初登校
とりあえず、俺は勘を頼りに近くにあるダンボールの中を探してみる。
「うぅん、えぇと……あ!」
ダンボールの中を今まさに探そうとした時、何か思いついたのか、徐に服を脱ぎ始めた。
「ちょ、ちょっと待て! 何故か分からないが脱ぐなら隣の部屋でしてくれ!」
「なに勘違いしてるの? 妹に変な期待なんかしないでよ」
冷めた目で冷静にそんなセリフを吐くな! それに何も期待してないわ――って、だから脱ぐのを再開するなぁ!
あぁ、この年になってまで妹の下着姿を拝んでしまうことになるとは――否、下着姿ではなく、探していた制服だった。
「陽菜、何でパジャマの下に制服着てるんだよ?」
「えへへ、遅刻しちゃうと思ったから、制服の上に着て直ぐに出発できるようにって思ってね」
なんか堂々とそんなことを言われてもさ、現状遅刻しそうになってるんで説得力ないっす。ってか、本当に遅刻しそうじゃねーか!
現在時刻は七時五六分、学校までの交通手段は徒歩で、大体三十分弱かかる。そして入学式開始及び、登校時間は八時半。
こりゃ悠長に朝飯なんか食ってる時間すらない。美菜には悪いが、パンかサンドイッチのどちらかを歩きながら食わせるしかない。
「ほら、早く選べ。今から少し走れば間に合う」
「ちょっと待って、今選んでるから」
真剣な表情でパンとサンドイッチを見比べること約数分、陽菜はサンドイッチを選び、それを口に咥え、ようやくアパートから出発することができた。
「ふぉい、ふぁひゃうふぁっひょうにいふぉう(よし、はやくがっこうにいこう)!」
「食べ物食べながら喋るな。行儀悪いうえに何言ってるか分からん」
「ぃひゃい」
頭を軽くペシッと叩いて美菜の行儀の悪さを正した。
恐らく陽菜は「早く学校に行こう」とでも言ったのだろう。双子だから分かるとかそういうのではないが、俺は意外にも、モゴモゴしても、ある程度分かってしまう。
玄関を出ると、満天の青空で朝の陽ざしが差し込み、近くで小鳥が囀り、陽気な朝であることが分かった。これほど気持ちのいい朝はなかなかないだろう。
そして、俺たちが住んでいるこのアパートの入居者は半分以上学生という、ほぼ学生寮的な存在である。学校でも学生寮とは別に、ここのアパートの入居紹介が出ているというくらい、学生には人気なのだ。
「少し走って時間に余裕持たせるぞ」
「えーっ?」
サンドイッチを一口頬張り、口元に食べかすを付けたまま、嫌な顔をした。
「ほら、口に食べかす付いてるぞ」
それを手で取ってそのまま口に運んで食べると、陽菜は顔を真っ赤にしていた。
「ん? どうした陽菜」
「へ!? あ、いや。なんとなく恥ずかしいなって思って」
どうしたのだろう。こんなことは小さい頃からよくやっていたのだが。さすがにこの年でやるにはまずいか。
「もし、お節介だったらすまん、謝る」
「べ、別に謝らなくても。ただ、いきなりだったから」
「そ、そうか」
「ほら、早く行こ。遅刻しちゃうよ」
「そうだな」
なんか陽菜のいつもとは違う一面が見れたな。これはこれで良いのか悪いのか。
ともかく、学校に急ごう。兄妹揃って遅刻したらこれからの高校生活に影響が出てしまうからな。
アパートから出発して約十分、後は真っ直ぐ歩いて、丁字路を右に曲がって行くと学校に着く。現在、時刻は八時十二分。少し走った甲斐があり、後十分もあれば着く距離にいる。
「これなら余裕で学校に間に合いそうだな」
「つ、疲れた」
うなだれて両肩を落として前も見ずに歩いている陽菜の姿を見ると、おぶってあげたいと思ってしまうのは心情か。
こうしてみても、陽菜の身長は一般の女子の同年代に比べると大きい方だよな。そういえば、小学生の頃は陽菜の方が大きかったっけな。それが中学に入ると俺が成長期に入って一気に抜かして、それで確か、身長抜かれたぁとか言って陽菜のやつは悔やんでたな。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「どうした?」
「私のこと――」
サァーとした心地よい風と共に、陽菜の髪が靡いた。風のせいで何を言ったのかよく聞こえなかったが、もし聞き間違えじゃなければ、こう言っていた。
「『私のこと、好き?』って、お前」
そう。確かそう聞こえたはずだ。もしこれが聞き間違いで別の何かの言葉だったら、物凄い誤解を受けてしまう。そしたら俺はさっきの心地よい風を恨んでしまうだろう。
「何よ、せっかく人が好きって言ってるのに。別に異性としては見てないんだからね? あくまで兄妹としてよ?」
何だ、そういう事か。びっくりさせやがって。
「ったく、驚かせるなよ。半分真に受けただろ」
「……で、好きなの? 私のこと」
後に手を組んで、上目使いで俺のことも見て返答を待っている。本当に目の前にいるのは妹なのか疑ってしまう。
「好きというか、まぁ、兄妹だし。やっぱり異性で見てしまうと色々とアウトな気が」
「……根性なし」
「え? 何か言った?」
ボソボソっと何かを呟いたと思ったら、プイッと膨れっ面になってそっぽを向いてしまった。何かまずいことでも言ったのかな、俺。
「何でもない。ほら遅れちゃうよ」
陽菜はそのままスタスタと歩いて行ってしまった。(はぁ、後で機嫌とりしないと)
