第七話「危機一髪が日常茶飯事だぜ」
いつの間にか眠ってしまったらしい。
まだ夜明け前のようだ。
結界が侵入者を検知した。
魔獣か?
魔導力が尽きかけているせいで結界の感知力が弱い。
何だか判らないがそいつは着実に近づいて来る。
「サイリ、起きろ」
傍らのサイリが目を開いた。
「何か来る。 ちょっとヤバそうなやつだ」
サイリが不安そうな表情で俺を見ている。
「お前はここから出るな!」
「はい! あの、クロン様・・・」
「なんだ?」
「私達は契約を結びました。
クロン様が死ぬときは私も死にます!」
思わずニヤリと笑ってしまった。
「お前は死なせねえよ」
そう言い残して敵がいる方角へ走り出した。
サイリのいる場所から離れた所におびき出すには・・・
目の前の川を渡るとその向こうに黒々とした森が見える。
そいつはあの中で待ち構えている。
森の手前で一旦呼吸を整える。
まだ魔導力はほとんど回復していない。
思えば昨日から何も食べていないので腹ペコだ。
魔導力を回復するにも時間がかかる。
これでは思念破が一回撃てるかどうかというところだ。
チャンスは一回だけか。
慎重に森の中へ入ってゆく。
月が沈んだせいで森の中は暗闇に近い。
そいつの存在感が急激に増してくる。
明らかな敵意!
誰だか知らないが俺を狙っているのは間違いない。
森の中のやや開けた場所に出た。
空には夜明け前のかすかな明かりがさし始めている。
いきなりそいつが現れた。
やはり後ろからだ。
小刀ほどもある牙がずらりと並んだ馬鹿でかい口。
ものすごい咆哮をあげて襲ってきた。
間一髪でかわして開けた場所に飛び出すと、そいつも追いかけてくる。
一見巨大な鳥のように見えるが羽根は無い。
その代わりにサ―ベルみたいな爪のある腕が生えている。
グルガンか!
魔獣の中でもかなり強いクラスということで有名なやつだ。
普段の俺ならさほど苦労せずに倒せるが、魔導力がほとんど残っていない今はちょっとまずい。
グルガンが再び突進してきた。
両腕を左右に開いて俺が横に逃げるのを止めるつもりだ。
俺は逃げ場を失ったふりをした。
グルガンはしめたとばかりに口を突き出してきた。
思い切り飛び上がり、やつの頭を踏み台にして後方へと飛び降りる。
この戦い方は・・・
グルガンの攻撃はもっと直接的だ。
そもそもこいつは群れで襲ってくるはずだ。
一匹だけこんなところにいるという事は・・・
魔獣使い!
それで納得がいった。
魔獣使いは自分の気配を絶っている。
そいつを仕留めれば一気にかたがつく。
おびき出してやろう。
俺は再び森の中へ走り込んだ。
当然グルガンは追いかけてくる。
さあ、ついて来い!
グルガンはなかなか足が速い。
遅れるなよ!
グルガンの後方で追いかけてくる人の気配がした。
やはり、思った通りだ。
こいつを操っている魔獣使いはグルガンが自分の視野に入っていないと操れないらしい。
よし、見つけたぜ!
魔獣使いにターゲットを絞って攻撃に転じようとしたそのとき。
前方の木立が揺れて、もう一匹のグルガンが飛び出してきた。
なんだと!
全く予想していない攻撃に一瞬反応が遅れた。
二匹目のグルガンが俺を咥えこんだ。
咄嗟に相念系の魔導力を使って全身を鋼のように硬くする。
思わぬ硬さに驚いたのか、グルガンは俺を吐き出した。
一瞬遅れたら真っ二つに噛み切られたところだったが、なんとかそうならずに済んだ。
それにしても一人の魔獣使いは一匹の魔獣しか操ることが出来ない。
もう一人いるのか!?
