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手紙配達

本編『現地散開』の補足です。


 マクルノ隊長の副官をしているビーノは、任務地だった国境駐屯地から3日で帰還した。大雨の後、天候が持ち直し快晴が続いたことと、騎馬隊だけ先行して中央都市には入れたためだ。本当は部下たちと一緒に馬車と同じ速度で進むはずだったが、思いがけずマクルノとグレイから手紙を預かってしまい、早々に渡す必要性があったため少数の騎馬だけで一足先に帰還したのだった。


 ビーノは現在23歳。実はグレイと同年代だ。同じ年に兵舎の敷居をくぐったのだが、戦闘センスや指揮など、少しずつグレイが上だった。そして一番の違いは精霊が見えるか否か。グレイはファーラルに見出され直接師弟関係を築くなど、ロットウェル内ではある一定の地位を築き上げていったのだった。さらにグレイはもともとが伯爵家嫡男であり、近年では年若いというのに伯爵家当主にもなっている。庶民上がりの集まりであるマクルノ隊とは根本的に扱いも違っていた。


 徒然と考えつつもまずは城に帰還し、大隊長への報告を行う。マクルノ隊長が残ることになったと恐る恐る伝えたが、日々我が道を行く!で行動していることを熟知している大隊長は、呆れた顔はしていたがそれでも了承してくれた。

 帰還した者から順次、休暇に入れることになり、騎馬で先に城に入った部下たちは家に帰した。家と言っても、大半が独身寮に住んでいるので城内の兵舎ということになるのだが。少なくとも2週間は任務から解放されるという特権があるだけで、十分羽が伸ばせるだろう。

 ビーノも休暇に入ってしまいたかったが、残りの部下たちが無事に帰還するまで、自分の休暇は後回しにした。とりあえず独身寮にある自室に戻ることにする。


 2か月ほど帰らなかった部屋は埃っぽく、まずは窓を開けて空気を入れ替える。それから机の上がうっすらと白くなっているのを確認し、無人だったのに埃が積もるという現象に眉根を寄せた。

 荷物を下ろし、風呂に入って汗を流す。国境駐屯地でも風呂はあったが、やはり使い慣れた設備は安心感が違う。シャワーの水圧が弱くて物足りないところすら懐かしかった。

 洗濯ものはランドリー室にすべて突っ込む。小さなものなら自分で洗うが、制服など嵩があるものは洗濯メイドが洗ってくれることになっている。今回は疲れもあって、小さなものまですべて任せることにした。こざっぱりとした私服に着替えるが、後続の部下が帰って来た時の事を考え軍服に袖を通す。


 後続の帰還があれば連絡すると言われたので、そのままベッドで仮眠をとっていたが結局夕刻になっても連絡はなかった。今日は念のため待っていたが、頭の中では馬車があるため到着は明後日くらいになるだろうと目星は付けている。

 部下の帰還が無いと判断し、ビーノは再び私服に着替えると自室から出て行った。そしてそのまま城下へおりる。私用のため騎馬は使えないので、走っていた辻馬車を捕まえ目的地へ向かった。


 まずはバーガイル伯爵邸。

 出迎えた執事―――クレールは折り目正しく一例をすると、ビーノの差し出した大きな封筒を仰々しく受け取り、裏に書かれていた宛名を見て表情を和らげた。そして深く頭を下げて感謝の言葉を告げた。


「ありがとうございます、ビーノ様。予定の日にちを過ぎてもお帰りが無く心配していたのです。ご無事であることが分かれば安心です」

「いえ、そんな……俺は届けただけなので」

「帰還されたばかりでお疲れのところ、誠にありがとうございました。主人もお礼を言いたいと思います。すぐに取り次ぎますのでお待ちいただけますか」

「えっ!」


 クレールの口から飛び出た言葉に、ビーノは思わず大きな声を出してしまった。

 バーガイル邸の主と言えば、本来なら当主であるグレイだが、そのグレイは現在マーギスタの空の下だ。となれば、クレールが言う主は一人しかいない。一線を退いた今でも一目を置欠けている人物。ファヴォリーニ!


「いやいやいやいやいやいやいやいや!!結構です執事さん!」

「しかし……」


 激しく首を振って否定するビーノに、クレールは困ったような顔をして見せた。だが、そんな表情にほだされている場合ではない。だいいち、ビーノは手紙を渡してそのままあっさりと暇するつもりだったのだ。ラフすぎる私服姿で重厚な伯爵邸の玄関ポーチに立っているだけでも苦行だというのに、この上更にファヴォリーニとの対面!もはや嫌がらせレベルだ。


