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ソニールの試練!?

「ソニールの災難!?」の続きです。

番外編扱いなんですが、本編にも関わるようなことも仄めかしてます。

「じゃーん!」


 口で擬音を叫びながら室内に入ってきたのは、本来であれば対等に話すことなどできない人物だった。残念ながら(えにし)が結ばれ、俺は拒否権なく関わりを持ってしまったのだが。


「ソニール待たせたね。さぁ帰ろう」


 ライナたちが中央都市に帰るため、この保養所から去って行ってから5日が経っていた。本当は俺も付いていきたかったのだが、バーガイル伯爵と呼ばれていた人がなぜか申し訳なさそうにしつつ、同行を拒否してきたのだ。

 そうされて初めて、俺の都合無視で養子縁組を組まれたことを思い出したのだった。確かあの日、満面の笑みを向けているおっさんが、1週間ほど待っていろと言い捨てて立ち去って行ったのだ。


「とりあえず中央都市の屋敷に向かおう。わたしも議会の仕事があるのでね、済ませないといけない仕事があるんだ。しばらく忙しくなるだろうけど、その間ソニールにはいろいろ学んでもらおう」


 そのおっさんが今目の前にいる。相変わらず一方的に言い放つこの男は、ロットウェル6人会議の一人。ディクターという人物だ。はっきり言って、胡散臭い。


「基礎も何もないから、俺は役に立ちはしませんよ」


 不愛想な声が出る。相手は権力者だというのに、我ながら恐れを知らない所業をしているという自覚はある。

 俺は孤児だ。ろくに勉強もできないし、精々が甲板の文字が読める程度で、礼儀作法もしきたりも、何も知らない。正直覚える気もない。この男は俺をどうしたいのか知らないけど、毛色の変わった子供を周りに見せびらかしたいだけだろう。


「基礎?ああ、心配いらないよ。みんながしっかり教えてくれるから安心しなさい」

「みんな?」


 思わず問い返したその時、室内にぞろぞろと影が入り込んできた。いや、浅黒い肌をしているだけで、影などではない。金色の瞳が特徴的な異国人が総勢7人も!


「お待たせ、ピーネお姉さまよ」

「デラストお兄様だ」

「アージラム」

「バロラだ、よろしくな」

「覚えてっか?ジフォーク兄さんだ」


 巨大な船の底で顔を合わせたことのあるメンバーが揃っていた。ピーネは女性なのでいいとして、デラストも二回目なのでなんとか判別できる……気がする。その他は一目見ただけでは判別が難しい。全員が黒髪、金の瞳、民族衣装のようなものを着ているのだ。

 そして取り囲まれたソニールは、まだ二人残っていることに気が付いた。


「ビーディガだ」

「……ジトゥカだ」


 ソニールの頭にかっと血が上った。ビーディガと名乗った男はともかく、ジトゥカと名乗った男だけは忘れるわけにはいかない。この男は、自分たちを含む子供たちを誘拐し、縛り上げ、妙な腕輪を装着させた。地下に放置し甚振った連中の仲間だった男だ!


「―――よくも俺の前に、(つら)を出せたな……っ」


 思わず口汚い下町言葉(スラング)が飛び出したが、改めるつもりはなかったし、口を閉ざす気もなかった。


「なぜ裁かれずここにいるんだ!グルなんだろ、あいつらと!!」


 ベッドから飛び降り、激昂のままにジトゥカに掴みかかる。当然避けられると思っていたのに、あっさりと襟首を掴ませた。すんなりと怒りを受け入れる様子なのが、また腹立たしい。


「大人しくしてれば、許されると思うなっ」


 頭に血が上り、精神が制御できない。肌を撫でるような気配と共に現れたのは見慣れた氷の精霊たちだった。俺の怒りに呼応するように瞳をギラギラと煌めかせている。周囲の空気が温度を下げ、吐く息を白く変えていく。

 だが―――緊張感をぶち壊す声が二人の間を遮った。


「これだよ、氷の精霊!」


 間違いなくディクターの声だった。そしてその声に触発されたかのように続々と声が続いた。


「これは見事ですね」

「そうだろ。水の精霊を使役するのは結構簡単なんだけど、氷の精霊は難易度が高いんだよ」

「彼らは気難しい部分も持ち合わせていますからね」

「夏は特に出現率が下がりますよ」

「そうなんだよ。それにソニールの場合は水を通り越して氷の精霊を掴んでいる」

「一足飛びってことですか、お義父様」

「ああ。ただ残念ながらソニールは氷の精霊と仲が良すぎて、他の精霊が寄ってこないようなんだ」

「特訓如何では解消されるでしょう」

「わたしもそう思っているよ。楽しみになってきたなー」


「だまれーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」


 気が付いた時には、ジトゥカに掴み掛っていた手を放し、好き勝手騒ぎ出していた面々に怒鳴り散らしていた。


「い・ま!緊迫の場面だろ!なに平然と話してんだよ!俺の精霊の話なんて後でもできるだろ!空気読めよ!大体好き勝手言いやがって!何がお兄様だ、何がお姉さまだ。なにがお父様だ!ふざけんな、冗談じゃねえ!」


