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二人の邂逅

運命を動かす大きな出会いは、偶然だったのだろうか。

はたまた必然だったのだろうか。

街で聞き込みを終え、街道に足を運んだ頃にはすでに昼過ぎになっていた。


幅広の石畳の街道は死んだように人気がなく、靴音が奇妙なほど大きく響く。

まるで一人だけのオーケストラのように、淡々と一定のリズムを刻むプレストは、

もの哀しさを瞳に浮かべた。


彼女は知っていた。

閑散とした日中の街道が、夜には国境越えを果たさんとする浮浪者らの不穏な足音に

包まれることを。そしてそんな夜こそが、この街道の本当の時間であることを。


いわば今は偽りの時間だ。仮初かりそめ一時ひとときの中を、作られた虚構の世界を、

自分という魂奏士にせものが歩いている。


そう考えている時、彼女の瞳に映りこんでくる景色はどうしようもなく虚しいのだ。

澄んだ青空も、燦々と照りつける陽光も、冷気を運んでくる風も、両側に乱立する緑の木々たちも、

足を下している幅広の石畳も。

目に映る全てが切り取られた絵本のように感じられ、自分もまたその一部となってしまうのではないか

という不安に駆られるのだ。

この道の先は果たしてあるのだろうか。あてどない旅を強いられているのでないか。


募った不安は晴れることはなく、傷だらけの身体を今日も締めつける。

プレストは、色の失った双眸を一本道の奥の方に向けるのだった――。


===========================================

異変を感じ取ったのは、それから数分ほど歩いた後だ。

ニアントまでもう二キロもないのではないかと思える程肉薄しており、

情報屋に偽情報を掴まされたのかと心配になって、危うく信頼を失いかけていた矢先の出来事だった。

ちょうど街道の石畳の左端が、ピッケルで穿たれたようにめくれあがっていた。

よく見ると、足元のあたりから左端にかけて三日月型の黒い線が引かれており、

木片が乱雑に飛び散っている。おそらく荷馬車の車輪の後だろう。

プレストは左端に歩を進め、それから小さな崖になっている眼下を見下ろした。

低い雑草が生えている中に、外れたらしい車輪が横たわっている。

さっと崖下に飛び降りて身を屈め、あたりを窺った。


「・・・・んでもらおう。」


「―――――――ッ!」


突然、聞こえてきた声に身を転がして木の陰に入れ、声のした方を向く。


視認できたのは二人だった。

銀髪の女と少女で、女の手元からは白い剣が伸び、それが少女の首元に添えられている。

少女は・・・・・・・・と、その容貌を認めたプレストの胸が

ドクン、と大きく脈打った。

少女の姿が、あの夢に出てきた断頭台の少女と、

忌まわしい過去の情景と、寸分たがわず合致したからだ。


プレストは、自分の胸の内に燃えたぎるような闘志が湧き上がってくるのを感じた。

「助けなければ、助けなければ・・・。」

呪詛のように言葉を繰り返した自分を、猛り狂う魂の胎動に飲み込まれそうになる

自分を、はっとなって押しとどめた。

けれど、叶わない。

女の剣が振りかぶられ、その白い刀身が少女の首元に振り下ろされる直前だったからだ。


手を剣の柄に添え、何の躊躇もなくプレストは地を蹴った。


そして、、、、、


キン、と両者の剣が十字に交差し、火花が散った。


プレストの眼前で、女は心底驚いたように目を丸くした様子だったが、

表情をすぐに引き締めると二歩ほど後ろへ飛び退き、紅い双眸をこちらに向け、

それを受けたプレストも中段に剣を構えて燃えたぎる双眸を女に叩きつけた。

傍らでは少女が肩を震わせ、頭を抱え込むようにうずくまっており、それを視界にとらえた

プレストは一層強く剣の柄を握る。


「あなたは何者でしょうか。」

銀髪の女の声は凛としており清澄な川のせせらぎを思わせたが、どこか尖って聞こえた。

「それはこちらの台詞だ。」

プレストも語気を荒げる。あまりにも強い口調だったことにはプレスト自身が一番驚いていた。

胸の鼓動は激しく、いつもの冷静さを欠いている。そんな状況に戸惑っている彼女がいた。


「分かりました。先に名乗るのが道理ですね。私は、ジムニア・ルーティン。

 その少女を殺すのが私の任務です。邪魔をするのなら容赦をしません。」


ギリ、と。プレストは奥歯を噛み締めた。

「私はプレスト・アーヴァイン。この娘は殺させはしまい。お相手いたそう。」


言って、


ぐんと前に跳躍し袈裟に剣を振り下ろした。


大方の相手ならばこれで終わる。

