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とある男爵家の執事の事情

本編『国境越え』を読んでからどうぞ。

ふっと浮かんできたので書きましたが、本気で本編に関係ないです(^^;;

 その暮らしは決して楽なものではなかった。

 三人兄妹の真ん中。6つ離れた兄と、2つ下の妹。両親との5人家族。鄙びた農村で、ひたすら毎日畑を耕し、土に塗れて仕事をして、気まぐれな天気に左右される日々。


 唯一救いだったのは、村の教会には年老いた神父様がいて、文字と計算を教えてくれた事。父親は頭の固い懐古主義で、妹が勉強することは許さなかったが、俺と兄には勉強する機会を与えてくれた。それはひとえに、採れた作物を市場で売りに行った時に、足元を見られないようにという最低限の理由があったからだけど、それでも学べたことは幸運だった。


 ある日、兄が年寄り馬に作物を積んで市場に行くと言う。いつもは兄だけが市場に向かい、俺や妹は置いてきぼりだ。だが俺は荷物を積んでいる親父と兄に勢いのまま声を上げた。


『やり取りを勉強しておきたいから、付いて行きたい』


 俺の言葉に、親父は最初渋っていたけど、最後には付いて行っていいと許可を出した。それが運命の転機とも知らず―――。

 



 初めて訪れた市場は、故郷の村など比べる事も出来ない程の賑わいだった。高い建物。石畳の道。行き交う人々。道沿いの商店。活気あふれる空気に気分が高揚しない筈がない。

 きょろきょろと周りを見、落ち着きなくずっとソワソワとしている俺に、兄は自分も最初はそうだったと笑いながら言ってくれた。そしてみんなには内緒だと、甘いお菓子を買ってくれたのだ。


 それ以降、俺は兄に付いて市場に行くことが増えた。その頃には俺も14歳になっていて、力も付いて来ていたし、兄は20歳でしっかりとした落ち着きを持っていたから両親も安心していたのだと思う。妹は俺ばかりが市場に行くことをずるいと言っていたが、まだ12歳の妹を連れ出すことは、親父は絶対許可しなかった。いや、あの親父の事だから、妹がいくつになっても村から出すことはないのかもしれない。


 俺は悪知恵も身に着け始めていた。兄と分担して野菜などを捌くことを提案したのは俺だ。一か所で売るよりも二手に分かれて売った方が効率がいいと言えば、兄は納得して任せてくれた。俺は周りの商店よりも価格を落として商品を売りさばいたり、食堂などに一括で卸すことによって自分の分担量を早々に空にすることを実践していた。兄は真面目なのだが融通が利かない部分があるため、親父が商店で直接販売しろと指示されれば、それに逆らうことなく受け入れていた。


 とっとと自分の分を終わらせた俺は、兄との合流時間までの間自由に街中を歩き回った。果てしない解放感は故郷の村では絶対味わえないものだ。そうして自由な時間を過ごすうちに、個人的な人脈を築き、時には街の仕事を手伝ったり、女の子と遊んだりした。そうして俺は―――俺に押し付けられている仕事が一つではないのだと知ったのだ。


「決まった仕事が無いなら、お屋敷で働いてみないか?」


 兄の目が届かない街の外れにある食堂で、そう声をかけられた。

 俺の仕事は畑仕事。そしてできた作物などを街中で売る事。そう思い込んできた。違う、そうじゃない。俺は自由なんだ。俺は何を選んだっていいんだ。


「お屋敷?お屋敷って、なにをするんです」

「馬は操れる?馬番を探しているらしいんだが」


 馬は飼っているし、飼育もできる。手入れだって出来る。

 俺は深く考えないまま、もっと詳しい話を聞きたいと身を乗り出していた。


 兄と合流し、老いた馬に揺られながら考えていたのは『お屋敷』の事。

 貴族様の屋敷での生活。それは今の街より離れた、さらに大きな街での仕事になるとの事。決して楽ではない仕事だが、給金も出るし食事の心配もない。専用の部屋も与えられる。耳打ちされた給金は、俺が市場で野菜を売っているのがバカらしくなる額だった。


「どうした、ぼーっとして」

「……別に……」


 兄は俺が何か考え込んでいるのに気が付いていたが、それ以上詮索はしてこなかった。有難かったけど、他に相談できる人が周りにいなかったから、ちょっと聞いてほしいと思っていたのも事実だ。