だが、人の気配は追いかけてくる一人だけだ。
二匹のグルガンに挟み撃ちにされた形でにらみ合った。
こりゃちょっとマズいな。
どちらへ走っても二匹目の攻撃はかわしきれない。
それに相念系の力を使ったので、もはや残っている魔導力はほとんど無い。
二匹は勝利を確信したように雄叫びを上げながらじりじりと迫ってくる。
そこへ後ろから追いかけてきた魔獣使いが現れた。
もはや隠れる必要が無いと見たのか、悠々と俺の前に出てくる。。
頭から黒いフードを被っているので顔は見えない。
「こんなところで会えるとはなクロン・アークレイ!」
俺の名前を知っている?
「誰だよお前は」
「フン・・・会うのは初めてだがな。
お前に倒されたボルドフの兄弟・・・と言えばわかるか」
魔獣使いはそう言って被っていたフードをはね上げた。
肩の上に頭が二つ見える。
双頭人!
思い出した。
何年か前にボルドフとかいう名前の殺人鬼を倒したことがある。
そいつも双頭人だった。
そういうことか。
二つの頭でグルガンを一匹づつ操れば二匹同時も可能だ。
「ああ、憶えてるぜ。
十三人も連続して惨殺したクソ野郎だったな」
「お前が十四人目になるはずだったんだがな」
二つの顔が同じように憎々し気に歪む。
「兄貴の仇をとらせて貰うぜ」
「最強の魔導士とか言うのが聞いてあきれるぜ」
二つの頭が同時に言う。
「こいつ、魔導力がもう無いんじゃねえのか」
「そうだな、それなら覚悟しな!」
勝ちを確信して二つの顔が大笑いし始めた。
バカめ!
もう勝ったつもりのようだが・・・
お前たちは大きな勘違いをしているぞ。
二つの頭が笑い終わる前にダッシュする。
「悪あがきするな!」
「あきらめの悪いやつだぜ」
奴らに操られた二匹のグルガンが猛烈な勢いで俺に追いすがってくる。
俺は左手の手甲に仕込んだ細長いナイフを引きぬいた。
そしてそれを左側の頭に向けて投げつけたる。
夜明け前の暗さの中ではこんな小さな刃物に気付くのは難しい。
ナイフは狙いたがわず左側の奴に飛び、眼に突き刺さった。
「ぎゃあああ!」
左側の顔が悲鳴をあげるのと同時に俺の真後ろに迫っていたグルガンが狂ったように飛び上がった。
目を潰されたことでパニックになった左の奴はグルガンの操作ができなくなったのだ。
右側の奴も驚いて一瞬グルガンの操作を忘れた。
今だ!
背中の剣を抜いて魔獣使いの元に駆け寄り、一閃!
右の奴の頸動脈から鮮血が噴き出す。
相念系以外の魔導士はほとんど肉弾戦は苦手だ。
俺が無敵の魔導士と言われるのは、魔導力を使わない戦いでも負けたことが無いからだ。
魔獣使いの操作が失われた二匹のグルガンは本能的に血の匂いに引き付けられた。
もう俺など眼中に無いようだ。
一匹が魔獣使いを咥え上げた。
すると、もう一匹も獲物にありつこうとして駆け寄り取り合いになる。
魔獣使いの上半身と下半身を二匹が咥えて引っ張る。
次の瞬間、魔獣使いの体が半分に千切れた。
二匹のグルガンはそれぞれの分け前を咥えて森の奥へと消えていった。
魔獣使いにとって、最大のリスクは魔獣のコントロールを失うことだ。
特にグルガンのような凶暴で危険な魔獣は一瞬でも操作を忘れればたちまちこのざまだ。
これでとりあえずは危機を脱した。
森を抜けてサイリのところへ帰るとするか。
一瞬懐かしいような感覚が蘇った。
ガキの頃、遊びから帰る夕日の道。
姉ちゃんと母ちゃんが待っている家・・・
その後の忌まわしい記憶を振り払うようにして川辺に来た。
夜が白々と明け始めている。
そんな風景の中、川の向こう岸に立つサイリの姿があった。
ここはひとつ、何事も無かったような顔をしてやろう。
そんな事を考えながら浅瀬を渡り始めた時、
背後にただならぬ気配を感じた。
「クロン様! 後ろ!」
サイリが叫ぶより早く後ろをふり返る。
同時に何かがぶつかってきて俺の体を宙に飛ばした。
--以下、第八話に続く--




