第一章 了
親が自分の子どもを管理監督するために、子どもが生まれてからの自分の人生に制約が加わることは避けることができないであろう。
前時代では、社会全体が単純なルールで運営されていたから、多少は愚かな親のもとに生まれても、子どもは単純な生活習慣を社会のルールを学ぶことができた。
いまはどんな時代だろうか。
わたしはものごころついたときに、両親に裏切られたと感じることが多くあった。
あまり勤勉な性格ではない父は母以外の女性と交際し、母はそんな父を見捨てた。二人ともわたしのために我慢をしてくれるということはなかった。
最近になって親戚の人たちは言う。
「いっしょにいて不愉快な気分が続くより、早く別れて結果も良かったのよ」
みんな、わたしがどれだけ傷ついたかわかっていない。
不安と劣等感に苛まれた。
わたしは自分の居場所を失った。
だから、別の世界に足を踏み入れてしまったのだ。
平野部なのに霧の濃い、おかしな天気だったことを覚えている。
なぜ自分が外国にいるのか、当時5歳のわたしにはわからなかった。
後に成長して知恵がついてきて、自分の身に起きたことを整理するとこうだ。
迷い子のわたしは異世界・アガスティアの朴訥とした住人に発見され、しばらくその庇護のもとにいた。言葉も解さぬ子どものわたしは、少し発達が遅れた現地人の孤児なのかと思われていたようだ。
盗賊が村を襲ったのを覚えている。襲撃の中で犠牲者が出た。わたしが世話になっていた家人は自警団で反撃しながら、女子どもたちを非難させたが、その避難の最中にわたしは盗賊に追いつかれ拉致されそうになった。わたしは恐ろしくて身がすくんだ。
難を逃れたのは、わたしがそのとき超能力に目覚めたせいだ。襲撃者たちも撃退することが出来たのだが、魔女として官吏に捕縛された。
魔法が存在する世界ではあったが、神や精霊との契約なしに魔術を使える者は忌むべき存在として処分される世界でもあった。
村人の助命嘆願もあったが聞き入れられず、わたしは裁判を受けた。
片言の言葉しかしゃべれないわたしは十分な自己弁護もできず、処刑されることとなった。幸いなのは、その当時にはわたしは自分の置かれた状況を正確に把握できていなかったため、自分が殺されるという自覚がなかったこと。
わたしが裁判を受けているころ、近郷に高名な騎士が滞在していた。
「剣聖」と呼ばれるほどの達人で、数々の武勲を挙げながら地位や名誉に固執せずに旅を続ける風変わりな人だったそうだ。
その人がわたしのことを聞いて救いの手を差し伸べてくれた。
嘆願しても魔女狩りが止むことはなかった。わたしがいたヴァビロン市国だけでなく全世界のコモンセンスだったからだ。
そこでその人は捨て身の手に打って出た。
市街の一番人通りの多い看板に、ヴァビロン騎士団の最強と言われる十人の騎士を名指して助命嘆願が貼られた。
「1人対10人の勝負に勝ち抜きましたれば、童子の助命嘆願あい成りますこと願候」
1人対1国の決闘の申し入れだった。そして、その剣聖がユーワン・アルティミト。わたしの担任教師・名藤有人の前世だった。