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第三章 了

 一国に対して決闘を申し込んだのだから、さぞや鬼気迫る面持ちで身構え、当日まで隠れ潜んでいるのだろうかと思った。


 ユーワン・アルティミトは町で一番賑わう通りの宿屋に滞留していた。安楽という意味の屋号が看板にかかっていた。誰も気軽に泊まれる類いの安宿だった。


「なるほど、人目が多い方がかえって異変を察知しやすいか」


 ノエル・ヴァルキリーは美貌の女剣士である。衆目を集めるのは決闘直前の張りつめた空気のためだけではなかった。


「宿の主人に尋ねたい。ユーワン・アルティミトどのは、この宿に?」


 エントランスは食堂を兼ねていた。客も多いようだ。みんなの視線を感じる。カウンターに進むと、館の主は40歳を超えたぐらいの中肉中背の男。グラスを布巾で磨く手を止めた。


「ノエルさま」


「わたしを知っているか?」


 近衛騎士の制服は一目でわかる。白い生地を基調とし、表面の3割は群青の切り返し。襟元や裾、袖が目立つ配色だった。男装の麗人風の格好だが女性用の制服は採寸がタイトになっていて、男性と間違われる事は無い。


「それはもう、かねがねお噂は。他の方なら、この場で騒ぎはご免こうむりたいと嘆願するところですが、ヴァルキリーさまであれば話は別です。剣聖さまは、窓際の席に」


 普段から人望があると何事も話が早くなって助かる。昼さがりだが客は多かった。店主が顔を向けた先に一人の青年が座っている。向こうも見るでもなく、こちらに顔を向けていた。


 気圧されるところがない。自然な表情だ。ノエル=ヴァイオラはそちらに向かって店内を進む。


(意外と優男だな)


 達人という評判が想像される風体とは印象が違ったが、一方で聖人と呼ばれる性質をよく表している顔でもある。


 ユーワン・アルティミトはすでに食事用テーブルの上にはティーカップとミルクがあるだけだった。両手はテーブルに隠れて見えない。


 背後の壁に立てかけられたユーワンの刀に目が行った。少し反りの入った黒塗りの鞘に収められた刀には楕円形の、相手の刃先を受けるための柄がしつらえられていた。それに手を伸ばす様子はない。


 刀を持たなければ目立つところのない服装。その辺の町人と同じような着古したシャツ。


「ヴァビロン公告近衛騎士、ノエル・ヴァルキリーである」


 ヴァイオラは自分から名乗った。すると剣聖も立ち上がった。


「ユーワン・アルティミト、旅の途上でこの地に逗留しております」


 自分で剣聖とは名乗らなかった。剣士であるとも言わなかった。

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