ソニールの災難!?
本編「幕引き2」まで読み終わってからどうぞ
俺は傷の手当てを受けていて、たくさんの子供たちと大部屋を共にしていた。アンヌとライナは個室が与えられたらしい。そりゃそうだ、あの二人は貴族なんだから。俺たちみたいに身元もよくわからないど平民とは扱いが違って当然だ。
そう分かっているのに、理解もしているのに、きっちりと線引きされたことが悲しく思う自分もいた。
正直、体の怪我よりも栄養失調が問題視されているようで、俺を含めた子供たちには、色んなものをすり込まれているのだろうドロドロした病人食が支給されていた。本当においしくない。だが完食後には甘い菓子が配られるとあって、みんな嫌々ながらに食べていた。そんな時だ、あの男が現れたのは。
「ソニール君、だったかな。取り急ぎこれだけ伝えに来たよ」
「はぁ……?」
「君のことはわたしが引き取ることになったから」
巨船から救出された翌日、俺は身綺麗な胡散臭い男にそう告げられた。いや、巨船の地下で名前を聞いていた。そう、確か―――
「あの。意味が分からないんですが……ディクター議長、でしたっけ」
正確に名前を呼ばれ、ディクターは大げさに驚いたように目を見開いた後、にっこりと笑顔で歩み寄ってきた。背後には地下でも見た、浅黒い肌で金色の瞳をした部下が二人付き従っている。浅黒い肌も金の瞳も珍しいので、この保養所内でも悪目立ち中だ。
「覚えてくれていたとは嬉しいね。そう、わたしはディクター。ロットウェル6人会議の議長の一人だ」
「6人会議……」
改めて突きつけられると身じろぎしてしまう。飄々としているが、とんでもない権力者の一人であることに違いはないのだから。
「引き取るってどういうことですか」
「君の身元引受人はいないと聞いていたが?」
「それは、そうですけど……」
ソニールは物心ついた時には下町で暮らしていた。捨てられたのか、攫われて放置されたのか、まったく記憶がない。幼いうちは仲間内で助け合って暮らしてきていた。年長者と年少者が組んで、金持ちをターゲットにスリや盗みをしたこともある。だが、12歳になった時から精霊を察知できるようになり、その生活が一変する。一般的には成人してから精霊を認知できるようになるものが多いと言われているが、実際にはもっと早い。あまりにも幼い子が「精霊が見える」と騒いだところで大人には構ってほしいだけだと、軽くあしらわれて信じてもらえないケースが多いためだろう。
だがソニールが【精霊士】の力に目覚めた時、そんな頭でっかちは傍にいなかった。だが、残念なことに【精霊士】の力を悪用して金を巻き上げようとする仲間はいたのだ。何度か悪事に加担したが、その頻度と内容の悪化に嫌気がさして一人抜け出した。地方へ向かう荷馬車に潜り込み、ソニールは中央都市を脱出したのだ。
その後は下町を転々としつつ、小銭を稼いだ。一番の稼ぎ時は夏だ。ソニールは得意の氷の精霊で果物を凍らせ、それを売り歩いた。暑い日に冷たい果物は珍しいと美味しいと評判になり、ひと夏だけで結構な稼ぎになった。それで食いつなぎつつ、冬場は冬場で空き地に水を張り凍らせ、簡易のスケートリンクを作り、使用料として小銭を稼いだ。しかしこれは、時々見回ってくる警らに見つかるたびに逃げ出さなくてはならないので、本当に小銭稼ぎにしかならなかった。
つまり今も昔も、ソニールは下町で細々と暮らしていくつもりなのだ。親兄弟という感覚もわからないし、求めてもいない。
「俺は元の町に戻って、元の生活をします」
「それは困る」
ソニールの宣言に、ディクターは顔をしかめて見せた。そこそこな年齢だと思われるが、元が整った顔立ちをしていると、顔をしかめても不快にならないのだから得だな、とどうでもいい現実逃避していた。
「君の能力は珍しいのだよ。全体で見ても氷の精霊を操れる者は少ない。まだ伸びしろもあるし、放置しておくなど【精霊士】【魔法士】の損失になりかねないことだ。わたしはそれを寛容になって見過ごすなど、とてもできない。ソニール、君には【精霊士】としてだけでなく、希望があれば一般教養の教師もつけよう。もちろん住む場所も提供する。これは君のためだけでなく【精霊士】全体での損得の問題なんだ。わたしの周りには風、炎、水などを味方にしている【魔法士】が大勢いるが、氷の精霊は初めてなんだよ。君は本当に類まれな能力を有している。ここはわたしに任せてみて、一度わたしとともに中央都市に行ってみないか?」
異様なほど熱心に口説いてくる。ロットウェル権力の一端である男が、ど平民で身寄りのない、せいぜい氷の精霊と仲良くしているだけの16歳の少年に!
