起床
この世界で生きていく上で、面白い出来事とそうでもない出来事はいくらでもあるだろう。しかし、俺はその出来事には全く関わりたくはないと思っている。と、思っていても関わってしまうのがヒトである。
そりゃあ、友達と会話したり、嫌な先生の授業を受けないといけない事もある。仕方ないとか運命だといえばそれまでだが、それを変えていくのもまたヒトであるのでこの世界は不思議だ。
何故こんな事を考えているのかというと、俺はもうじき高校生になるからである。
俺の名前は久嶋悠。よく「久嶋」と書いて「ひさしま」と間違われることもしばしば。身長は他の男子よりは少し高いくらいで、サッカーや野球などのメジャーなスポーツはある程度できるくらいの運動能力は持っている。学力はというと、校内のテストの順位が、毎回中間を彷徨っていて、良くもなければ悪くもないという、微妙なところなのだ。
今回受験した高校も普通といえば普通の高校で、他と違うところがあるとすれば、商業科と美術科があるくらいか。因みに俺は商業科を受験し、めでたく合格した。
そんな俺も、一時期は就職を視野に入れていたこともあり、働くという事に憧れを持っていたのだ。
しかし、さすがにそれは親に反対されてしまったが、勿論、分かっていた事ではあったが少なからず今でも心残りがある。
十五歳で職に就き働いたところで大した稼ぎにはならないし、それにわざわざ就職してまで働きたいならバイトをしろ、と一喝されてしまった。
それと親は「高校生は一生に一度きりだ」とか言っていた。確かにそう捉えればそうなってしまうが、正直なところ小学生も中学生も一生に一度きりだ。
まぁ、小学生はともかく中学生とか色々と後悔したりすることが多かったりするが、やり直したくてもやり直せないのが現実だ。
それを拭い払いたくて高校生で一からのスタートを切る人もいれば、友達と一緒に通って中学生の時と同じように学校生活を送る人もいるのも現実だ。
高校生というのは人生において一つの区切りや分岐点でもあったりする。はっきり言って高校で人生が変わってしまうといっても過言ではないかもしれない。そういう俺も高校生になって一つの区切りをつけたいと思っている人物でもあったりする。
というのも、ベタな話だと思うかもしれないが、俺は中学生の頃は友達という存在がいなかったりするのだ。その理由とは、父の仕事の関係で地方を転々としていたので中学校に転校するたびに部外者扱いをされ、いわゆるボッチ状態のループにはまっていたのだ。
普通は転校してきた奴とあまり関わりたくないのは当然のことである。そりゃあ、突然知らない人がクラスに増えたのだからな。それに自分で言うのもなんだが、当時は冴えない男子だったなと正直そう思うくらいだった。それでも話しかけてくれる人がいたのは本当に嬉しかった。
それでもそれは長続きしないのだ。おおよそ一ヶ月から長くて三ヶ月、短い時は一ヶ月も過ぎない内に転校するというペースで、俺は中学校生活を送ってきたのだ。
それでも人によってはたくさん友達ができたりするわけで、羨ましく思ってしまうこともある。
とまぁ、こんな感じで中学生を過ごしてきた俺は、さすがに高校生になってまであちこち編入したりは出来ないので、その高校の近くにあるアパートで暮らすことになったのだ。
そして、アパート生活一日目の朝を迎える。
《アパート生活一日目》
喧ましく鳴り響く朝の音と言えば、目覚ましが大半だろう。しかし、俺が愛用している目覚まし時計は、相変わらずうるさいったらありゃしない。例えで考えるならば、自分が使う音の二倍くらいと考えてもらって結構だ。だが、これがないと俺は目が覚めないのだ。試に他の目覚まし時計を使ってみたが、見事にその日は学校に遅刻してしまった。
そんなことよりも早く起床しないと高校生活初日、入学式を遅刻してしまうではないか! そんなことをしてしまったらこの先の高校生活がすべて終わってしまうかもしれない。よし、起きよう。
「………………」
何とも言えない朝の独特の気怠さが俺の身体に襲い掛かるが、そんなことを気にしている間に刻々と貴重な朝の時間が過ぎていってしまう。
布団から身体を起こし、ダンボールから歯ブラシやらコップやらを取り出して、洗面台に向かった。なぜダンボールから出すのかというと、引っ越しの時の荷物がそのままだからだ。
片付ければいいだろうと思うかもしれないが、引っ越しが終わった時間が夕方だったし、アパートという事もあったのでお隣さんなどに挨拶をしている頃には夜になってしまったのだ。
そして夕飯を食べたり風呂に入ったりとすれば、荷物の片付けをする余裕などほんの少ししかない。
その少ししかない余裕を今日の用意に当てたのだ。とはいえ、制服を直ぐに着れるようにハンガーに掛けたくらいしかしていない。因みに、朝食は走っても食べられるように、食パンとサンドイッチをコンビニで購入しておいた。いざという時の為に、だ。
そんな俺の粋な計らいによって入学式は遅刻をしないで済みそうだ。
洗面台で自分の容姿を整え、朝食を食べに部屋に戻ると、隅の方で俺が寝ていた布団が丸まっていた。
おかしい。確か俺が起きた時は布団はそのままだったから部屋の真ん中くらいにあったはずなんだが。
暫く様子を窺ってみると、時折モゾモゾと奇妙な動きをしたり震えたりしているのが分かった。
次に部屋全体を見渡してみると、俺から見て右の部屋の襖が開いていた。
それを見て、記憶がフラッシュバックしたような感覚で。その部屋には妹(一応双子)がいて、一緒の学校に通うことを。
とりあえず、このままでは遅刻しそうなので妹を起こすことにした。
まずはその俺の布団を返して戴こう。
「おい、早く起きろ。遅刻するぞ」
そう言って妹が包まっている布団を剥ぎ取ると「ふぁい?」と言って、寝惚けながらゆっくりと身体を起こした。とは言っても床にペチャンと女の子座りをしているんだがな。
すると妹は、目を手でゴシゴシと拭いてから少しの間、何もせずに固まっていた。
そして、フラフラしながら立ち上がり、ようやく動き出したと思い近づくや否、いきなり俺に抱き着いてきた!
