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グレイの手紙

本編61話『現地散開』の補足ぽいのです。

読まなくても本編に影響はありません。

 手紙を受け取ったクレールは、心もち急ぎ足で屋敷の奥にある執務室に向かっていった。大きく重圧感のある黒い扉はぴたりと閉じられており、内側のプライバシーを守ることに成功している。


 トントン


 その扉に守られし主に面通しするため、クレールは躊躇いなく重々しい扉をノックした。耳をよくよく澄ませば、中からくぐもった声ながら返事が聞こえる。クレールは急ぎつつも丁寧に入室し、手に持ってきた封筒を主に差し出した。


「なんだ」

「グレイ様からの便りが届きました」


 主―――ファヴォリーニは、クレールの言葉に目を眇めると、差し出された封筒を受け取って封を切った。本来であるならば、専用の開封用ナイフを使用するのだが、知らず逸った気持ちがいつもより幾分行動を荒くしているようだ。


「3つ入ってるな」


 大きな封筒の中には、さらに3つの封筒が入っており、それぞれ宛名が違っていた。


 ファヴォリーニ宛

 ファーラル宛

 ライナ宛


 ファヴォリーニは自分あての手紙の封を切り、すばやく目線を走らせていく。そして読みながら、傍で控えているクレールに問いかけた。


「クレール、この封筒を持ってきた者の名前は聞いたか」

「はい。確かビーノ様とおっしゃいました。マクルノ氏の副官とのことでしたが」

「なるほど」

「旦那様。マクルノ氏というと……あのマクルノ氏ですか?」

「お前がどのマクルノを想像しているのかはわからないが、わたしの部下をしていたマクルノかどうかということであれば、答えは是だ」


 おそらくグレイからの手紙にも、マクルノが作戦に参加したことが書かれているのだろう。自然とファヴォリーニの口元が上がっていく。


「あいつは相変わらずのようだな」

「機転の利く方ですから、きっとグレイ様の助けとなってくださいますでしょう」

「そう願う」


  短く言うが、その返事の中にすべてが含まれている気がした。グレイへの気遣いも、マクルノへの期待も含めて。そしてクレールが自分と同じ気持ちであることの確認としても。


 グレイの手紙

『途中で見舞われた大雨のため、現地到着が遅れました。そのため、当初予定していた10日間の準備期間を失くし、このままマーギスタでの任務に当たります。また、交代するための部隊がマクルノ隊長の部隊でした。それはいいのですが、今回の任務を知られてしまい結果的に協力をしていただくことになったことをご報告いたします。今しばらくはそちらに帰れませんが、俺が戻れない間、屋敷と領地、そしてライナをよろしくお願いします。

追伸…機会があれば、ロア家に寄ろうと思います。』


「クレール」

「はい」


 読み終わったファヴォリーニが顔を上げ、しっかりとクレールとの視線を合わせた。その眼力の強さに怯むことなく、クレールはしっかりと返事を返す。


「ライナへ手紙を届けてやってくれ。確か今ならば、ミラビリスと刺繍をしているはずだ」


 グレイとジュネスの授業が当面なくなることになり、その間はライナへ女性としてのレッスンを施すとミラビリスが張り切っていたのを思い出した。勉強だ精霊だ一般マナーだという授業ばかりだったが、今後必要とされるであろうダンスレッスンや、淑女に必要とされている教養マナー(この中に刺繍も含まれている)が疎かになっていたため、ミラビリスが一手に引き受けると申し出ていたのだった。


「かしこまりました、お届けします」

「そのあとでいいから、ファーラルへの配達も頼めるか」

「早馬に預けますか?」

「……いや、極秘任務だとか大袈裟なことを言っていたことだし、確実に手元に渡るようにしたい。すまないがクレールが直接届けてくれ」

「かしこまりました」


 慇懃に頭を下げクレールは退室し、その足でミラビリスの私室へと向かう。扉の前に来ると、中から楽しげなミラビリスの声とニーナの声が聞こえてきた。ライナの声はないが、きっと声無きままでも笑っているのだと思う。


