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肖像画

時系列的には本編「任務」で、遠征行く前の数か月の間の出来事です。

「肖像画?」


 午後の仕事を終わらせ、屋敷に帰って来てから来ると、思いがけない話題で出迎えられた。思わず玄関先でグレイとジュネスは外套を脱ぐ手を止めてしまう。


「はい。旦那様がグレイ様の休みの日に画家をお呼びになるそうです。都合の良い日をお知らせください」

 クレールはなぜか楽しそうな顔をしている。その訳がグレイにはわからない。


「休みか……ジュネス、いつなら空いてるかな」

「そうですね―――あ。明後日は何も予定がありませんよ」

「明後日!早すぎます。10日以上先にしてください」


 手早く取り出したスケジュール帳を確認したジュネスだったが、なぜか速攻クレールに却下された。しかも理由が『早すぎる』。

 いつになく張り切った様子のクレールに首を傾げながらも、なんとなく理由を聞くことも憚られてしまった。


「確かに画家の都合もありますからね」

「なるほど」


 『早すぎる』という理由についてそう結論付けた主従の二人は、それ以上追及することなく二人してスケジュール帳を覗き込み休みを調整し、そして結局その日から12日後に設定されたのだった。




「あなたたちが、またいつ長期遠征に行ってしまうか分からないんですもの。お役目のない今のうちに揃った肖像画を描いてもらっておこうと思ったのよ」


 ミラビリスは悠然と微笑み、椅子に座って動かないファヴォリーニの隣に背筋を伸ばして立っていた。口角を少し上げ、真っ直ぐに絵師を見据える視線は相変わらず強い。だが、その視線の強さこそがミラビリスのしなやかな強さを表しているのだ。画家はどこまでそれを表現できるか、それが見せどころでもある。


「それにしても可愛いよ、ライナ」

「〜〜〜……っ」


 長身を屈め、隣に待機しているライナに視線を合わせると、グレイは誰も見たことのないような蕩ける微笑を向けてきた。間近くでそんな微笑を見てしまったライナは、ただ頬を赤らめて俯くしかない。俯いた拍子に、髪飾り金細工がシャラシャラと音を立てた。

 今日のライナは裾がふんわりと広がった薄ピンクのドレス姿だ。それは柔らかいパステルカラーの紫のレースで縁どられており、腰で結ばれた大きなリボンとお揃いの色だった。所々に小さな宝石が散りばめられており、少し動くだけでキラキラと光に反射している。

 あの日クレールが『早すぎる』と言った理由はこれ。そう、ライナのドレスだ。

 肖像画を希望したミラビリスが、ライナに新しいドレスを仕立てることにし、またお直しが入るたびに改良を重ねていったので時間がかかったのだった。だが、その分愛らしいドレスに仕上がり、ミラビリスだけでなくファヴォリーニもグレイも満足気だ。扉の前で控えているクレールも、可愛らしい装いのライナを微笑ましく見ている。この屋敷の人間はもれなくライナ過保護組に入隊してしまう魔法でもかかっているのだろうか。


「ファヴォリーニ様、ミラビリス様。デッサンが終わりましたので楽にしていただいて結構ですよ」


 画家はそう言うと、キャンバスに手早く修正をしつつ綺麗な布でそれを包み込んだ。そして新しい真っ白なキャンバスをイーゼルに立てかける。


「では次はグレイとライナね」

「母さん、少し休憩していただきましょう。集中力が途切れてしまいますよ」

「……それもそうね。わたくしも肩が凝ってしまったわ」


 うきうきと声を出したミラビリスだったが、グレイのもっともな意見に頷いた。そしてテーブルにニーナが用意した軽食を軽く摘まむ。その間、グレイとライナの小さな攻防が繰り広げられていた。


〔なんでわたしとグレイ?〕

「なぜ?俺と一枚の絵に収まるのはイヤ?」


 ライナは保護されているだけの自分と、グレイが一緒に描かれようとしていることに疑問を抱いていた。ファヴォリーニとミラビリスは夫婦なのだから納得できる。けれど、居候させてもらっているだけのライナが、家主と並ぶ姿を後世に残すことに抵抗があったのだ。


〔イヤとかじゃなくて、それっておかしくない?〕

「全然おかしくないよ。俺とライナの絵がずっと残るんだ、素敵なことだよ」

〔そうじゃなくて……〕


 黒板に文字を書き連ねながら、ライナは眉根を寄せてなんと書けばいいのか頭を悩ませていた。家族じゃないのに、とでも黒板に書けばいいのか。だが、それを書いてしまうとグレイだけでなくファヴォリーニやミラビリス、果てはニーナやクレールにまで嘆かれてしまう予感がするのは何故だろう。


「ライナは俺にとって―――…大事だから。一緒に並んだ絵が欲しい……俺のわがままってことでいいよ」


 グレイはライナの小さな肩に手を回して引き寄せると、そのまま腕の中に囲ってしまった。瞬間にその頬がバラ色に染まった。


 部屋の中には二人だけではない。デッサンが終わった夫妻の他にもクレールを含んだ使用人たちが行きかっている。画家もどうしたものかとしつつ目線を逸らして黒檀を削っていた。賢明な判断だろう。もちろんジュネスも呆れ半分の視線でグレイを眺めていた。


「はぁ……今日のライナも可愛い」

「――、――っ」


 ライナはたとえ言葉を発せたとしても、声にならなかっただろう。顔をりんごに用に染めたまま、はくはくと口を開け閉めしていた。うっとりと自分を眺めているグレイの顔が徐々に近寄ってきている気がするのは気のせいなのかなんなのか。


「ずっと俺だけのお姫様でいてね」

「―――っ!……っっ」


 美形が成人もしていない少女に甘く囁くその姿は、倒錯的と言ってもいい。

 グレイはそのまま顔を近づけると、ライナの鼻の頭に小さなキスを落した。




 その後いい加減にしろとファヴォリーニとクレール、ジュネスに引き離されるまでグレイはほっといたら頬擦りでもしそうな勢いだったという。

 ちなみにこの状況は、画家にも厳しく緘口令が敷かれたという……。








「あの、すいません」


 グレイとライナのデッサンの休憩中、背伸びをしていた画家の男に、グレイ足早く近寄った。画家はそれが先程まで甘ったるい言葉を少女に告げていた、伯爵本人だと気づいて慌てて居住まいを正す。


「なにかございましたでしょうか」

「一つ、お願いがあります」


 先程とは打って変わった真剣な表情に、画家は微かに訝しんだ。

「一枚の絵でなくて結構です。簡単なデッサン画でいいので……こっそりと彼の姿絵を描いて頂けませんか」

「彼、とは……」


 グレイが指差す―――その先にはジュネスがいた。


続くような終わり方してますが

続きます。


本編の流れ的にまだ早いので、その時が来たら書きますねー

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