とある男爵家の執事の事情2
というわけで?
ネタ1の投下です
派手な門構え。そして眩しいほどに煌びやかな外壁。そうここは近所どころか貴族の間で知る者はいないとされる、成金男爵ワムロー邸。外壁だけでなく一歩入った玄関も、なんとも輝かしいものだ。
最近は屋敷の隣の土地を買い上げ、広いホールを建てた。ダンスパーティも出来るほどの広さを誇り、そこもまた屋敷に負けず劣らず輝かしい造りであった。近隣住民はその派手さに『情緒が、景観がっ』と再び頭を抱えたという。
「旦那様」
「なんだ」
声をかけられ、書類を片付けていたワムローは返事をしつつ、差し出された紅茶を口に含んだ。隣に立ったのはまだ年若い青年執事だ。ここに勤め始めてすでに2年目になる。仕事の覚えも早いし、手際もいい。時々会話の端々に面白がっている雰囲気が含まれなければ尚いいと思っている。
「旦那様は奥様を娶らないのですか?」
「ぶっ!」
「汚いですね」
吹き出した紅茶は、机に噴射され周辺を濡らした。幸いにも書類はすでに避けられていたので被害はなかったが、インク壺からペーパーナイフまで濡れている。
「なにを言って……」
「ほら手にも掛かってるじゃないですか。子供じゃないんですから、手はご自分で拭いて下さい」
執事はワムローの問いには答えず、胸元のハンカチを主に渡すと、自分は取り出した布巾で机周りをどんどん拭いて行った。
「お前がいきなり分からんことを言うからだろう」
大人しくハンカチで手を拭いつつ、口の中でブツブツと文句を言っている。それを横目でチラリと見ていた執事は、これ見よがしに大きなため息をついた。
「はぁーーー」
「なにが言いたい」
執事の溜息にワムローは顔を顰めて不機嫌そうに言い返した。とても主と執事という関係には見えないが、これでも雇用関係で結ばれた立派な主従関係である。
「ですから、奥様です。奥方です、結婚相手です。もしくは恋人ですいいです。あ、それとも子供のころからの幼馴染がいらっしゃるとか?」
「はぁ?」
「いいですよね、幼馴染。恋小説の定番ですね」
「そんな奴はおらん」
「それは残念。では、よく行ってらっしゃる会員制バーで運命の出会いしてます?」
「お前が何を言いたいのかさっぱりわからん」
執事の一貫性のない発言にワムローは眉間の皺を深めて唸り声を出した。
『これはまずい、期限が最高潮に悪くなる一歩手前だ』
青年執事は主の不機嫌ゲージの上りがいつもより早いな感じつつ、一歩下がって腰を折って頭を下げた。そのシルエットは完璧で美しく、心がこもっているように見える。とりあえず、外観はそう見える。
「このお屋敷にも人が増え、隣には立派なホールも建てられました。もうワムロー男爵邸としての体裁は整った頃ではないかと考えた次第です」
「だから、何が言いたい」
「このお屋敷に必要な存在。それは女性です!」
「……」
あまりにも力一杯な言葉に、さすがのワムローも引き気味だ。だが執事はそれに気づくことなく、いまだ頭を下げたまま言い募る。
「女性の使用人がただでさえ少ないこの職場。使用人たちの不満は最高潮なのですよ、旦那様!」
がばっと顔を上げて詰め寄るように身を寄せてくるが、どう見ても主を敬った態度には思えない。そしてその内容もあまりにも私欲が絡んでいる気がする。
「そこで奥様です。旦那様がめでたくご結婚されればどうなると思いますか?」
「……どうなる」
「もちろん!女性の使用人が増えます!」
キラキラした笑顔で拳を作ってまで力説してくる。平素も薄い笑顔を浮かべている男だが、いまの満面の笑みは本気だろう。
「奥様のお着替え。奥様付きの侍女。奥様の付き添い。そしてお客様も女性が増えるでしょう。そしてそのお客様の付き添いは当然女性!使用人同士のラブロマンス!他家同士のため、薄い繋がりしかない関係というのが恋情を燃え立たせるスパイスになったりするわけですよ!」
「……つまり?」