同じ個室にいた子供たちは興味津々で見てきているし、ディクターの身分を理解している兵士や看護師たちは恐れおののく様に遠巻きにしていた。表情一つ変えずにいるのは、ディクターの後ろにいる異国の二人だけだろう。
「ち……中央都市には、あまりいい思い出がなくて……」
咄嗟に出た断り文句はそんな程度だった。だか真実でもある。元仲間をしていた連中は今も中央都市の暗部にいるだろう。そこを逃げ出した身としては、あまり近寄りたくない場所なのだ。
「ああ、古いお友達がいるんだな」
「……」
だが、なんでもお見通しなのか―――ディクターには通用しなかった。
「安心しなさい。別邸はともかく本邸にいれば身の安全は保障しよう」
「いや、そういうことでもなく……」
「身分のことを気にしているのか?きちんとそれなりの身分を用意する。君は身一つでわたしの屋敷に来たらいい」
「それ男が女にする口説き文句じゃ……」
小さなソニールの戸惑いを大いに含んだ呟きはディクターの耳に入ってはいたが無視されていた。もはやディクターの中で、ソニールを引き取ることは決定済みなのだろう。
「戸籍はあるのかな」
「……ないです」
「よしわかった。適当な戸籍を用意しよう。というわけで―――デラスト書類を」
「こちらに」
背後にいた男がすかさず何かの書類を手渡した。一緒に万年筆を渡すことも忘れない。幸いなことに名前くらいは書ける。
「ソニール、この書類のこことここにサインをしてくれ。血判が欲しいところだけど……朱肉でいいよ。ピーネ持ってきてるかい」
「こちらに」
同じく背後にいたもう一人が、ポケットからささっと小さなケースを取り出した。開ければねっとりとした朱色の塊が入っている。
「ここに親指をつけて……それから、名前を書いたここに押す―――と。よし完了!」
流れるような作業に巻き込まれ気が付いた時には、言われるがまま名前を書き、言われるがまま朱肉で印をつけていた。赤く染まった親指を、ピーネと呼ばれた人物(女性だった!)が、すかさず拭き取ってくれる。
「これで君は、わたしの息子ということだ」
「は?」
「よろしくなソニール。俺はデラスト。お兄様と呼ぶことを許そう」
「え」
「わたしはピーネ。お姉さまと呼んで頂戴」
「え」
「わたしのことはお父様でいいけれど、照れくさかったら名前でいいよ」
照れたように顔を赤くしているが、ソニールはそれどころではない。
「他にも兄弟がいるが、そのうち顔を合わせるだろう」
「すでに何名かは会っているのでは?」
「アージラムとバロラとジフォークはあの地下にいましたからね」
「そういえばそうだ。ではあと会ってないのはあの二人だけかな」
「ジトゥカには会ってるんじゃないでしょうか」
「そうか、未来の弟だとも知らずに痛めつけたと知れば、ジトゥカも心を痛めるかもしれないなぁ」
「「ないない」」
テンポよく3人で楽しげに話している姿は、部下と上司ではなく、確かに気心を許した仲間のようであり家族のようでもあった。だが、ソニールはこの輪の中には入れる気はしない。
「さて、我々はこのままマーギスタに戻って残務処理をしてくる。ロットウェルに戻るときは家族水入らずだ。楽しみだなー」
「あ、あの……」
「保養所を抜け出そうなんて思うなよー。どうせすぐ見つかるんだからな」
「え、あ、あ……」
「1週間ほどで戻ってくる予定だから、いい子にしてなさい弟」
「ちょっと……っ」
いうだけ言い終えると、嵐のようにやってきた3人は書類だけ抱えて姿を消した。あとには頭を抱えて唸るソニールだけが残されていた……。
というわけで、ソニール君の進退でした。
彼にとっていい未来になりますように(笑)




