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第一部 バビロンの姫騎士編 第一章 死神に育てられた娘

死神に育てられた娘


「うーん、すーすーするな」


 高校編入を控えてサイズ直しが終わった制服に袖を通す。


 白地に紺のスカート、オーソドックスなセーラー服。スカートを指でつまんで持ち上げる。膝まで隠れる長さにしてもらった。まだタイツを下にはいていてもおかしくない季節だが、じきに生足と下着の上にスカートをはかなければならなくなるだろう。


 これまでスカートをはくことがあっても下にペチコートやドロワーズをはくことが多かったので、この無防備な姿に抵抗がある。


 同年代の女子に質問すると、


「日本は世界で一番治安がいいから、こんな短いスカートをはいていても安全なのよ」


 そう言って最近友人になった少女は、くるっとスカートをひるがえしてみせた。知識のないわたしに彼女は当世のファッショントレンドを教えてもくれた。


「部屋の中だからいいけど、パンツ見えてるよ」


 わたしは気恥ずかしいのだが、みんなあまり気にしないようだ。


 この半年近く、わたしはずっとやぼったい格好をしていた。ジーンズに襟付きのシャツ、その上にカーディガンやブルゾンを羽織る。外に行くときはコンバースのスニーカーで歩いた。男の子みたいな格好だがそれが落ち着いた。


 見かねた友人が、いろいろと世話を焼いてくれるようになって、こうして指南を受けている。


 ここはそれだけ治安がいいということなのだろうが、わたしにはそうも思えなかった。


 あまりにもみんなが「日本は安全」というものだから、つい気を抜いて夜に出かけてしまった。


 この街は東京にある有名な店はだいたい存在する地方政令都市なのだが、それでもコンビニエンスストアが少ないのが玉にきずだ。みんなは面倒くさがるが、わたしの生活習慣では2.30分歩くことも苦にはならない。


 散歩がてら歩いていると、もう少しでコンビニだ、というところで二人組の男と出会った。一人はわたしのことを見もしなかった。


 すれちがってから、もう一人の男の声が聞こえた。


「……ばか、女だよ、それもかなりの……」


 べつに男装するつもりではなかったが、目立たぬように髪を帽子にしまっていた。


 ハーデンガッツのアイスクリームを買って、来た道をもどると、道の端にワゴン車が停まっていた。ハイエースという車種だ。周囲に人影はない。時刻は22時ちょっと過ぎ。


 その脇を通ると運転手と目があった。向こうが見ていたから、なにかと思って見返しただけだが。


 さっきの二人のうちの一人だ。地元の若者だろう。


 とくに声をかけてくるわけではないのでそのまま通り過ぎて歩いていると、エンジンの音が背後でした。


「どこまで行くんだ? 乗っていかないか」


 わたしの歩く速さに合わせてハイエースが並走する。


「いえ、けっこうです」


 あまり愛想のない答え方だったから、相手を怒らせたかもしれない。車のドアがスライドして二人の男が降りてきた。


「乗れよ!」


 白いジャージの男がわたしの腕をつかもうとするから、逆にその手をねじり上げた。帽子が脱げて髪が乱れたところを、茶色いブルゾンの男につかまれそうになる。その薬指をつかみ思いっきり折ってやった。


「グガガガ」


(剣があれば、指ごと斬り落としてやるのに)


 車の反対側からも男が降りてきて、加勢に入る。


「何人いるのよ!」


 不覚にももみあっているわたしと男たちごと、タックルされ車の中に押し込まれた。


 スライドドアが自動で閉まりつつ、車は急発進した。男の体重で組み敷かれわたしは身動きができない。手首をつかまれないよう身体の中心に腕を引き寄せる。


「どこが治安がいいって?」


 どこにでもいる素行の悪い若者たちに見えるが、本性は山賊に近い人種のようだった。自由になっている右足で窓ガラスを割る。広い車だが、それでも男3人が自由に動き回ることはできない。


