の子を出産。その後マクルノは周囲の反対を押し切り、3か月間の育児休暇をもぎ取った。子供が一歳半を過ぎたころ、マクルノは一家でマーギスタに向かった。
あれからも手紙のやり取りを続けていたナジに会うためだ。
マーギスタでは、港で一緒に働いていた仲間が快く迎えてくれた。そしてナジの結婚式も執り行われ、港町はお祝いムードで染まったという。
約18年後―――マクルノの娘リトゥーリアと、ナジの息子ナグルスが遠距離恋愛の末結ばれ、両国の懸け橋の一端を担うのはまだ先の話―――。
マクルノとナジは、年齢離れているんですがいい友達になれると思うんですよね。