 そしてその日村に帰り、俺は薄い布団の中でずっと考え続け翌日寝坊した。


 翌週、俺と兄は再び鈍間(のろま)な馬車に荷物を積み込み、街へと出発した。俺はこっそり、野菜の籠の間に自分の荷物を忍ばせていた。必要最低限だけを詰め込んだ、継ぎ接ぎのある大きな巾着袋。数着の着替えとわずかな金銭。母親が編んでくれた手袋と、父親がくれた万能ナイフ。兄の書き込みがされた古い本。妹がくれたへたくそな刺繍入りのハンカチ。これで全部だ。これだけでいい。

 いつもの通り街中に着き、商品を下ろして準備をしている俺の後ろに立ったのは兄だった。


「どうしたの」

「おまえは別の道を選んでいい」

「……!」


 そう言って手渡されたのは、隠しておいたはずの巾着袋だった。なんとなく気まずくて手を伸ばせない俺に、兄はそれを無理矢理持たせた。そしてごそごそと自分のポケットの中を探り出す。


「あ、これだ」


 そう言いながら手の中の押し付けられたのは、俺たちの生活の中では決して少額ではない金だった。慌てて兄の顔を見るが、相変わらず何を考えているかわからない表情で。ただ、清々しいような、少し寂しそうな顔だと思った。


「今日は俺が全部売りつくすからさ。お前は行くところがあるんだろ?」


 ひらりと手を振って、大したことではないという風に俺を送り出そうとする。大したことがない訳がない。いや、黙ってこっそり抜け出そうとしていた俺が一番最悪だったのだが、それでも―――。


「落ち着いたら手紙でもくれればいい。それでお袋は喜ぶ。妹は悔しがるだろうけどな」

「兄貴……怒られるだろ」


 厳格と言ってもいい父親に。

 だが兄はそんな憂いを吹き飛ばすような笑い声を上げた。


「ははは、親父は妹がいれば満足するさ。なにしろあれだけ大事にしてるんだ」

「確かに……」


 なんだかんだと言いつつ、妹は溺愛されていて、鄙びた農村だというのに、箱入り娘みたいに世間知らずなところがある。その原因は親父だった。


「ただ、途中で逃げるなよ。それだけは約束だ」

「……うん」


 その言葉が餞別だった。そうは言っても、きっと村に逃げ帰るようなことがあっても、あの兄であればきっと―――受け入れてくれるのだろうけれど。






「…………で?」

「ですから、わたしは確かに学のない者かもしれませんが、仕事を決して疎かにしない精神力には自信があります。また、馬の手入れもできますし、作物の育成も得意です。また、それを生かして庭の手入れもお任せ下さい。そして培ってきた社交性で近隣の方々ともよりよい関係を築くことが出来るでしょう」

「…………で?」

「ですから、わたしはお買い得だという事です。失礼ですが男爵様は今は名ばかりでいらっしゃいます。そのような方に、有能な執事などすぐに見つかるはずもございません」

「…………で?」

「ですから、わたくしです!とりあえず試用期間という事で3か月は給金はこのくらいで……その後契約延長となりましたら、こちらの額でいかがでしょう?もちろん夜間勤務などがございました場合、それ相応の手当は頂きたいと思っておりますが、それでも一般的な貴族様方の執事たちよりお安い設定でございますよ」

「……執事の押し売りなど初めて聞いた」

「おや奇遇でございますね。わたくしも初めての試みでございます」


 そう言って、にっこり笑った16歳になった青年は自らの主候補に笑顔を向けた。




 結局成金男爵ワムローは、その青年の押しに半ば負けた形で雇うことになった。ほどよく適当な仕事と、ほどよくしっかりとした仕事のバランスがワムローに合っていたのか、契約は解除されることなく現在に至る。


「そういえば旦那様」

「なんだ」

「なぜ仕事の斡旋業などなさっているのです?失礼ながら、貴族様の仕事にしては少々安っぽい―――ごほん、珍しいことかと思いまして」


 1年の間に、言葉を言い換える技を身に着けたらしい。ただ丸聞こえの為、あまり意味はないのだが。だが、歯に着せぬ物言いもワムローが気に入っているところだ。調子に乗るので 絶 対 に 口に出したりはしないけれど。


「お前みたいな向こう見ずが、巷には溢れているのかと思っただけだ」


 だから他にも仕事を探している若者がいるならば、導いてやれればいいと―――


「わたくし、向こう見ずでしたか?」

「自覚が無いのか、おまえは」

「計画的ですよ」

「あれがか!?」


 なにだかんだと言い合いつつ、実は二人は息があっている。


というわけで、ワムローの執事(17歳)話でした。

名前はないですよー

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