瞬きするような瞬間に相手との間合いを詰める加速を、プレストの足は可能とするのだ。

相手からすればたまったものではない。相対した相手が消えたと思った後突然現れ、気付いた頃には

斬られているのだ。だから当然、今回も愛剣クレヴァスが確かな手ごたえを感じさせてくれるだろうと

プレストは内心で高を括っていた。

しかし、今日相対した敵は違った。プレストの必殺の一撃を紙一重でかわし、カウンターとばかりに

奇妙な白剣を突いてきたのだ。

恐ろしく正確な突きはプレストの顔に吸い込まれるように近づいてきて、

プレストは咄嗟とっさにそれをかわそうと首をひねって――――右頬をえぐられた。


パッと身を翻してプレストは距離をとり、切られた頬に手を添えその傷の浅さを確認した後、

違和感を感じた右肩をみた。みるとそこには糸のように細長い黒線が束になって乗っている。


プレストは戦慄した。

忘れかけていた疲労がどっと彼女の身に押し寄せた。


自慢の黒髪を切られたことよりも、冷静さを欠き相手の力量を推し量ろうとしなかった

自分が苛立たしく、歯痒かった。感情に身を任せて剣を振るうなど二流のすることだ。

かつて一流のその先を極めた彼女にとって、それは何物にも耐えがたい苦痛であり、屈辱だった。


―――自分らしくもない。

そんな想いが彼女の脳に、早朝の冷気のように澄んだ落ち着きを取り戻させた。

ふぅと一息吐き、プレストは決然と眼前の敵を見据える。

相対する銀髪の女の全体を今度ははっきりとプレストの瞳は捉えた。


ジムニアと名乗った女の構えには隙が無い。

一本の柱が入っているかのように姿勢がよく、

一直線上にピンと伸ばされた剥きだしの右腕と白剣は

近づくものを容赦なく切り裂く無言の圧力を傲然と放っていた。


ジムニアは強い。おそらく雑魚が束になってかかっても相手にならないだろうと、

プレストは先程の対峙で見切っていたし、今の構えを見てもそれがいえた。

掛け値なしにジムニアは一流の剣客であり、無傷で勝つことはまずありえない。

間合いに入ったならたちどころに切り捨てられることだろう。


しかし、プレストは先刻と相も変わらず地を蹴って駆けた。

もっとはやくもっと鋭くと心に言い聞かせ、まるでいしゆみのように直線的に

走り、ジムニアの剣が勢いよく振り下ろされるのをしっかりと見切って両手を添えて愛剣で弾き返し、

バランスを崩したジムニアの顔に正確な突きを繰り出して、二歩飛び退いた。


プレストの狙いどうり、ジムニアの右頬が朱の線を引き、銀髪が幾本か宙を舞う。

鮮やかな、背筋がぞっとするような意趣返しは果たして決まった。


プレストは愛剣に絡みついた銀色の線の束を払い、

小首をかしげて挑発するような視線をジムニアに向ける。

二人の実力差は手を伸ばせば届きそうな程僅かだったが、

その僅かな差はこの程度のレベルになると大きい。

プレストはそれをまざまざとジムニアに見せつけたのだ。


それから十合程。

挑発を受けたジムニアが切れ目の紅い双眸をさらに細めてプレストに襲い掛かってきたため、

二人は剣を打ち合わせた。

木漏れ日の差し込む清澄な林で、目まぐるしいほどに体勢を入れ替え斬りあう二人は

蝶のように可憐に舞い、時折キラキラと鱗粉のように陽光を反射させ、己が技量を存分に見せあい、

もはや芸術の域にまで達するのではないかと思われた十一合目で、終に雌雄を決した。


どすッと、鈍い音を立ててジムニアは地に仰臥した。

最後の一撃はプレストの肘鉄で、彼女は命を落としたわけではなかった。




――林に静寂が訪れる。

プレストはふっと息を吐いて勝利の余韻に浸り、右頬に手を寄せ、それから指先を舐めた。

赤黒い粘性の液体は鉄錆た味がした。

彼女は自分の身体から血を流す度、それを舐める癖があった。

ちろっと舌を出して舐め、自分がこの世に生を受けていると思い込むためだった。

魂奏士にせものとして生きる自分をこの世界に繋留するための、哀しい儀式にも似た

所作だった。


「・・・御仁。」

と、今にも消えそうなほど微かな声がプレストの耳に届く。

振り返って声のする方を向いて、途端にプレストの鼻腔を強い血の匂いが占有した。

幾人かの屍と化した人間の先に、木にもたれかかった老人が血塗れた顔をこちらに向けている。

ジルニアとの相対に集中して全く気付かなかったが、彼女の周りには十人程の肉片と化した死体が

乱雑に転がっていた。死体が羽織っている皮のチュニックとその雰囲気から彼らは盗賊団の骸であろうと、

プレストは推測した。おそらくあの女が殺したのだろうと。

そしてそれらの延長線上に、まるで死地へと誘う案内人の如く、

