神童と呼ばれた彼
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本編に行き詰っているというわけでは―――ごにょごにょ(汗)
彼の両親は息子を恐れた。
まだ一人で立ち歩きも出来ない、そんな幼い時からその才能は開花が始まっていた。泣かない。喚かない。すでに言葉が理解しているのか『静かにしていてね』いいう母親の安易な願いを忠実に守る。あまりにも静かであるが故に、別の事に気を取られていた大人たちが子供の事を忘れてしまうほどだった。
最初の頃は『なんていい子なんだろう』と自慢げだった両親だったが、次第に同年代の子供たちとの違いが如実にわかってくると、徐々に我が子に向ける視線に畏怖が浮かび始めた。
大人の言葉を理解できているらしいのは、聞き分けのいい子として受け入れた彼らだったが、モミジのような小さな手で本をめくり、文字のぎっしり詰まった書籍を読んでいるのを見た時には、彼の母は口を開いて呆然とした。
だが、偶々手に届くところにあった本を捲っていただけだろうと思い、その本を取り上げるが、それはそれはもう、ものすごく不本意そうな顔をするではないか。泣き喚くでなく、両手を振り回して駄々をこねるわけでもなく、冷たい青い瞳でじーーーっと母親をねめつける。
渋々閉じた本を彼に手渡すと、嬉しそうな顔をするでもなく当然のごとくその本を受け取り、読み進めていたページを探し当てると再び自分の世界に入り込んで読書に浸ったという。
ファーラル2歳の出来事だ。
その後も彼の快進撃は止まらない。幼児期より表情が豊かになったこと以外は、特に変化なく天才児だと持て囃された。
教えられた学問は、教師を追い抜かす勢いで学び取り、マナーもダンスも難なくこなす。ピアノや弦楽器もあっという間に習得した。乗馬も射撃も大人たちが舌を巻くスピードでクリアする。大体のものは、3度も試せば完璧に覚えた。
冷静沈着。正確無比。品行方正。ただし愛想笑いはなし。
にこりともしない幼少期を過ぎ、神童と褒め称えられる中、ファーラルはそれでもゆっくりと成長していく。
人との距離を感じ始めた少年期。その頃には両親は不仲になっていて、それぞれ愛人を抱えていた。そうなった一端には、跡取りであるファーラル自身を忌避する気持ちも含まれていたのだろう。そしてそれは正しくファーラルにも伝わってきていた。
―――ここに居てはいけない。
少年でありながら、頭の回転が良すぎた彼は、自分を取り巻く環境も敏感に感じ取り、そして自分がここに居るメリットとデメリットを頭の中で計算し、デメリット率が高いという答えをはじき出していた。
そしてその頃から、ファーラルの周りで異変が起こり始める。
表情には出なくとも、彼は彼なりに境遇に悩んでいたし、両親の事にしても胸を痛めていた。こっそり逢引をしている母親と、仕事だと偽り愛人の元へ通う父親。自分が子供らしい子供であれば―――彼らはいつまでも仲睦まじく過ごせたのではないだろうか。
自分の子供に対し、劣等感を抱くことなく。
すでに自分という存在、世界の成り立ちまで考え始めていたファーラルに対し、彼の両親は子供過ぎたのだ。
―――普通でしかない俺の子供が、こんなに賢い訳がない。俺の子供ではないのかもしれない。
それは父親の小さな疑念。父と同じ金の髪と青い瞳を持っていながら、それでも疑念を抱き続けた父親と、その疑念に耐え切れなくなった母親は、どちらもすでにファーラルに対して愛情はなかったのだろう。
そうした表に出せない鬱隻が、ファーラルのもう一つの能力を予定より早く引き出してしまったのかもしれない。
若干10歳にして彼は、【魔法士】としての片鱗を開花させていた。【精霊士】ではない。様々なものをすべてスキップし【魔法士】の能力を、だ。
そしてその能力は日に日に強くなっていく。さすがに教師の中に【魔法士】はおらず、両親含めた家人たちは頭を抱え……最終的に投げ出した。
遠縁で、ほとんど関わりのなかったアジレクトにファーラルを預けることによって。
アジレクトはファーラルに表面からではない世界を教えた。
世界の成り立ちを考えるのであれば、国の成り立ちを考えるべきだと。そしてそれを考えるのであれば、一つの領地、一つの村、一つの家庭、一人の民を見ろと説いた。
荒れ狂う能力が精霊によるものだと教え、その制御を学ばせた。
強すぎる力は離れの屋敷を半壊させたり、局地的に嵐を起こして森の木々を薙ぎ払ったりしたこともある。
捨てられたのだと、見捨てられたのだとファーラルが心で嘆くたび、精霊は彼の代わりに力を振るった。
「ファーラル、叫んでみなさい」
「叫ぶ、ですか?」
ある日庭の片隅で本を読んでいたファーラルに近寄って来たアジレクトは、不思議なことを言い、言われたファーラルは意味が分からず首を傾げた。
「叫んで大きな声を出してごらん。そして思っている事を吐き出してしまいなさい」
「……早く大人になって議長になりたいです」
それはアジレクトに学ぶようになってから、ファーラルが抱き始めた一つの願いだった。
「ははは。それは頼もしい。だが、それではないよ。もっと心の奥底に溜め込んでいる事があるだろう?」
「……ないですよ」
氷のように表情の変わらないファーラルと向き合い、アジレクトはゆっくりと口を開いた。
「帰りたい」
「!」
「戻りたい」
「……先生、なにを言ってるんですか」
珍しく狼狽えたように、一瞬表情が曇ったことをアジレクトは見逃さなかった。
「まだ11歳だということを、お前は忘れてはいけないよ」
「……」
それだけ言うと、アジレクトはファーラルに背を向けて歩いて行った。姿が消えた後、その場に残されたのはファーラルだけ。風の精霊が慰めるようにファーラルの周りを飛び交っている。
風は優しく促すように、頬を撫でた。
―――帰りたい。
―――時間を戻したい。
「父様母様―――捨てないで」
結局、ファーラルは大声では叫べなかった。けれど小さな声で初めて自分の心の奥底に沈んでいた望みを口にできた。そして口にしたことで、初めて凍り付いていた心が少し溶け始めたのだった。
望みは口にしてもいい。
わがままは子供の特権。
愛想笑いとお世辞は使いよう。
ファーラルはこうして性格を変化させていったのだった。
ガーネットに出会う日まであと1年。
というわけで、ファーラルでしたぁー