「ほんとに、お気持ち、だけで!さよならっ」

「あ、ビーノ様!?」


 後ろから呼び止める声が聞こえたが、それを振り切ってビーノは走った。そして待たせていた辻馬車に飛び乗ると伯爵家の敷地内から逃げ出したのだった。




「ぜーはー。マジで勘弁してくれよ……」


 座席に体重を預けつつ、あと一つ残った届け物を胸ポケットから取り出した。それは紛れもなく、マクルノ隊長が愛する妻と愛猫に中てて書いた手紙だった。

 辻馬車は中央都市にある住宅街に入っていく。アパートではなくこじんまりとした一軒家が立ち並ぶ14番街地。その中で屋根の色が明るい青色に塗られた一軒の玄関先に馬車をつけさせた。今度こそ早く用事を済ませるから、と告げて再び待っていてもらうことにする。住宅街で流しの辻馬車を捕まえるのはなかなか難しいのだ。


 チリリン


「はーい」


 呼び鈴を鳴らした後に聞こえたのは、明るい女性の声だった。そのあとバタバタと駆けてくる音がしたと思ったら、目の前の玄関扉が大きく開いた。そして何かが抱き付いてくる。


「ダーリン!おかえりなさいっ!」

「ティ、ティファさん!違います、間違ってます!」


 抱き付いてきたのは赤みのある金髪を短く切り揃えた小柄な女性だった。ふんわりと甘い香りが鼻腔をくすぐり、ビーノはここ数か月耐え忍んできた禁欲生活の反動と戦わなくてはならなかった。


「ん、なにこれ。細い、薄い……なんだ、ビーノか……って、ダーリンどこよ!ダーリン、ダーリン、ダ――――リーーーンンン!!」


 抱き付いていたビーノの体にケチをつけたティファニアは、ビーノを乱暴に押しやって愛しの旦那様の姿を探した。が、もちろんその姿はない。その小さな背中から哀愁が漂ってきそうで、思わずビーノはティファニアの前に回り込んで宥める様に目を合わせた。


「ティファさん、あの……マクルノ隊長は…急な任務で、戻れなくて……」

「気絶させてでも連れ帰って来いって言ったわよね!?聞いてなかったの、ビーノ!」


 合わせていた目がどんどんと吊り上がっていく様を目の当たりにし、ビーノは内心震えあがるほど恐怖していた。訓練などでは感じたことのない、別種の恐怖だ。


「き、きいてまし、た……っ」


 襟首を掴まれ、ガクガクと揺さぶられつつ、なんとか言葉を紡ぐ。


「ダーリンまさか、マーギスタで女が出来たの!?その女に入れ込んでるの!?許さないんだから!どんな女か知らないけどわたしのダーリンに目をつけるなんて、いい目してることは認めるわ。けどそれだけよ!ダーリンはわたしのなんだから!」


 メラメラと燃え滾るジェラシーの炎を瞳に宿し、存在もしない夫の浮気相手を呪い殺さんばかりである。


「ティファさん、ちちちちち違うんです!」

「何が違うのよ!ダーリンの浮気者!止めれなかったビーノのバカ!」


 とんだとばっちりだ。


「隊長はどーーーーーーーーーーーーーーしても、隊長にしか任せられないというバーガイル伯爵のたっての希望により残られる決意をされたんです。ティファさんとキティの元に帰る日を毎日心待ちにしながらずーーーーーっと過ごされてました!けど、安心して任せられるのは、信頼できるマクルノ隊長だけだと言われ、現地に残って任務を続けられることを断腸の思いで決意されたのです!そして手紙を託されたんです、こここここれですっ!」


 ビーノはあの日あった出来事を自分の頭の中で盛大に脚色しながら大声で叫んでいた。そして慌てて内ポケットをまさぐり、皺になった封筒を差し出した。


「!」


 その手紙を正にひったくってティファニアは勢いよく封を切る。手紙5枚びっしりに綴られたマクルノの文字に、ティファニアはそれだけで頬を染めている。読み進めるごとに頬を染め、うっとりと目で文字を追っているティファニアは、夫に全力で恋する乙女であった。


「にゃーん」


 と、足元から猫の鳴き声が聞こえた。お腹の大きい白猫。マクルノ夫妻の愛猫キティだ。


「キティ!ダーリンからお手紙が届いてるわよ。あとで読み聞かせてあげるからね」


 ティファニアはキティを抱き上げ、大切そうにその腕の中に囲った。お腹の重いキティは暖かい場所に安心したのか、うっとりと目を閉じている。


「ビーノ、ご苦労様。ダーリンの素晴らしさが認められての現地残留ということであれば、妻である私は喜ばなくてはならないのでしょうね」


 冷静さを取り戻したかのように落ち着いた口調で話すティファニアだが、その目は『わたしのダーリンすごいのよ!』と言っていた。


「また隊長から便りが届きましたらお届けします。戸締りには気を付けてくださいね」

「ありがとう。ビーノも気を付けて帰ってね」


 腕にキティを抱き、手には愛する夫からの手紙を持ち、ティファニアは浮足立ったまま玄関の扉を閉めた。


「……任務、完了……」


 ビーノの長い一日がようやく終わった。


本編では出てこなかった、マクルノ隊長の副官と妻の名前を出しました。

何故本編では出さなかったのにここで出したかというと、今後本編にはこの二人は出てこないと思うからです!…たぶん!

こっち(閑話休題)では色々遊べそうなキャラ達ですが(笑)


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