#3
秋が深まるころだった。
授業では、名藤有人と毎日会っていたが、わたしは放課後も話をしたいと希望し彼も拒まなかった。
「積もる話もあるしな」
わたしたちは教室を出てから、たびたび外で会った。
わたしは少しうらみがましい視線で彼を見つめる。
「なんだ、ご機嫌ななめだな」
「おとうさまは薄情だ」
コーヒーショップの席で、彼は周囲を伺ってから声をひそめた。
「外では、名藤先生と呼べ。あらぬ誤解を受ける」
わたしの年齢は16歳になろうというところだったが、20代後半の男を「おとうさま」と呼んだら奇異に聞こえる。いや、結婚相手の連れ子と考えればあり得ない年齢差ではない。たとえば、わたしの年齢に18歳を足して34歳の女性と結婚したと考えれば、彼にわたしのような子どもがいても不思議ではない。
「でもさ、考えてみたら、外で教師と生徒がお茶してる方が顰蹙買うんじゃない?」
「それもそうだな」
「それはいいとして、名藤先生は薄情だ」
「そうだった、薄情とはなんだ?」
「わたしは一目でおとうさまのことをおとうさまとわかった。なのに、おとうさまはわたしの顔を見ても少し考え込んでいた。おとうさまは前世の記憶があると言っていたのに」
「そりゃ、仕方ない。おまえはわたしと死に別れてすぐにこの世界へ来たようだが、わたしは赤ん坊からこの年齢までを新しく生き直していたのだから、29年ぶりの再会ということになる。すぐに思いだせなくても許してほしい」
「わたしにとってはおとうさまが死んでから半年しか経っていない。でも、おとうさまは全然変わってないのね」
「うん。ちょうどおれが前回死んだのも29歳のときだったからな。そんなに変わってないか? アガスティアにいたときとは生活習慣もちがうから見た目も変化していると思うのだが」
「以前よりお肌につやがあります。あと、無精ひげがないから清潔に見える」
「前世でも身ぎれいにしていたつもりだが、ヴァイオラ姫に謁見したりもしていたしな。でもまあ、ここでは毎日、ひげをそるし環境がまったくちがうな」
ヴァイオラ姫の名はわたしにとって複雑に響く。嫌いではない。最初の出会いは諍いの中だったが、後にはよくしてもらった。ただ、わたしにとっては、おとうさまの恋人でもあり、おもしろくない。
「そういえば、彼女はあれからどうなった?」
「無事ですよ。おとうさまのおかげで危機から逃れた後、ヴァビロン市国は復興しました」
「それはよかった。おまえはどうやってここへ来たんだ。転生したのでなく、そのまま次元を渡ったのだろう?」