「わーい、抱き枕だぁ~」
「ちょ、おま、何してんだ!?」
未だに寝惚けているようで俺が抱き枕と勘違いされているようだ。すると妹はさらに抱く力を入れ、段々痛くなってきた。
「ぐはっ、どこからそんな力が出るんだ!?」
朝から兄が妹に抱き着かれてるって、どういう事が起きればそうなるのか、誰か俺に教えてくれ。
そんな状況だからこそなんだが、胸が当っているという事故(喜びはしない、兄として)が起きているのだ。
だが、俺も男である以上、無視などできない。どうしても妹のふくよかな胸に意識がいってしまう。
「うぅ、気持ちいいのか痛いのかが、段々分からなくなってきたぞ」
このままでは入学式を遅刻するどころか、俺の命に係わってしまいかねない。早く妹を俺の身体から引き剥がさないと。
「起きろって言ってんだろ!」
俺としてはかなり力を入れて妹を引き剥がしにかかったつもりなんだが、全く効果がなかった。寝ながらこんなに力を出せる妹って他にいるのか疑ってしまうではないか。
仕方ないので今度は思いっきり力を入れてみた。
「いたっ」
という声がしたと同時に妹は俺の身体から離れ、そしてお目覚めになったようだ。
だが、何か少し様子が変だった。妹はこちらを睨むように見ているのだ。まさかまさかとは思うがこれって――
「痛かったじゃない、このバカ兄貴ぃ!」
「ごほぉ」
見事な右のストレートは俺の鳩尾を見事に捉え、一発ノックダウンになった。
その後の俺の記憶はなく、気が付いた時には妹の膝枕という、嬉しいと思っていいのかどうか曖昧な状況にいた。
「あれ、俺は何を?」
「ごめんねお兄ちゃん、痛かったでしょ?」
今にも泣きそうな顔で俺の頭を撫でていた。……撫でていた?
妹に膝枕してもらって頭撫でられてる俺って、兄としての威厳保ててなくね?
「いや、もう大丈夫だ。ありがとな」
さすがにこの状況をこれ以上続けると俺の心が折れちまう。
「そだ、早く身支度整えろ。時間が余裕あるって言っても万が一ってのがあるからな」
「はーい」
返事をした後、俺は妹の分の歯ブラシやらコップを渡すと、小走りで洗面台に向かって行った。
とりあえず、妹が席を外したこの辺で、妹の紹介をしておこう。
久嶋陽菜。俺と同じ年で双子の妹。身長は162センチ。体重は聞くと、半殺しにされるのでわからない。髪型はロングというよりはセミロングくらいの長さで、普段は髪を下している。そのせいなのか定かではないが、よく妹と一緒に歩いていたりすると、俺が弟に見間違えられてしまったこともあった。ようするに、背格好が大人で妖艶さを醸し出しているのだ。
たまに気分転換でヘアピンを使うことがあり、その時は幾らか幼く見える。それでも出ているところは出ているし、大人の女性と引けを取らない。
性格は好奇心旺盛で人見知りという、何とも対極的な性格の持ち主であり、容姿も相俟ってギャップ感が半端ない。
因みに余談ではあるが、実は俺と陽菜は誕生日が一日違うのだ。俺が七月十五日で、陽菜が十六日生まれ。
なぜ双子なのに日付が違うのかというと、その理由は何とも簡単だ。母は、先に俺を十五日の午後十時過ぎに産み、陽菜は日を跨いで午前一時くらいだったらしい。
しかし、当時の医者の人は「日付が替わってしまいましたが、誕生日はどうしますか」と言うと、母はこう答えた。「日付が替わってしまったならそのままでいいです」と答えて、双子なのに誕生日が違うという不思議なことになってしまったのだ。
洗面台から物音が途絶え、身支度を終えた美菜が俺に寄ってきた。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「何だ?」
キョロキョロと辺りを見回しながら俺に話しかけるので、それを分かったように答えた
「制服は?」
「制服? それならそこに――」
俺はそう言って壁を見回し、制服がかかっているハンガーを探した――が、無情にもハンガーしかなかった。
「あれ?ない、だと!?」
確かに俺は昨日の夜、寝る前に俺の制服と一緒に出して、隣同士でハンガーに掛けておいたはずなんだが、一体何故?
「ここに掛けておいたお前の制服はどうしたんだよ」
「昨日着合せして……どうしたっけ?」
人差し指を唇に当て、視線を上に向けて思い出している。
「よく思い出せ、早くしないと時間が無くなるだろ」
正直もう少し余裕を持って起きればよかったと後悔しているが、今はそんなことをしている場合ではない。この事態を早く処理しないと学校に行けないのだから。