 男の上半身が起きて、わたしの体が一瞬自由になった。女の抵抗を封じるために顔を殴るのだろうとわかった。わたしは男の右肩に左ひじを挟み、右の掌底を男の顔に打ち込んだ。鼻の骨が折れ、ぼたぼたと男の血がわたしの服を汚す。両手で顔を覆う男の耳をちぎれろとばかりにつかみ、その下から抜け出す。


 運転手も後部座席の騒ぎに冷静でいられない。車は蛇行しているようだ。


「このスピードなら大丈夫ね」


 このままいずこかへ攫われてはたまらない。わたしはハンドルを握る男の頭に両手をかけ、思いっきり首を回した。だれもハンドルを握る者のないハイエースはほどなく民家の塀を削りながら、やがて電柱に衝突した。ズゴンという鈍い音が車内に響く。天地が横転したように重力が前方に働き、 全員の体が跳ね上がる。とっさにわたしは男たちの体をクッションにした。


 意図して行動していた故に、ダメージもなく一番最初に車外に出ることができた。男たちはまだ車内でうめき声をあげていた。


「うーん、めんどうくさいことになったな」


 わたしはまだ警察の保護下に置かれていて、通常生活にもどるための訓練中である。


「せっかく学校も決まったのに」


 台無しである。


 拉致監禁でもされたのかと思われて、神隠しからもどった少女に対する報道も人権上の見地から大手の新聞社では自粛された。下衆な週刊誌やネット掲示版があることないこと書き立てたりしたおかげで、名前を変えて通学する羽目になり、引っ越しもした。


 引越しする前、わたしを盗撮する男がいたので、走って捕まえた。そのときも少々手荒なまねをしてしまったので、無事に帰すわけにはいかなった。


「仕方がないよね。今回も」


 これから始まる新生活を平穏なものにしたい。


「わたしはここにいなかった」


 そういうことにしよう。 すぐに決断。


「えーと、ガソリンタンクはこの辺かな」


 機械のことは詳しくない。でもガソリンスタンドで給油する様子から大体の位置がわかった。


「相手が悪かったわね。 また来世でお会いしましょう、アスタ ラ ビスタ ベイベー」


 わたしは少し遠ざかって、パチンと指を鳴らした。車の中で火花があり、直後車は炎上した。ガソリンというものは、映画のようには大爆発したりしないものなのだという。それでも車内の人間を始末して、わたしがいた痕跡を消すには十分な火力だった。


 わたしは足の速さにも自信がある。住民が騒ぎを聞きつけて屋内から出てくるよりも早く現場を立ち去った。


 わたしは炎を操ることができる。先程の狼藉者たち殺害するのにも、苦しませないように気をつけた。彼らの亡骸を火葬し、わたしの気配を抹消するためにガソリンを用いたが、 一撃で男たちを貫いていた。


 この呪われた力が、わたしの人生を狂わせ、またわたしを救うことが何度かあった


 ここで少しわたしの人生を振り返ろう。



 少し時間を遡ると、神隠しにあったわたしは10年以上ぶりに家に帰ったのだ。


 5歳のときに、神隠しに遭った娘。誘拐されたにちがいないと思われていた。


 母は無事を祈りつづけていた。苦痛に苛まれる、永く絶望の人生だったろう。


 親不幸な娘だと思うが、これで少しは幸せを取りもどすことができるだろうか。


 文明の世界。懐かしい風景だが、町並みは大きく変わってしまった。


 周囲の視線が痛い。いま着ている服は少し浮いているだろうか。ブーツと白いパンツにブラウスは、ここでも人目を引くものではないはず。刺繍の入ったコバルトブルーは装飾が華美であると思われるから、なにかのイベントスタッフに思われても仕方ない。もともと男性用にデザインされた隊服を女性用にアレンジしているから、こっちの世界では宝塚歌劇団の衣装にでも見えることだろう。

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