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そして歯車は回り始める。

使命を終えたプレストは新たなる依頼を受けることになる。

少女は、束縛されていた。

断頭台の上に頭を乗せ、両腕を頑丈な縄で括られ、

彼女はただ、最期の時を待っていた。

みすぼらしい木綿の服は右肩のあたりが虫に食われたように破れ、

そこから見える幼い肌には血の線が生々しく赤を浮かび上がらせている。


「タランテウス人めッ。」

と、そんな怒号とともに右頬に鈍痛が走る。

少女はうつろな瞳を眼下に向け、憎悪に満ちた群衆を見渡したが、

目的の人物を探せないとわかると、関心を亡くしたように目を閉じた。


――早く、殺して。

===============================


「陛下ッ」

裂帛とともに無理に起こした躰は電流が流れたような痛みが走り、

プレストは思わず顔をしかめた。昨日の疲労が残っているのだろう。

躰はミリ単位の動作すら拒否しているようで、先程の動作は奇跡に近い。


あれから這う這うの体で街に戻り、見知った酒場に足を踏み入れ、

酒をあおったまでは覚えているが、その後の記憶が定かではない。

だが、眼前に並べられた十本の褐色瓶を見れば大体の予想はついた。


仕事終わりの酒は日課だ。憔悴しきった躰と、凝り固まった思考に

一時的な停滞を促す酒は、プレストにとって欠かせない代物である。

その至高の一品は一度朝を迎えれば効力を無くし、昨日の苦痛や

消せない過去の記憶を呼び戻すものだと理解しつつも、

彼女は至福の一時を求め、依存していた。

「愚か者だな、私は・・。」

不意に口から洩れた言葉は、自分に対しての辟易だ。

脳裏にちらつくものは、断頭台に首を挟まれた少女の顔。

消せないタランテウスの忌まわしい過去の記憶――。

それが彼女の胸の内に焼くような痛みを伴わせる。


「プレスト、起きたか。」

一端思考を中断し、野太い声のした方に首を回す。

頭に巻いたカリカチュアなバンダナと、はち切れんばかりの筋肉が

薄着の下で窮屈にしている様は、見知った酒場の店主のそれだ。

彼は、カウンター側のドアから窮屈そうに体を屈め、

這い出てくるところだった。

「すまないバッガース。眠ってしまったようだ。」

「いいってことよ。」

バッガースは片手でそう答えると、のっそりとその巨体を持ち上げ、

カウンターに両手をついた。

大岩のようなバッガースの巨体は見る人を畏怖させ無言の圧迫感を

与えるが、既知の人間で彼を恐れる者はいない。

彼の闊達な性格が朋輩としての認識を強めるためだ。

「昨日はいい飲みっぷりだったぜ、『ゲアルカンの大酒飲プレストみ』」

「・・・その名で呼ぶのは、出来れば止めてほしい。」

慙愧に耐えないとばかりに目を背けたプレストに、

バッガースは哄笑を轟かせる。

「ハハハハハッ。巷じゃすっかり有名になっちまってるよ。」

「・・・・・・。」

「まあ、なんにせよ。

 あんたにもそんな部分があるんだって思うと俺は嬉しいよ。」

「どういうことだ。」

「プレスト、お前は冷徹で愚直で完璧主義者で近寄りがたいってのが、

 俺たちのお前に対する認識であり、一般常識だ。」

「・・・・。」

すっかり頬を朱に染めたプレストは頬杖をついて鼻白んだ。

あけすけなバッガースの物言いが胸に突き刺さったからだ。

「だからお前が人間らしい感情を見せたときは、単純に嬉しいんだ。」

「私は人間だ。」

「そうだ。お前は人間だ。なら笑って見せろ。」

「・・・・・・。」

プレストは一度大きく嘆息すると立ち上がり、

懐から出した勘定をカウンターに乗せた。

「これで足りるはずだ。世話になったな。」

「おいおい、待てよ。俺が悪かったよ。」

バッガースは慌ててプレストに謝り、

扱いの難しい彼女に再度席に座るよう促したが、

プレストはすでに踵を返していたため、早々に当初の用件を切り出すことにした。

