魂奏士プレスト
シリアスです。
掛け合いはありますがギャグはありません。
ご了承ください。
組織からの漆黒の手紙は、満月の晩に届いた。
星が宝石のように散りばめられた、美しい夜だった。
プレスト・アーヴァインは受け取った手紙を開封し、目を通す。
機械のように正確に綴られた文字は読むには申し分ない。
だが、端的かつ明瞭で相も変わらない内容に、彼女は鬱屈し、消沈した。
内容はこうだ。
『死者の暗殺。時は月満つる頃。サウスペルの森林に於いて。
今夜も高貴な使命を果たさんことを。』
プレストは、手紙を粉々に千切り地に落とした。
漆黒の断片は、身を裂くような冷たい風にさらわれ飛散する。
「仕事か・・。」
一人独白し、視線を石畳の道路のほうへと向けた。
ゲアルカンの城下町といえど、夜半出歩く人は疎ら(まばら)だ。
軒下に展開されるバザールは静まり返り、日中の活気は見られない。
半円状の模様が折り重なるように描かれた石畳の上を、プレストは歩く。
月光に照らされた道は、まるで湖面に出来た波紋のように優しい光を放っている。
その上を、漆黒の服装をした自分が歩いている様はやり玉に上げられたようで、
上空から俯瞰している月にとってさぞや滑稽に映っているに違いないと、
プレストは自嘲した。
――気の進まない仕事だった。
幾度となく繰り返してきたそれは一向に慣れないどころか、
確実に自分の心を蝕んでいく。
彼女――――魂奏士の存在は、薄氷のように脆く、儚い存在だった。
この世界は、魂の循環によってできている。
それを知る者はこの世界では少ない。
もっともプレスト自身、魂奏士になってからそれを知った。
死んだ人間の魂は、クレアシオンと呼ばれる空間に行くことで再生される。
魂は木であったり、水であったり生物であったり、
あらゆる生命を生み出す源泉として活用され、再誕するのだ。
しかし例外的に、クレアシオンへと行く過程の、とある特殊な条件下において、
特定の魂が選別されることがある。
その魂を入れられた人間は魂奏士と呼ばれ、魂奏術という力を得るが、
対価として魂をクレアシオンに奪われる。
魂のない人間は、屍と同類だ。
そのため、魂奏士はクレアシオンからの使命を果たすことで、魂を貸与してもらい、
生きながらえる。
以上が、プレストの知りえた情報だった。疑問は多く残るが、
彼女が生き抜くために必要な情報は最低限そろっている。
―――クレアシオンとの誓約を守り、使命を果たす。
それさえ守れば、彼女の身の保証は確約されていた。
それが、どんなに酷い使命だろうと縋り付くしかないのだ。
他でもない、生きるために。だが、肝心の使命は苛烈を極めた。
死者の暗殺という荒唐無稽なそれは、倫理的に逸脱している上、
彼女の精神を傷つけた。
しかしそれだけではない。
以上に彼女の心を締め付けるのは、確固たる理由が見当たらないからだ。
使命を行う上での大義名分、正当な理由がそこにはない。
生きるためなどという自己弁護を大義名分にすることは彼女の誇りが許さない。
理由なき行動は、彼女にとって苦行でしかなかった。
はぁ、と大きな溜息をつき、プレストは足を運んだ。
彼女が最も忌避する行為を今夜行わなければならない。
自然、足取りが重くなった。絹のような長い黒髪も風に波打ち、
著しく進行を阻害する。
腰元までストレートに伸びるそれは任務遂行に支障をきたすだろう。
「帰ったら、切る。」
一人、そんなことをつぶやきながら、彼女は夜の街を後にした。