第3話:庭園での出会い
夜会の喧騒が遠くに消え、舞踏室の光も背後で淡く揺れる。
セラフィナはそっと庭園への小径へと足を進めた。
夜気は冷たく、肌を撫でるたび現実を思い出させる。
噴水の水音だけが静かに響き、胸の奥の鎖が、ほんの少しだけ緩むのを感じた。
「——こんな所に来たって、自由になれるはずもないのに」
独り言が夜に溶ける。
その瞬間、背後の影が微かに動いた。
振り返ると、木陰に立つ人影。
長身で黒外套、月光に撫で付けられた銀髪が淡く光る。
灰緑の瞳が夜に静かに光り、やけに整った顔立ちからは威圧感はなく、それでいて不思議な魅力をかもしだしていた。
「……お前、まるで戦場にいるような顔だな」
低く落ち着いた声。
「……誰?」
思わず口をついた。声はほんの少し震えている。
男は肩をすくめ、鼻で笑った。
「ただの通りすがりさ。——夜の庭は退屈だから、見てただけ」
「……そうなんですね」
セラフィナは小さく息を吐く。
——その声はほんの少し震えたけれど、目は自然に男の美しい銀髪を追っていた。
——知らず知らず、視線が洗練された佇まいに吸い寄せられていく。
「肩に力入りすぎだ。手も固まってる」
その言葉に、セラフィナは思わず顔を背ける。——恥ずかしい。
男は肩をすくめ、鼻で笑った。
「——無理に笑おうとしてる顔も、よく見える」
セラフィナは小さく唇を噛み、顔を少し赤らめる。
「……あんまりジロジロ見ないでください」
——恥ずかしさで声が少し震える。
男は軽く肩をすくめ、鼻で笑った。
「悪りぃ悪りぃ。ついからかっちまったな」
口元にわずかに笑みを浮かべる。
「美人が恥ずかしがる顔は、悪くないな」
セラフィナは思わず目を逸らす。
少し間を置き、男は肩越しに静かに訊く。
「……しかし、あんな顔になるには理由があるだろ?」
——低く、微かに優しさを含む声。
「悩みでもあったのか? なきゃ、あんな戦場みたいな顔はしないだろ」
セラフィナは小さく息を呑む。
——誰にも言ったことのない本心を見透かされた気がした。
「……そんなに顔に出てましたか?」
不安になり、伺うように男を見た。
男は軽く微笑む。
「話したくないなら無理に言わなくていい。……でも、話して楽になる時もある。」
セラフィナは小さく震える声で、ぽつりと零した。
「……夜会では、いつも息が詰まるんです。……完璧でいなきゃって、ずっと思って……」
男は頷き、眼差しを柔らかくする。
「なるほどな……そうか、だからあんな顔をしてたんだ」
——否定も同情もせず、ただ受け止めるだけのその視線に、セラフィナは心の奥から少し安心した。
男は少し微笑み、低く静かな声で言った。
「忘れるな。どんなに重い鎖も、心に自由があれば折れはしない」
——その言葉が、胸の奥に小さな灯をともす。
セラフィナは、この温かな言葉をくれた男に向き、お礼を言おうと視線を向けた。
そんなセラフィナを遮るように男は小さく笑う。
「悪りぃ、でも続きはまた今度だな」
その瞬間、遠くから父親の声が響く。
「セラフィナ、どこにいる!」
セラフィナは慌てて声のした方を振り向き、
また男の方へ顔を向ける
「じゃあな。紫髪のお嬢さん」
その声が夜気に溶けるように消えると、男の姿も闇に溶けるように消えていった。
セラフィナは立ち止まり、胸を抑えながら息を整える。
——男はもういない。だが、心の奥のざわめきはまだ消えていなかった。




