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執事の奮闘

本編「ワムロー邸にて」まで読み終えて頂いていた方が、意味が分かるかなーと思ったり思わなかったり。

 殴られ腫れた頬に冷たい布巾を当てつつ、屋敷の内部に異常がないかを見て回る。

今日は本当に大変な一日だった。

 青年執事は深い溜息をつき、今日という一日を思い返していた。

 




 いつも通りの朝が来て、旦那様を起こして支度を手伝い、朝食を食べてもらいながらスケジュールを伝え、届いた手紙や招待状を確認してもらい、必要ないものに関しては代筆で断りを入れ、御用聞きに配達を依頼し、庭に新しい植物を植えたいという庭師の要望を旦那様に伝え(何かにつけて使用人に甘いので、こういう要望は大体すんなりと通る)、洗濯メイドからシーツの買い替えを提案されそれも報告し、植木屋と寝具店にそれぞれ依頼の手紙を書き、蝋燭と油を注いで回り、近所の住民と他愛もない会話をしつつ(ここで主人の面白い失敗談などを話題にするだけで、不思議と好感度が上がる)、旦那様に休憩用のお茶と軽食を届け、ついでに追加で届いた手紙も渡し、裏口に届けられた食材のチェックをして料理長(コック)にメニューを聞いて(有難いことに好き嫌いが無いので何を出しても残さず食べてくれる)、旦那様の執務室に行って書類整理などを手伝い、時にはお茶を出し、日差しが強くなってきたのでカーテンを半分だけ閉めて室内に明かりを灯し、切りのいいところで手伝いをやめて夕食の手伝いをしに行き、食堂を整えているところで旦那様が呼んでもないのに現れ、けどいつもの事なので誰も気にせず作業を続けて、こじんまりとしたテーブルに食事を並べて食べてもらい、その隣で給仕を続け、その間に使用人たちには食事を済ませてもらい、旦那様が風呂に入ってる間に自分の食事を済ませ、脱衣室の鈴が鳴ってから着替えの手伝いに走り(といっても、ほとんど自分で済ませてしまうので、髪を乾かす手伝い位だが)、この後会員制バーに飲みに行く予定だった旦那様は、寝間着ではなく糊のきいた派手なシャツを着て、光沢感のあるリボンタイで胸元を飾り、よくよく見ればストライプ柄の入ったズボンを履き、ごてごてと宝石の付いたベルトでウエストを絞めていた。ついでとばかりに宝石の周りに虹色の羽飾りが付いたブローチを上着に付け、準備完了。あまりの趣味悪さにうんざりしつつ、いつもの事だと受け流し、翌日のスケジュール確認と必要なものの購入について説明していた所で不審者が現れた―――。



 ほかの使用人はすでに自室に戻っており、働いているのはわたしだけだったため、自ら台所に面した裏口に向かった。

 すでに暗かったため、ランプに明かりを灯す。一つだけでは心許なかったので思い切って3つほど点けたら、見渡せるほど明るくなった。恐らく旦那様関連の連絡係だと確信していた。小さな子供であれば、小銭と共におやつも渡そうかと思案しつつ扉を開け―――現れたその男は言いたい放題言うと、空に向かって何かを発砲した。


 ―――これはヤバイ。


 そう思った時には時すでに遅し。乱暴にわたしの体を押して室内(といっても厨房だが)に押し入ってきた。派手に響いた発砲音は屋敷全体に聞こえていたようで、わらわらと使用人たちが集まってくるのが分かった。

 内心大声で「来るなっ」と叫びたいところだったが、男の発する危険な空気に、平和主義者のわたしがどうこうできるはずもない。わたしは心身ともに平和主義者なのだ。


 どやどやと現れた我が屋敷の使用人たちは総勢5人。そう、たった5人だ。そこに主である男爵を含めて6人。狭い厨房に一気にこれだけの人数が揃ったのは初めてかもしれない―――というか、旦那様!なんであなたまで来ちゃったんですか!?

 大人しく部屋で待ってられなかったんですか。どうしてこんな使用人しか出入りしない厨房にまで来ちゃうんですか。そんな派手な格好でここに顔を出したら、誰がこの屋敷の主人なのか、このならず者に教えてあげてるようなもんでしょう!


 ビックリしたように目を見開かない!出来るならそのまま回れ右して自室に鍵かけて閉じ籠っててくださいよ!……って、なんでのっしのっしと近づいてくるんですか!普通のお貴族様だったら叫ぶか逃げるかしてますよ!?