「依頼がある。」

ぴくっと、ドアノブに手を伸ばしかけた彼女の体が反応したのを見て、

バッガースは続ける。

「騎士団からの依頼で、ある盗賊団を退治してほしいんだと。」

「騎士団は何をやっている。」

プレストの声が険を孕む。無理もない。

盗賊団ごときに遅れをとるはずがない騎士団が、

それを依頼として送りつけてくるなんておかしい。

「裏がありそうだな。」

プレストはそう断言すると、悼む体を引きずるように再度椅子に座り、

腰を落ち着かせ、眼前の岩の返答を待つ。

「ご明察だ。」

「しかしなんだろう。騎士団が動かない理由とは。」

「革命が起きそうだからさ。」

バッガースは口元の不精髭を撫でると、得意げに自説を展開する。

「王が死に、政権が息子にわたってから今日までの二年足らずの間に、随分と

 不況が続いているだろ。」

「ああ。」

「王は偉大な方だったが、息子は暗君だ。何にも策を講じやしねえ。

 最近じゃあ、あの有能な宰相を罷免したとか。本当に救いようがねえ。」

バッガースは心底呆れたといった風体で両手を挙げ、首を振った。

「今、国内は二つに割れてる。王権派と革命派の二つだ。」

「成程。」

プレストはそこまで聞いて納得したと頷いて、バッガースの言葉を引き取る。

「盗賊団に気を取られ、

 城の守りが手薄になると革命派に攻め込まれる危険性があるからか。

 盗賊団ごときにかまけている暇はないと。そういうことか。」

「察しがいいな。その通り。今日日王権派にとっちゃ、

 盗賊団なんぞ眼中にない。

 下々がどうなろうと、自分の身さえ守れればいいって腹積もりだからな。

 ったく、民の暮らしを守らねえから不信感が生まれ、

 革命派に増長する隙を与えることに、奴ら気付いてねえんだよ。

 救いようがねえ。」

苦虫をかみつぶしたような顔をし、バッガースは嘆息すると、

一端目を閉じて気持ちを切り替え、話を続ける。

「でも何もしねえのも不味いってんで、

 やっこさんら俺たちギルドに要請してきやがった。

 『下法には下法を』だって言ってな。腹立ったから一発ぶん殴ってきてやったぜ。」

「・・・・それは気の毒だな。どっちも。」

「だろッ。大変だったぜその後は。よく帰ってこれたもんだ。」

「・・・・・・・・。」

プレストはしばし黙考する。

昨日付けでギルドの依頼を一つ終えていた自分としては、断る理由はない。

しかし、期せずして組織の依頼もこなすこととなったため、体の状態は最悪だ。

魂奏士としての仕事を終えた後は毎回、体の自由が利かなくなる。

今回の依頼を満足に終えるのは、些か難があった。

だが・・・。

「受けよう。」

プレストの口から出た言葉は、内面とは裏腹に仕事を望んでいた。

まるで胸の中に自分以外の何者かが巣食っていてそいつが返事をしたような

不気味な感覚が彼女の内に湧きあがる。

それと同時に、脳裏には断頭台の少女の姿がちらつく。

整合性の取れない情景と感情に、プレストは苛立ちを隠せなかった。


「・・・・大丈夫か。って言っても、聞かねえよな。」

バッガースはプレストの暗い表情を読み取り不安げな表情を見せたが、

やがて諦観に満ちた笑みを浮かべると、

腰元からぼろきれの様な紙を取り出し、カウンターに乗せた。

「依頼の詳細だ。期限は近日中だとよ。報酬は・・・弾むそうだ。」

「了承した。」

短く答えたプレストは紙を受け取ると身を翻し、

すぐさまバッガースに背を向ける。

軋む体は重みを増していたが、痛みを我慢しつつ、無理やり引き上げる。

その姿は、

釈然としない感覚から解放されたがっているようにバッガースの目には映った。

「あんまり無理すんなよ。」

「ああ。」

バッガースの気遣いを背中で答え、プレストは酒場を後にした。







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