子供時代
本編が決して煮詰まっているわけでは無く……ごにょごにょ
豪奢な邸宅の庭に子供の声が響いている。
「まとわりつくな!」
子供独特の甲高い声は、声に似合わない物言いだ。その声の主を追っていけば、花壇傍に二つの小さな影を見つけることが出来た。
「お前の子守なんて、僕がしてやる義理なんてないんだからなっ」
「うえぇえ〜ん」
「あーもー泣くな!」
声高に怒鳴っているのは10歳過ぎくらいの少年だ。金髪碧眼で整った顔立ちは高貴さすら伺える。いまはまだ幼さの残る顔立ちだが、成長すれば貴公子然となっていくと誰であろうと予想できる。そんな顔だった。
そしてそんな少年の裾を引っ張りながら泣きわめいているのは、綺麗な黒髪の少女。まだ3歳ほどだろう小さな体は、泣き過ぎのために熱くなっていた。白い肌も真っ赤に染まり、頬には幾筋も涙が流れている。その様子を間近で見て、さすがに少年もぐっと息を呑んた。
「こっちが泣きたいよ!どうして僕がこんな目に!」
「それはお前が未熟じゃからだ」
「!」
激昂していた背中に投げかけられたのは、冷静な男の声。男というには老いを感じさせる声音ではあった。だが、それはここ最近聞き慣れた声だ。
「先生っ」
「まったく。子供一人も見れないのか」
きれいに整えられた白髭とは対照的に、そり眼光は厳しい。すでにここロットウェルで議長を務めているアジレクトが、温厚な顔を隠して眼光鋭く少年を見据えた。
「ファーラル」
「……だって僕は、ここに子守りに来たわけじゃない」
『先生』として師事しているとはいえ、納得できないものは納得できない。幼いファーラルは憮然とした顔と声で言い返し、いまだに服の裾を引っ張っていた少女の手を無理矢理引きはがすと背中を向けて走り去っていってしまった。支えがなくなった少女はそのまま足をもつれさせ、柔らかい地面に尻餅をついてしまう。
「うわぁぁん、あぁあんっ」
冷たい態度しかとられていないのに、どうしてだからこの少女は初めて会ったその日からファーラルの後をついて回るようになったのだ。そして幼いながら表情の変化に乏しかった両親―――特に母親はそれを見て喜び、そのまま子守りを彼に任せてしまったのだった。
「そんなに泣くでないよ。おいでガーネット」
「じぃちゃ」
しゃくり上げながら手を差し伸べたアジレクトに捕まり、小さなガーネットはその腕に収まった。
「ガーネットはファーラルが嫌いにならんか?」
「んー?ガーネはファーにぃ好きよ」
涙に濡れる瞳のまま、それでもガーネットはにこっと笑う。
ファーラルを預かり、教育と訓練を施すようになってすでに1か月。彼の成長速度は凄まじいものがある。神童と呼んで差支えないだろうし、このまま成人すればその能力値の高さは計り知れないものがある。
だが、その内に秘めた能力の稀有さを恐れたファーラルの両親は、アジレクトを頼り預けていった。挨拶に来た時も、預け去っていく両親を見送るときもファーラルの目には感情の揺れが何もなかった。そもそも両親という存在自体を認識しているのかすら疑わしい。そう思えてしまうほどの平淡さだったのだ。
「明日、ガーネットに友達を連れてこようと思ったのじゃが……」
「ともだち?」
ぽつりと零れた呟きに、ガーネットは素早く反応を示した。そしてアジレクトの白髭をもさもさと触って引っ張る。
「じぃちゃ、ともだち来たらファーにぃも遊べる?」
幼いながらにガーネットは、自分が小さすぎてファーラルと釣り合えないからいつも機嫌を悪くしてしまうのだと考えていた。だから、ファーラルと釣り合う友達が来るのであれば―――彼は笑ってくれるのだろうかと思ったのだ。
「……どうかのぅ。まず明日来てもらうとするかの」
「うん!ガーネ、仲良くできるよっ」
「そうか。いい子じゃ」
翌日アジレクトが連れてきたのは、まだ6歳だったグレイだった。超絶不機嫌なファーラルに子供ながら恐れを抱いたが、ガーネットが間に入り緩和剤になった……わけはなく、グレイに懐いたガーネットを見て、なんだか無性〜に苛ついたファーラルが、まだ未熟だった闇の精霊を暴走させ、アジレクトに大目玉を食らうのはそれから五日後の話。
ファーラルとガーネットの子供時代です。
そう横柄だったんですよ、奴は!
……あ、いまもか。
この輪の中にジュネスが混じるのは数年後です。