「旦那様が奥様を迎えられたら、わたくしを含めみんな幸せになるはずです!はやく奥様を見つけて掴まえて口説き落として結婚してください」
全力で無茶苦茶なことを言ってくるが、その目は本気だった。ワムローは内心本気で鬱陶しく思っていたのだが、そこでノック音が響く。
「旦那様ぁ、お届け物です」
情けない声を出しつつ顔を覗かせたのは、庭師だった。田舎から出てきたという小柄な男は、気の弱そうな顔をしており、実際気が弱かった。仕事を探していた男が、妙な仕事に引き込まれそうになっていたのを見咎め、自分の屋敷で雇うことに決めたのはワムローだ。この屋敷にいる使用人たちは、気が弱かったり強すぎたり、前の雇い主に虐げられ逃げ出した者だったり、行く先のないものだったりと、大なり小なり問題を抱えている者が多いし、ワムローはそういった者たちを積極的に採用している節がある。そのため本当に使用人が少ない。
どうやら今回も屋敷に届けられた荷物を庭師が受け取り、そのまま持って来たらしい。本来ならあり得ないのだが、成り上がりワムロー男爵邸では実は日常だったりする。ノックのあと、了承の返事ないままに扉を開けてしまうのも日常の一部だ。もう慣れた。
「なんだこれは」
持ってみるとずっしりとした重みのある包みだった。それが何枚も重なっている。送り主を見れば、なんとも錚々たる貴族の名前が記されていた。
「あ、それ!」
執事も駆け寄ってきてその包みを受け取るのを手伝いつつ、貴族名を見て目を輝かせた。
「旦那様の肖像画を贈ったんですよ」
「はぁ!?」
「未婚のお嬢様がいらっしゃるお屋敷に」
「なんだって!?」
「けど、これってまさか……ああ、やっぱり肖像画ごと返送されてきちゃいましたか。残念です……けど、返してもらえたので使い回しできますね!」
包みをバリバリと破いた先に見えたのは、でっぷりとした体に派手な衣装をまとったワムローの肖像画で間違いなかった。しかしこんな肖像画を描いた記憶はないといえば
「すでに一枚ある肖像画を微妙に変えてもらって、複製してもらいました」
とあっさり言い放った。全然悪びれていない。
飄々とした様子に、驚きすぎて消え去ったかに思えた怒りがふつふつと湧き上がって来た。
未婚の貴族の屋敷に肖像画を送れ付けた!?
主本人の了承もなく!?
しかも目的は屋敷に女を増やしたいという雑念で……!?
「で、で、で……」
「で?」
「出て行け――――――――――――――――――っっ!!!」
ワムローの怒声が屋敷中に響き渡る中、青年執事はひゃっと肩をすくめただけで足早に執務室から脱出した。そしてオロオロとしている庭師と目を合わせる。
「旦那様ぁ、えらい怒ってたなぁ」
「怒ってたねー」
庭師はびくびくと怯えを見えていたが、執事はなんら変わらぬ態度である。そしてそのまま手に持ったままになっていた主の肖像画を眺めた。
「もう少し細く描いてもらうべきだったかな」
「きんきらの衣装が悪いんじゃねぇかなぁ?」
「わかってないね。お金持ちアピールなんだから、服はキラキラでいいんだよ」
「なるほどぉ」
庭師の男は主の肖像画を珍しそうに眺めていた。こんなことを廊下でしていても、見咎める人物もいなければ、使用人もいない。しんと静まった廊下に視線を走らせ、小さく息を吐く。
「……ほんと、いい人が現れて旦那様の潤いになってくれたらいいんだけどね」
ぽつりと零れた呟きは小さすぎて、隣にいた庭師にも聞こえなかった。
「なんか言ったかぃ?」
「なんにも。さってと、旦那様の昼食は何にしようかな♪」
ワムローに激怒され追い出されたというのに、青年執事の態度は変わらない。主が自分を本気で追い出すはずがないと知っているからだ。
―――悪ぶってるけど小心者。えらそーにしてるけど正直者。顔と趣味はともかく、いい人なんだけどなぁ
褒めているのか貶しているのかわからない独白は、執事の胸の中に留められた。
実はいい人ワムローさん。
執事の名前いらないよね?




