死なないだけの突撃兵 1
破壊され、未だ燃え続ける建物群の中で、それは見つかった。
「おっ、珍しい……女だぞ」
「本当ですね……勿体無い。顔はいいのに、前線に送られるなんて」
女の身体は、すでに原型を保っていなかった。
胴には無数の穴が穿たれ、片腕は付け根から失われている。
「………先に行ってくれ」
「ハァ……律儀ですね。その女、帝国の人間ですよ?
わざわざ祈らなくても……」
「わかってるさ……だが、こいつも望んでこうなったわけじゃないだろう」
「……先に行っときますね。他にはいないでしょうが」
「……」
男は手を合わせた。
そして、ふと考える。
もしも自分の娘が、同じ目に遭ったとしたら。
こいつにも、家族がいたかもしれない。
そんな考えを振り払うように、男は踵を返した。
仲間に追いつくために。
この死体を、これ以上見ないために。
「あんた、いいやつだな」
「……は?」
振り返った時には、すでに遅かった。
先程まで死体だったはずの女が、ナイフを握り、
それを自らの首へ突き立てていた。
「がっ……」
叫ぼうとした。
知らせようとした。
だが――
「……」
すべては遅かった。
走馬灯が溢れる。
祖国に残してきた家族のこと。
妻のこと。
ようやく喋り始めた、娘のこと。
それらを思い浮かべながら、
男の生涯は、静かに幕を閉じた。
――
「……」
女は男を見る。
いや、先程まで生きていた存在を、ただ視界に収める。
そして――
「……」
迷いなく屈み、男の装備を奪い取る。
銃を手に取り、まだ遠くに見えている男の仲間へと銃口を向けた。
「……ふぅ」
小さく息を吐く。
距離はある。射程外と言っていい。
だが、関係ない。
長年の経験が告げていた。
そして何よりも――自分自身を信じていた。
引き金に、力をかける。
――
「何で……あんな人が、前線に来たんだろう」
律儀で、愛想が良く、
何よりも家族を愛している。
そんな男が、なぜ前線に来ていたのか。
「……」
思う。
前線に来るのは、ああいう人ではなく、
自らのような存在だけでいいのではないか、と。
……強盗殺人の死刑囚。
何も違わない。
たとえ家族を守るためだったとしても、
人を殺したという事実に、嘘はないのだから。
だからこそ、
政府の――悪魔の囁きに、乗った。
そんな事を考えていた、その時だった。
バン!
銃声が響いた。
反射的に後ろを振り返る。
そこには、地に倒れた男と、
その男の銃をこちらへ向けている、片手の女がいた。
「……なっ」
声を出した時には、すでに遅かった。
弾丸が、自分の頭を撃ち抜く。
……倒れる。
考える暇もない。
何かを思い出すことすらないまま――
――
「っ……ハァ」
止めていた息を吐き出す。
慟哭する心臓を、なんとか落ち着かせる。
……何百人と相手にしてきたというのに、未だに慣れない。
慣れるはずがない。
「……」
女は、自らの肉体を見つめる。
穴が開き、片腕が失われ、
――生物としては、死んでいてもおかしくない状態の体を。
だが、その体に異変が起こった。
気味の悪い音を立て、肉がゆっくりと再生し始める。
穴は塞がり、欠損していた片腕も戻る。
数秒後には、
五体満足、擦り傷ひとつない女がそこに立っていた。
女は再生した箇所を、点検するかのように確認する。
そして、先ほど倒れた男の仲間のもとへ歩み寄り、顔を確かめた。
「……ハァ」
ため息をつく。
「……違ったか」
その声は、絶望にも、
あるいは当然だという諦観にも聞こえた。
「……英雄が、この程度で死ぬわけがないもんな」
英雄――
言葉の通り、偉業を成し遂げた存在。
その場にいるだけで士気が上がり、
その力は“一騎当千”と言われるほどのものだった。
女は、倒れた男の鞄を漁る。
何か情報がないか、確認するためだ。
「……あった」
紙が一枚。
今の時代にしては古臭いが、
戦争であれば処分も簡単で、合理的な方法だろう。
「……英雄は、しっかりといるらしい」
紙には、
援軍として英雄が派遣される、とだけ書かれていた。
「……探そう」
女は直ちに、この場を離れる準備を整える。
すでに、敵はこの二人の死亡に気付いているだろう。
――なぜなら、この二人の装備、
正確には銃が関係している。
この世界の生き物には、必ず固有の魔力の波がある。
その波を登録し、
その人物の魔力を弾丸に変換して扱えるのが、この銃だ。
さらにこの銃には、
位置情報を伝える機能と、
魔力が補給された後、一分間補給されなければ
ロックがかかる機能も備わっている。
かつての帝国が製作した兵器が、
今や帝国の喉元に食らいつこうとしている――
皮肉な話だ。
「……いつ終わるんだろうか」
女は考える。この先のことを。
帝国は確かに強い。
だが、それは一対一の戦争ならばの話だ。
……やりすぎたのだ。
既に周辺国家はすべて敵国となり、四面楚歌の状態。
未だに帝国が存続しているのは、
ひとえにその技術力による強力な兵器の存在のおかげである。
この街も、かつては栄えていた。
帝国の入り口として、多くの人々が生活を営んでいた。
数百万人が暮らしていた。
……いまや、廃墟に成り果てている。
かつての面影すらも、跡形もない。
「……」
女は歩く。
廃墟を。
目的の存在を探すために。
……自らの存在意義を、成すために。




