お買い物
本編「甘い庇護者」の買い物シーンを掘り下げました。
グレイさん、壊れ気味です
煌びやかな商品。光り輝く宝飾品たち。室内自体も華美な内装が施されており、ライナの目はチカチカと点滅してしまいそうだ。
グレイがゆっくりとライナを床に降ろすと、それを見計らったように綺麗に化粧をした女性スタッフが駆け寄ってきた。そしてライナの全身を上から下までじっくり眺め、次にはにっこりと微笑んだ。
「バーガイル様。お可愛らしいお嬢様をお連れですわね……妬いてしまいますわ」
ふふふ、と笑いながらその女性はグレイを見上げた。
女性スタッフの顔……笑っているが笑っていない。目が、笑っていない。
ライナは怖くなって、思わず一歩引いてしまいそうになった。が、真後ろに立っていたグレイがライナの両肩に手を乗せそれを許さない。さらに―――
「そうだろう。ライナは本当に可愛いんだ」
「…………」
満面の笑みではっきりと同意を示してきた。ライナは顔を真っ赤にして唇を噛む。傍から見ていても、羞恥に耐えているのがありありとわかる姿だ。
女性スタッフの若干の嫌味も、今のグレイには全く通じない。『かわいい』という単語だけに反応し、にこにこと返事をしている。その姿はとても国境警備の副隊長をしている姿とは重ならない。いや、いっそ警備の疲れが祟って頭がおかしくなってしまったのかと疑ってしまいたいレベルだ。
未だかつて、女性連れでこんなにも上機嫌なグレイを見たことはなかったし、まして自ら女性に服を買うなんてことは見たことも聞いたことも無い。女性連れでこういった店に来店したという話も知らない。
だからこそ、店主は馬車にグレイ以外の人物が乗っているなどとは想定していなかったのだ。
「髪と肌が傷んでいるようだから、香油なども用意してくれ。きちんと手入れをすれば、小麦色の艶やかな髪になると思うんだ」
言いながらライナの髪を指ですき、優しく微笑みかけた。
そこまで見せつけられ、ようやく自分は全く見込みがないのだと諦めた女性スタッフは、仕事に専念するため意識を切り替え、ライナを着せ替え人形にすべく試着室へ案内したのだった。
「ライナは細いから、ふんわりと広がったドレスがきっと似合うよ」
豪華なドレスを着せられ、ライナは恐縮していたがグレイは気に入ったらしい。
「その色はライナの髪色にはきつすぎる。却下」
次に用意された紫とオレンジが組み合わさったドレスは、着る前に目の前から消えた。
「赤いレースがとても可愛いね。ぜひ買おう」
ピンク色のドレスに使われていた赤いレースが引き立てていると喜んだり。
「白い帽子は必須だね。一緒にレースのパラソルも用意してくれ」
先のドレスと合わせて被せられた帽子に大きく頷き。
「優しいパステルカラーがとてもいいよ」
淡い黄色のドレスと、優しい水色のドレスは両方許可が出た。
「その髪飾りは主張しすぎているかな。もうすこし小振りなものを出してくれ」
宝石が散りばめられた髪飾りは重くてぐらぐらしていたら、苦笑しつつ変えてくれた。
そして最後に『ナイトドレスはいかがですか』と、着せられたドレスは、肩口が大きく開いたものだった。黒と透けたレースを基調にした、大人っぽいデザイン。着せられたライナは貧弱な体に似合わなすぎる……とがっかりしていたが、それを見たグレイの反応は予想を超えていた。
「そのドレスは肌の露出が多すぎる!却下っ!」
試着室から出てきたライナを奪うように腕の中に囲い、それから思い出したように慌てて自分の上着を脱いでライナにかぶせた。
「店主……見てないだろうな」
「み、みてませんっ」
冷たい空気がグレイから発せられる。彼らは全員、グレイが【魔法士】だと知っている。その力を行使できると知っている。
背の低い、笑い皺のある店主は慌てて後ろを向くと、駆け足でカウンターの裏に逃げ込んだ。
いままで自分たちの知っていたグレイ・バーガイルという人物はどこに行ってしまったのだろう……もしかして双子?そっくりさん?
洋品店のスタッフたちは、記憶にあるグレイとの差異にただただ戸惑っていた……。
そんな堅物グレイを、特に何もしていないのに変えてしまった少女は、どうでもいいから離してほしいと心から願っていたのだった。
こんなキャラのはずでは……あれぇ