 一気に言い切り、ソニールはぜーはーと荒い呼吸を繰り返す。胸の奥にあった恐怖とか葛藤とか恨みとかが苛つきのため吹き飛んだ。


「それだけズケズケ言えるなら大丈夫だな」

「え」

「これが伝説の反抗期……」

「は?」

「鍛えがいがあるなー」

「え……」

「氷の精霊との相性だけを上げるというのもありかな」

「おお、それいいかも。ハートの熱い氷使い!とか。かっこいいじゃん」

「えっと……」

「俺たちを前にして怒鳴れる根性は貴重だな」

「異国人だって理由でビビッて動けないかと思ったけど平気そうだ」

「あの、ちょっと……」


 ソニールがオロオロしている間に、なぜか義理の父と義理の兄たちで話が進んでいく。さっきまで主導権は自分だったというのに、なぜ。


「中央都市の屋敷に帰る道中もしっかり鍛えてやるなきゃな」

「反抗期の弟に愛のムチね」

「頼むぞ、みんな」

「けど俺たちすぐにドルストーラだろ?」

「義父さんの仕事がどう転ぶかだな」

「ソニールは連れて行っていいの?」

「出発までに能力がある程度上がればな、だな」

「じゃあ、スパルタコースね」

「初陣がドルストーラか。ソニールの遍歴に箔が付くな」


 そんなものは望んでいない。





 あれよあれよという間に一家で中央都市に戻ることになった。保養所で大騒ぎしたため、院長に放り出されたと言うほうが正しいかもしれない。

 そして戻るまでの道中……ソニールは改めて地獄を味わった。初めて馬に乗せられ、尻の皮がめくれたのは苦い思い出。毎日夕飯は狩りに出された。日により相棒を兄たちの誰かが務めてくれたのだが、それはとてもスパルタな実習授業だった。正直死ぬかと思った。気を使ってくれたのがジトゥカで、特に話はしなかったが、ソニールを気にしていることだけは伝わってきた。獣を捕り、血抜きの方法、皮を剥ぐ方法、捌き方も帰る道中に叩きこまれた。数日もすれば吐き気もなく、いっそ腹が満たされるための準備をしていると思うと、生肉が旨そうに見えてくるという始末だった。環境が人を変えるといういい事例だろう。


 ゆっくりのんびりと中央都市に帰還した一家は、たいそう汚く臭かった。すでにすっかり公爵令嬢誘拐事件の話題はなりを潜めており、人々の噂話からも消え去っていた。いや、もともと公表していなかったのが正しいのか。

 屋敷に帰ると、使用人たちが汚れきった一家の様子に眉を顰めつつ、手早く湯殿に放り込まれた。さすが金持ち。それぞれの部屋に湯殿があるとか普通じゃない。ピーネがソニールの湯殿に突入してきて絶叫が響き渡るというハプニングはあったが、意外とあっさりと屋敷にソニールは受け入れられた。


「わたしは白薔薇城に行ってくる。しばらく戻れないだろう。同行はビーディガとバロラだ」

「はい」

「かしこまりました」


 身なりを整えたディクターは、道中見せていた笑顔をなくし一同を見渡した。冷たい視線にソニールは思わず背筋を寒くする。そして兄たちもまた、はしゃいでいた空気を霧散させていた。それまで父子として呼び合っていたというのに、一瞬にして主従関係に変化していた。


「アージラム、ソニールは使えるか」

「正直まだ足りない部分も多いかと」

「デラストはどう見る」

「足手纏いになるならない、の境目でしょう」

「ふむ……」


 少し考え込んだディクターは、それでもすぐに判断を下す。


「ジフォーク、道中の訓練担当とする」

「はい」

「ピーネは現地でのソニールの補佐だ」

「はい」

「ジトゥカ、まとめ上げてドルストーラに向かい『あの男』と接触しろ」

「かしこまりました」

「出発は五日後だ。わたしが戻らなくてもこの命令は実行される」

「「「はい」」」


 会話はそれだけだった。指示だけ出すとディクターはソニールに目を向けることなく立ち去って行った。休息も特にないまま出仕に向かったのだ。どうすればいいのかと立ち尽くしていたが、肩にがっしりとした腕が回されて現実に戻った。


「五日間、頑張るぞー」

「……ははは……」


 笑みを向けてきたジフォークに、ソニールは乾いた笑いを浮かべるのが精いっぱいだった。



 五日間、ディクターは屋敷に戻ってこなかった。何度かバロラが着替えを取りに戻ってきたくらいで、顔を合わせることはなかった。そうしてソニールたちは闇夜に紛れて中央都市を抜け、一路ドルストーラへ向かったのだった。


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