老人は焦点の合わない双眸をしきりに合わせようと漂わせている。


「頼みが・・・あり、ます。」

自らをソリードンと名乗った老人は息も絶え絶えに言葉を紡ぎ、

「あの子を、どう、か。助けて・・、下さい。」

言って急き込んで血の塊を吐き、弱々しい所作で拳を握った手を前に出した。

プレストは音もなく近寄ると老人の指を蜜柑の皮を剥くようにほどいて、彼の

手に握られていた物を認め、目をみはった。

「蒼玉のオーブとお見受けしたが。」

それは日差しを浴びた青い海の様な光沢を放っており、名のある宝石店に持って行こうものなら

額を地につけてまでも懇願される代物で、相当値の張る一品に違いなかった。

「はい。私の家宝、です。これ、を差し上げ、るかわりにどうか。どうか。あの子をニアントへ。

 守っ、てあげて、くだ、さい。」

ゆっくりと頭を下げた老人の荒い息がプレストの顔に吹きかかった。


血生臭くも人間味に溢れた温かいもので、その真剣さを目の当たりにしたプレストは首を縦に振った。

元々、頼まれずとも連れて行くつもりだった。


あの娘を一人置いて行くなど出来るはずもなかった。彼女の脳裏にはやはり、断頭台の少女の姿が

ちらつき始めていたからだ。


「しかし、ソリードン殿。これは受け取れません。」

プレストは剥いた蜜柑の皮を重ね合わせ、老人の手を握らせた。

安堵しかけた老人の顔が固まる。

「これはあなたの大切なもの。私のことならおきになさらず、蓄えならあります。」

言って、離れようとしたプレストの腕を老人の手が引いた。

熱の失せた弱々しい骨と皮だけの手だった。

「いえ、これから死ぬ、老いぼれなんぞ、より、あの子のために、あなたの、ために役立ててください。

 それが、私の最期の、お願いです。どうか。」

「・・・・・・・・請け合いましょう。」

老人はプレストの返答に安堵と共に破顔した後、首をがくっと折り曲げ、それからもう動かなかった。

それが老人の最期だった。


一国を支えた宰相の死は驚くほど呆気ないものだった。

職を罷免され、長らく仕えた国を欺き王女を連れ出し、盗賊どもに襲われて野に臥し、完遂できないまま

最期を迎えた。

それはあまりにも哀れで痛ましくて、決して幸福とは言えない死に方だったが、彼は最期に満足そうに微笑んだ。

理不尽な死をそれで良しと受け入れて、その上で未来をプレストに託したのだ。




笑って最期を迎えた老人の蒼い瞳を、プレストはゆっくりと閉じる。

そして、ふっと短く息を吐き、白く明滅を始めた愛剣クレヴァンテを抜き放った――――――――。




==========================================

石畳の街道をプレストは歩く。

肩を震わせた少女を背負い、満身創痍の身体でゆっくりと歩く。

虚構に満ちた、血塗られた世界で魂奏士にせものは少女という希望を手に入れたのだ。


怯えた少女は一言も口を利かないが、背には彼女の柔らかな温もりを確かに感じる。

――彼女は生きている。

それだけで、プレストの胸に嬉しさが込み上げてくるのだ。

ようやく自分が偽物のレッテルを振りほどき、前に進みだせる気がするのだ。


しかし、それとは裏腹に。


プレストは蒼玉のオーブを片手にはさみ、少女の身を案じた老人を想った。

未だ消えぬ老人の手の感触が、彼の最期の微笑みが、どうしても消えてはくれなかった。

彼が誰なのかは知らない。少女とどのような関係にあるのかもわからない。

ただ、あの老人は見ず知らずの自分に彼女を託した。


そのことがプレストの心を惑わせ、大きくかき混ぜるのだった。

サウスペルの森で見た真っ黒な深淵に、身を投じて

しまいたいような気にさせるのだ。


理由は分からない。けれど、それを知りたいとは思わなかった。

知ってしまえば後には戻れない気すらするからだった。



プレストは街道の先に目を向ける。

この九の字の曲がった道を進んでゆけば、程なくニアントにたどり着く。


不思議と、今は偽物の世界を歩いている気にはならなかった。

自分の道の先は、どこへ続いているのかは分からないが、

きっとどこかにたどり着くのだろうと素直にそう思えた。

おそらくこれから多くの困難に直面するんだろうと、でも・・・。

プレストは後ろを振り返る。

少女は疲れたのか静かな寝息を立てていた。

人形の様に整えられた白い顔は血や泥で汚れていて、しかしそれ以上に

彼女の心は傷ついているに違いないのだ。



そんな少女の寝顔を見て、必ず守ると、プレストは心に誓った。













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