「何者だ」

「見たところアンタが、ここのご主人さまみたいだな」

「ワムロー男爵はわたしだ。なに用だ」


 使用人たちがオロオロしている中、ならず者に近づき真正面に立ちふさがる。もともと体が大きい人だから(横にでかいのだ)、旦那様がそうしてしまうと後ろにいる使用人たちからはならず者が見えない。


「何もしないさ。しばらくここで大人しくしてくれれば」


 言いながら男はナイフを取り出し、それをチラチラと見せてきた。そのナイフは幸いなことに旦那様の陰に隠れて、怯える使用人たちには見えなかったけれど、旦那様とわたしにはしっかり目に焼き付いた。


「それでな男爵様。この念書に署名してもらいたいんだよ」


 そう言って男が胸元の隠しポケットから取り出したのは、一枚の薄い紙だった。決して上質ではない髪は黄ばんでおり、白さが足りない。貴族間で使用するものではなく、庶民が日常よく使う低質な紙であることはすぐにわかった。


「署名すればいいんだな」

「ああ。内容変更は受け付けないぜ?」

「執務室からペンとインクを取って来い」


 男の言葉に頷くと、旦那様は体も顔も一切動かさずわたしにそう命じた。少しでも動けば均衡が壊れてしまうのではないかと考えているようだ。不安そうにお互いを抱きしめあう使用人たちを横目に、わたしは執務室まで走った。今までも懸命に走ったことはある。だが、この日ほど必死になったことはなかったかもしれない。


 階段を駆け上がり執務室に入り、インク壺とペンを握りしめて厨房に戻る。旦那様にも使用人たちにも変化はなく、不思議なほど安堵した。わたしが戻ってきたのを見た男は、近くにあった作業台に紙を広げる。旦那様はわたしからペンを受け取ると、差し出したインク壺にペン先を少し浸して躊躇いなく名前を書き入れた。


 旦那様がサインしている間に、わたしはその内容を速読して頭に叩き込んだ。幸いなことに、男爵家にとってそこまで痛手な内容ではなかった。だが、微かではあるが傷になるのは間違いない。


 この念書さえ失くしてしまえば―――。


 そう思ったと同時、自然と体が動いていた。そのタイミングはちょうど男がサインを終えた念書を再び胸元に戻そうとしていた隙。ナイフを手放し台に置いたその一瞬。

 無意識に男に飛び掛かったわたしは、旦那様の制止の声も無視して男に掴みかかり……返り討ちに合った。


 思い切り頬を殴られたわたしはふらつき、踏鞴(たたら)を踏んだところで旦那様に引っ張られて男から離された。


「なにすんだ、クソガキ!」


 そう、わたしは執事をしているけれどまだ10代の子供である。こんなならず者の男から見れば、子供が喧嘩を吹っかけてきたのと同じと思うだろう。


「執事の無礼については詫びる。だが念書に署名はした。我々は指示があるまでこの屋敷から出ないと誓おう。そちらにも限られた時間があるのだろう?」

「なんだこのじじぃ、偉そうに言いやがって!」


 訂正が許されるなら、旦那様はまだ『じじぃ』と呼ばれる年代ではない。熱を持って腫れてきた頬を押さえつつ、わたしはそんなことを考えていた。


「お前が持ってきた一方的な書類にサインをしてやった。譲歩はここまでだ。大人しく去るのがお前に残された道だ」


 でかい体でキラキラしい衣装を身に着け、低い低音で威圧されればそれだけで思わず身を引いてしまうのが心情だろう。例に洩れず、男も案外小心者だったようで、旦那様の威圧に少し怯んだ様子を見せた。


「出てってやるが、外に見張りを付ける。夜明けまで動くな!何かおかしな動きをしたら、この屋敷に火をつけるように指示しておくからな!」

「好きにしろ」


 精一杯の脅しだったのだろうが、旦那様には一切通じていないようだ。それよりも背中からでも感じる怒りのオーラがパネェ。

 男は舌打ちしつつ、ナイフを鞘に戻すと入って来た裏口からまるで鼠のような素早さで姿を消した。扉が閉まった後もしばらく動けなかったが、旦那様がこちらを振り返ってようやく力が抜けた。


 へなへなと思わずその場に座り込んでしまったわたしは、頬の痛みを思い出して顔を顰めた。庭師とメイドが焦ったような声を出し、料理人が氷を用意しに行ってくれた。そんなわたしの前に旦那様がしゃがみ込み―――わたしの頭に拳を打ち付けた。


「〜〜〜〜〜〜っっっ」


 容赦ないほどの痛み。鈍い音は頬の痛みを忘れてしまうほど。


「バカものがっ!」


 大声ではないけれど低く、そして怒りに満ちた声が頭上に降り注ぐ。


「申し訳、ございまひぇん……」


 口の中が切れていて痛い。謝罪の言葉も上手くいえない。拳が直撃した頭がじんじんと痛む。きっと腫れ上がるだろう頬。暫く冷たいものも熱いものも食べられないかもしれない。大口も開けられないだろうから、大好きなバゲットに齧り付くのもお預けだ。


「二度とならず者に向かっていくなど、してはならん」

「……はひ」


 痛いし、辛いし。

 何故か涙まで出て来て、我ながらすごくかっこ悪いけど。


「何かあったら、お前のご両親に何といえばいいのだ」


 なんて優しい人に仕えているのだと改めて感じられたから、わたしは幸せだと思えるのです。


ワムロー邸の青年執事と男爵の掛け合いというか、気づきづらい信頼というか。なんか書いてて楽しいです。

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