第7話:銀髪の影
蝋燭がゆらゆらと照らす灯りが、埃交じりの空気を淡く照らす。
扉を押し開けると、静けさの中に細々とした生活の痕が見えた。
小さな食器、寄せ集めの布団、床には使い込まれた木製の椅子。
子供たちは数名、低く身を潜めながらも、目を輝かせてセラフィナを見つめる。
「……こんな場所が……」
セラフィナは震える手を握りしめ、息を整えながら視線を巡らせる。
「ノア兄ちゃん!おかえり!」
数人いる幼い子供の1人が少年に駆け寄る。
セラフィナは、その光景に張り詰めていた緊張の糸が緩むのを感じた。
少年――セラフィナを導いた子――ノアが前に進み、セラフィナに声をかける。
「こっち。汚いけど座って」
礼拝堂の一角に集められた毛布や布団に、セラフィナはそっと腰を下ろす。
他の子供たちはそれぞれ役割があるらしく、火の番をしている子、食料を整える子、古い書物を読みながら周囲を見張る子。
一人ひとりが自然に分担し、生活を成り立たせていた。
「あの…ありがとう。匿ってくれて。それにしても…ここは…?」
思わず口に出すセラフィナに、少年は少し誇らしげに微笑む。
「気にしないで。ここは限られた人しか知らない場所なんだ。だから安心して。」
各々自由に過ごす子ども達を眺めながら、ノアは微笑む
外を見ればはすでに日が沈み、暗闇が辺りを覆い始めていた。
ノアと話していると、礼拝堂の重い扉が再び開いた。
冷たい夜風と共に入ってきたのは、あの夜出会った銀髪の男だった。
髪は襟足までの無造作な銀髪で、夜会のときの整った印象とは対照的だ。
蝋燭の光で照らされた整った顔立ちが、よりはっきりと映し出される。鋭く澄んだ灰緑色の瞳、長身で細身ながら鍛え上げられた体つき。
着崩した黒い外套が存在感を放ち、ただ立っているだけで場の空気を変える。
子供たちは驚きもせず、自然に彼を迎える。
「ルシアン!来てくれたの?」
ノアが笑顔で声をかける。他の子たちも安心した様子で視線を向ける。
ルシアンと呼ばれた男は肩をすくめ、落ち着いた声で答える。
「様子を見に来ただけだ。元気だったか?」
押しつけがましさはなく、自然に子供たちを気にかける。
その視線はセラフィナにも向けられ、目を見開く。
「……あの時の…なぜ姫さんがここに?」
ルシアンの声には、静かな驚きが滲んでいた。
——ここに、他人がいるとは思わなかったのだろう。
セラフィナは息を呑み、目の前のルシアンを観察する。
「…あなたこそ、どうして?」
「たまにこうやって様子を見に来るんだ。最近は物騒な出来事が多いからな。」
そう言いながら、子供たちにパンを差し出し配り始める。
「色々貰ったんだ。食うだろ?」
押しつけず、自然に気を配るその様子。
子供達ははしゃぎながら、貰ったパンを大事に食べ始めた。
その光景の端で。
ずっと気を張り詰めていたセラフィナの肩に、ルシアンの視線がそっと向けられる。
——庭園で見た紫髪の令嬢が、なぜこんな場所にいる。
ルシアンは一瞬だけ言葉を探し、低く問いかけた。
「……姫さん。何があった」
セラフィナは小さく息を呑む。
喉が震え、すぐには声が出なかった。
けれど、ぽつりぽつりと語り始める。
馬車が襲われたこと。
護衛が剣を抜いたこと。
逃げろと叫ばれ、何もわからないまま走ったこと。
「……怖くて、足が動かなくて……でも……」
言葉が途切れた。
ルシアンはそれ以上追及せず、ただ静かに聞いていた。
そして短く息を吐く。
「……そうか」
少し間を置いて。
「怖かっただろ。よく逃げてこられたな」
静かに、しかし確かな声で。
胸の奥がぎゅっと縮まり、全身の力が少しずつ抜けていく。
——ずっと緊張していた心が、ふっと緩む。
肩や背中の張りも消え、息が自然に落ち着くのを感じる。
目の端に熱を帯び、涙が滲んだ。
——こんなに誰かに優しく言われたことはなかった。