 ライナが来てからバーガイル家は動き出した。クレールはそう思う。

 氷のように頑なだったミラビリスの心を溶かし、グレイ最大の案件であったアンヌとの婚約も昨日無事に解消された。公爵側は娘を思い解消を渋ったが、当人であるアンヌが吹っ切れたことを伝えて事なきを得た。そう―――アンヌも変わったのだ。誰も逆らえない女王様気取りから、周りの反応や自分以外の人の心の機微を気にするようになった。これは大きな収穫だろう。


「奥様、ライナ様」


 トントンと軽くノックをすると、内側から扉が開かれニーナが顔を出した。


「クレールさん。どうされました?」


 さきほど早めの夕食を済ませており、何事かという顔をしたニーナが現れた。その表情は軽く強張っている。ニーナも穏やかにして過ごしてはいるが、内心では連絡の途絶えたままのグレイとジュネスを心配しているのを知っていた。


「ライナ様へこれを。グレイ様からのお手紙が届きました」

「まぁ!」


 クレールの一言で、ニーナの表情がぱぁっと輝く。そして素早く後ろ振り返ると、やり取りを遠くから見ていたミラビリスとライナの方を向いて声を上げた。


「ライナ様!グレイ様からの便りでございますよっ」


 手紙を受け取ったニーナは、座って刺繍していたライナに満面の笑みを向ける。それを聞いてライナは素早く立ち上がると差し出された手紙を大事そうに両手で受け取った。その表情が自然と綻んでいく。


「あの子ったら。母親であるわたくしには手紙が無いのね」


 残念そうにしつつもミラビリスの顔は笑んでおり、嬉しそうにしているライナを見て幸せそうだと感じた。


「ライナ、ここで読む?」


 ミラビリスの問いかけに、ライナはこくんと頷いた。ここで自室に籠って一人で読みたいという反応を返さない辺り、まだライナの中でグレイの存在は『優しいお兄さん』なのかもしれないと思ったりもしてしまう。

 そうこうしている間にも手紙の封が切られ、ライナは手早くその中身を取り出した。なんとなく出て行くのを躊躇われたクレールもその様子を見守ってしまう。


 読み進めていくライナの表情を見れば、微笑んだり少し顔を赤らめたりの繰り返しだ。そんな初々しい様子を眺めていたミラビリスたちは、ライナが読み終わるのを辛抱強く待った。


「ライナ、わたくしにも見せてもらえる?」

「!……」


 読み終わったライナに掛けられた声は、少しからかい混じりだ。それに気づいたのはニーナとクレールで、ライナ本人は慌てるだけで気づきもしない。ただ純粋に慌てていた。


「……っ」


 手紙を握ってオロオロとしていたライナだったが、机の上に放り出してあった黒板とチョークを手に取り素早く文字を書き記す。


〔ちょっと部屋に戻ります〕


 書き終えた黒板を三人に掲げてみせると、ライナはそのままミラビリスの私室を走って出て行ってしまった。あとには楽し気な笑い声が響いていたが、焦っていたライナには聞こえていなかっただろう。


 グレイの手紙

『ライナ、約束の10日を過ぎても帰れなくてごめんね。ライナと約束をしたのに守れなかったことが何よりも悔やまれます。そして、借りっぱなしになってしまっている宝物の石は、必ず返すから少しだけ俺に預からせておいてください。ライナに会えなくて毎日がつまらないよ。ライナと何気なく過ごしていた毎日がどんなに貴重なものだったか、それを今になって実感しています。帰るころにはライナの髪もまた伸びているんだろうな。俺が結い上げてあげるから、絶対切らないように!帰ったら、ライナからおかえりのキスをしてください。楽しみにしています。

 追伸…ライナ不足になるまでには帰りたい!』



 ――― こんな手紙、見せられないよ!グレイのバカ!


グレイはただのライナスキーです(開き直った)

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