第8話:夜の礼拝堂で
礼拝堂の中は、まだ夜の静けさに沈んでいた。
火の残り火が小さく揺れ、蝋燭の灯りが壁に淡く影を落とす。子供たちは寄せ集めの毛布に包まれ、寝息だけがかすかに響いていた。
セラフィナはその片隅で、毛布を肩まで引き寄せながら座っていた。足には、先ほど巻かれた布。まだじんじんと痛みは残っているのに、手当てをされた場所だけが妙に熱を持っていて――その感覚が、胸の奥まで落ち着かなくさせる。
ルシアンは少し離れた場所で壁にもたれ、目を閉じている。眠っているのか、それとも起きているのか。彼は何も語らない。けれどその存在が、礼拝堂の空気を静かに支えていた。
セラフィナは小さく息を吐いた。
……自分がここにいる限り、子どもたちを危険に晒してしまうかもしれない。
盗賊たちが狙っているのは馬車ではなく――自分だった。この礼拝堂が見つかれば、子供たちまで巻き込まれる。何も知らない彼らが、自分のせいで傷つくなんて、そんなこと、耐えられない。
セラフィナは唇を噛みしめた。
――ここに留まる時間は、もうない。
けれど外は怖い。まだ戦争の痕跡が残り、略奪や盗賊の噂も絶えない。安全な場所など、どこにも存在しない。
毛布の中で拳を握りしめる。
そのとき、低い声が落ちた。
「……眠れねぇのか」
セラフィナははっと顔を上げる。
セラフィナが顔を上げると、ルシアンがこちらを見ていた。壁にもたれたまま、目だけが静かに問いかける。
「……すみません」
小さく返すと、ルシアンはふっと息を吐く。
「謝ることじゃねぇよ」
短い言葉なのに、胸の奥が少し緩む。
セラフィナは唇を噛みしめ、ぽつりと漏らした。
「……私がここにいるせいで、この子たちまで危険になるかもしれない」
声が震える。
「巻き込むわけにはいきません……絶対に」
ルシアンは何も言わずに聞いていた。やがて静かに口を開く。
「……なら、明日出るんだな」
セラフィナは小さく頷く。
「夜が明けたら……ここを出ます」
少し間を置いて、ぎゅっと拳を握る。それは強がりではなく、必死な決意だった。
ルシアンは目を細め、淡々と――けれど確かに優しく言った。
「大丈夫だ」
低い声が、静かに落ちる。
「一人にゃしねぇよ」
セラフィナは息を呑み、胸の奥がきゅっと縮まった。1人でどこにいけば良いのかも分からず。目の前の男に頼って良いのかも分からない。それでも心細い気持ちに蓋をして、震える足を1人抱え、立ちあがろうとしていたのだ。必然と目の奥が熱くなる。
「……いいのですか…?あなたも危険に巻き込まれてしまうかもしれません」
彼女は視線を逸らし、自信なさげに問う。
「いーんだよ、細かいことは気にするな。俺はそれなりに腕は立つ。それに、姫さん1人で歩かせるなんざ俺が見過ごせねぇよ」
「ルシアン……」
「まぁ、なんだ。明日は早い。ひとまず寝た方がいい。ゆっくり休め」
ルシアンの言葉にひどく安心を覚えたセラフィナ。次第に疲労が襲い、瞼が重くなる。
「ありがとうございます…。では、おやすみなさい」
ルシアンはほんの少しだけ口元を緩めた。
それ以上は何も言わず、壁にもたれたまま目を閉じる。
セラフィナも毛布を握りしめ、そっと瞼を下ろした。
胸の奥の張り詰めた糸が、少しずつほどけていく。彼の持つ雰囲気により、自然と肩の力が抜けていくセラフィナ。――その夜は、静かに眠りへ落ちていった。




