子供時代2
子供時代編の続きです
アジレクト議長の後継者として育てられるようになり、早6年が過ぎた。幼いころは暴走しがちだった精霊の制御も、最近ではすっかり板につき、意思の疎通も簡単にこなせるまでに成長を遂げた。
また勤勉なる家庭教師たちの努力の賜物か、その頭脳も飛びぬけたものがある。このままいけば、近いうちに一つ空くと言われている6人会議の議長の椅子を、最年少で指名されるのは確実だった。
ただ、彼には確実に欠けているものがある。
何かを、誰かを『守りたい』という意思だ。
「ファーラルさまー」
小さい頃は『ファーにぃ』と呼んでいた少女も、いまではしっかりと名前で呼ぶようになっていた。彼女もまた、行儀見習いという名目でアジレクトに預けられているが、実際は孫である。
名前を呼ばれた青年は、廊下の奥から小さな影が駆けてくるのを律儀に待っていた。
「なに?ガーネット」
近くまで走り寄って来た黒髪の少女をうるさそうに見つつ、それでも邪険には扱わないのだから、少しは気になっているのだろう。
「勉強教えてください」
「数文はグレイのが得意だろ。僕は社会とか経済とか―――」
「だってファーラルさまのが教え方優しいんだもん」
差し出された教書のタイトルを見て突っ返そうとしたファーラルだったが、思いがけないガーネットからの一言に言葉を飲みこんだ。
「……え」
「グレイはわたしが分からないって言ったら、なにが分からないか分からないって言うの」
ぷくっと頬を膨らませて不満を口にする。まだ確か9歳だというのに整った顔立ちをしているが、眉根を寄せている顔は年相応の子供らしいものだった。
「けどファーラルさまは、分かるまでじっくり教えてくれるでしょ?」
ニコッと顔で言われ、ついでのように差し出された教本を思わず受け取っていたファーラルだった。
「で、その肝心のグレイはどこ行ってるんだ」
結局ガーネットの勉強を見ることになり、向かい合わせで指導していたが、そういえば今日はグレイの姿を見ていない事に気がついて顔を上げた。
「なんかね、新しい子供が来るからって連れてかれてた」
思いがけない返答にジュネスの表情が強張る。そして顔を上げずペンを走らせ続けているガーネットの頭を見て続きを問うた。
「誰が」
「おじいちゃん」
「……」
アジレクトが優秀な子供を集め、ロットウェルの次代を担う人材育成をしている事実は、声高には言われずとも誰もが知っている事だ。いまはファーラルを筆頭としてグレイとガーネットを教育しているが、そこにどうやらもう一人加わるらしい。
「ねぇファーラルさま」
「なに」
いつの間にか考えに夢中になっていたのか、視線が完全に教本から外れていた。呼びかけられてさりげなく視線を戻す。ここで慌てて行動したら、心ここにあらずだったことがバレてしまう。それはかっこ悪い。ガーネットにかっこの悪いところは見せたくないのだ。
「わたし、ずっとファーラルさまの近くにいられる?」
小さな頭を傾ける。
その動きだけで滑らかな黒髪が肩から零れて流れていく。それはとても美しい光景。
「……ガーネットがいたいなら、近くにいたらいいさ」
「うん!」
黒って綺麗なんだな。
そう気づいたファーラルは、いつしか黒色に魅了されていく。
そして興味は黒から闇へと移り行き―――彼はその類い稀な能力により、自分だけの精霊『闇の精霊』を使役し始める。
開花した能力は他を凌駕し、他の追随を許さない強力なものだった。世界のパワーバランスを崩すこともできるほどの……。だがそれは少女の言葉で事前に抑えられていた。
「ファーラルさま。わたしね……みんなが幸せな、いまの時代に生まれてよかった」
彼は彼女が幸せだと言った『時代』を守るため、開花した能力を抑制したのだった。
グレイとジュネス出番なし。
ファーラル18歳
ガーネット9歳
グレイ12歳
ジュネス7歳
です。