遠い昔の優しい時間
登場人物はあの人とあの人です。
静かな書庫の一角が今日の勉強の場。教師役である博士は忘れ物をしたといって席をはずしていた。異母兄弟である二人が一緒に学ぶことを良しとしない一派もいるにはいるが(主に正妃とその取り巻き)、父親である王が許容する発言をしており、表だって意見する者たちは減った。
兄はすでに帝王学を学び始めていたが、年の離れた幼い弟はまだ読み書きの段階だ。手渡されていた子供用の書籍をおとなしく読んでいた弟―――シュバルツは顔を上げて異母兄を見つめながら口を開いた。
「兄上」
「……なんだ」
子供特有の甲高い声に呼ばれ、同じくまだ変声期を迎えていない声が答える。その声は決して友好的な響きではなかったが、きちんと返事が返ってきたことが嬉しいのかシュバルツはぱっと笑顔になった。
シュバルツにとって兄ビースライは、もっとも身近なヒーローだったのだ。
「ぼくは大きくなったら、兄上をお助けしますからね」
本を閉じ、それを胸に抱き込んで言った言葉は、子供だからこそ安易に口に出せる内容だった。ビースライはその言葉の意味を咀嚼する前に吐き出した。
「期待しない」
いっそ冷淡ともいえる声だった。しかしシュバルツはそんな返事は予想していたとばかりに笑みを深めた。
「はい、ぼくは未熟だから期待しないで待っててください」
「……なんだそれは」
冷淡な声から角が取れ、呆れを含んだ声に変わった。それは、なかなか聞くことのできないビースライ本人の声だと思えた。
「兄上が守りたいものを、僕も一緒に守りたいのです」
「おまえには無理だ」
「無理かもしれません。けど兄上と一緒に同じ景色を見れるように努力しますね」
笑みをたたえたまま、シュバルツは自分の願いを口にする。それは決して簡単なことではなく……二人の関係がすでにその願う未来を叶わない『夢』にしているというのに。それでも幼い異母弟の笑顔と自信たっぷりな姿に、ビースライも不思議とその未来が描けるのではないかと期待してしまった。
「勝手にしろ」
「はい!」
投げつけられた言葉にシュバルツは元気よく返事を返す。
その瞳に曇りはなく、描く未来は希望にあふれていた。そしてビースライもまた、この弟と一緒であれば……もしかすれば縛られた呪縛から逃れられるのではないかと―――そんな望みを胸に抱いたのだった。
そんな遠い昔のロットウェル城での穏やかな昼下がり。
いづれこの二人に関しては、もう少し掘り下げて過去書きたいと思っています。
というわけで、ロットウェル最後の王『愚王』ピースガイと、リグリアセット公爵の過去でした。