さらに歩くこと十分、校門に近づくに連れ、生徒達が多くなっているのがよくわかる。それと、駅が近くにあるという事もあって、自転車よりも徒歩で来る生徒が多い。
「あまり時間かからなかったな」
「そうだね。でも、走らなければもう少しかかるでしょー」
ジトッとした目でこちらを見てくる。だが、最初に走り出したのは陽菜の方だったりする。
「まだ根に持ってるのか。って、最初に走り始めたのは陽菜の方だろ」
危うく俺が先に走っていったみたいになるところだった。
「でも、走るって最初に言ったのってお兄ちゃんでしょ」
「うっ、まあ。そう言われたらそうだけどな」
結果的には言うのも行動に移したのもお互い様ってことだな。
そして、残す距離約二百メートル先にある丁字路で、悲劇は起きた。
「おぉ、これが俺達が通う学校か。受験しに来たときは景色なんか見てる余裕なんかなかったから、初めて見るようだ」
学校全体をざっと見ている内に学校前の丁字路右に曲がった、次の瞬間――
「うわぁぁぁぁ、どけどけぇ!」
「は?」
野太い声がしたと思ったら、いきなり視界が反転し、俺は地面に激突していた。正直、学校に意識がいっていたので、丁字路の左など全く見ていなかった。
一体全体何があったというのだ? 理解に苦しんでいる内に、俺が今いる位置に驚いた。さっきまでいた位置は大体、陽菜がいる所だろうから目測で四、五メートルといったところか。
その陽菜だが、いきなりの事で固まったままで動かなかったが、ハッと我に返えり、直ぐに俺のもとに駆け寄ってくれた。
「ちょっと、お兄ちゃん大丈夫!?」
「あ、あぁ。特に怪我はないけど、何が起こったん――」
そう言って立ち上がろうとした時に、手にムニュッとした何とも言えない触り心地がした。
「ん? 何だこの感触?」
「あうぅあ!」
それを触った瞬間、また野太い声が聞こえた。しかもそれは悲鳴に近い声だった。その声の元を辿るように下を見てみると、俺の下敷きになっている男子が蹲っていた。
「うわっ、誰だお前!?」
直ぐに俺はそこから起き上がり、二歩くらい後退りをして距離を置いた。
「うぅ、よっこらせ、と。全く失礼だな。人の事を下敷きにしてお礼の一つもないのかよ」
何事もなかったように平然として立ち上がり、そして服に付いた汚れを執拗に払っていた。見る以上、俺と同じ制服を着ているあたり同じ学校なんだろうが、学年が分からない。この学校は制服で学年が分かるような仕様をしていないため、見た目で学年が判断できない。
「で、お前は誰なんだ?」
「それはこっちのセリフですけど。ってか、それはさっき俺が言いました」
「俺か? 俺は岡元。この学校の新一年生だ」
どうやら俺達と同じ新一年生のようだ。下手に敬語なんか使わなければよかったな。それによく見れば、制服も真新しいのが分かる。さっき制服に着いた汚れを執拗に払っていたのは、どうやら入学式早々、制服を汚したくない、という事だな。
「俺は久嶋悠。お前と同じ一年だ。で、さっきは何が起こったんだ?」
「何って、人の股間を揉んでおいて何を言う」
「……はい?」
何を言うって、お前が何を言ってんだよ。
「さっきの出来事で頭でもぶつけたのか?」
「……さぁ?」
陽菜にその疑問を問うと、少し戸惑い気味で答えた。そりゃあ、そんな言葉を平然と使う男とは関わりたくないだろう。
すると、こっそりと美菜と話をしている間に、岡元という奴は俺達を見てニヤニヤしていた。
「お二人さんは、幼馴染なのかい? やけに距離が近いけど」
どうやらこいつは俺達を初見で幼馴染と判断したらしい。これはなかなか珍しいパターンだ。いまま
ではカップルや姉弟といった見方をされたが、幼馴染として認識されたのは初めてだ。
「それともあれか? お姉さんだったりするのか?」
「いや、妹だ」
変な誤解を持たれてもこちらが困るので、率直に言った。
「へ? 妹?」
とても予想外です、みたいな反応をしてるな。でも、これが事実なんだから仕方ない。
「まっさかー、そんなわけないだろ。もし本当だったら退学してやるぜ!」
「……」
言ったな? じゃ、お前とは最初で最後の出会いだ。じゃあな。
と、言いたいところだが、俺もそこまで非情なやつではない。こいつには救いの手を残しておいてやる。
「そうか、ならこの話はしなかったことにしよう。これはお前の為だ」
「俺の為? 何を分からないことを言っているんだ?」
どうやら自分の言っていることに対して、相当な自信を持っているらしい。これはこれでかわいそうだな。
「っと、こんな事で遅刻なんて御免だ。じゃ、俺は先に行ってるぜ」
そう言って、とても清々しい顔で学校へ向かって行った。ああいうタイプの男子はクラスに一人いるんだよな、これが。
「何なのあの人、お兄ちゃんを突き飛ばして」
しかめっ面で岡元という人物を
「ん? 陽菜、さっきの出来事見てたのか?」
「見てたも何も、隣にいるんだから見ちゃうでしょ……あんな事とか」
「あんな事?」
「い、いや、何でもない!」
今にもタコが茹で上がりそうなほど顔を真っ赤に染め、明後日の方を向いてしまった。
以降、学校に着くまで(もう目の前だが)陽菜とは一言も話をしなかった。
学校に着くなり、沢山の生徒達が昇降口に溢れていた。こうして見てみると改めて緊張してしまう。何故ならこういう場所での人との付き合い方がいまいち分からない。