ロボットは普通に生きたい 2
――魔力残量:3%
――魔石劣化:臨界
――魂消費率:上昇
(……来たか)
表示を確認した瞬間、左脚の駆動がわずかに遅れた。
ほんの一瞬。だが、この身体にとっては致命的な誤差だ。
夜の森は静かだった。
静かすぎて、魔力反応がほとんど拾えない。
(魔物が……いない)
いや、正確には「交換する価値のある魔物がいない」。
歩こうとすると、胸の奥が熱を持つ。
魔石ではない。
魂そのものが動力に回され始めている。
この段階に入ると、世界が異様に鮮明になる。
風の流れ。
土の湿り気。
遠くの街の灯り。
(……やめろ)
鮮明になるということは、それだけ燃えているということだ。
魔法を使えば楽になる。
跳躍一回。
探知一回。
それだけで、強い魔物を見つけられるかもしれない。
だが、魔法は魂を直接燃やす。
魔石を介さない。
効率はいい。
寿命は、短い。
「……まだだ」
声が震えた。
恐怖だ。
一歩踏み出す。
今度は右腕の感覚が遅れた。
指先が、世界から置いていかれる。
――魂消費率:危険域
(……終わるのか)
この身体が止まったら、どうなる?
停止か。
それとも、魂の消失か。
考えるな。
考えれば削れる。
だが、思考は止まらない。
それが魂を持つ存在の欠陥だ。
そのとき、微弱だが、少し濃い魔力反応を感知した。
(……魔物)
希望に近い何か。
だが、膝が崩れた。
脚部駆動、停止。
地面に手をつく。
呼吸を整えるふりをする。
呼吸は必要ないのに、人間だった頃の癖が抜けない。
――魂消費率:限界接近
魔物の唸り声。
逃げられない。
立てない。
選択肢は二つ。
魔法を使う。
魂を燃やして生きる。
使わない。
ここで終わる。
魔法少女の姿が脳裏をよぎった。
魂を燃やして、人を守る存在。
(……皮肉だ)
指先に、わずかな魔力が集まりかける。
その瞬間――
別の魔力反応が、世界を塗り替えた。
圧倒的。
清浄。
正しい。
魔法少女だ。
次の瞬間、魔物の気配が消える。
戦闘音は、ほとんど聞こえなかった。
(……来るな)
思考が、そこで途切れかける。
――魔力回路:強制遮断
視界が暗転する直前、声が聞こえた。
「……大丈夫?」
柔らかい声。
魔力を帯びた、人間の声。
肩に触れられた瞬間、警告が走る。
――外部魔力干渉
――魂反応:共鳴傾向
(……まずい)
この身体は、魔法少女に近づくために造られた。
共鳴しやすい。
彼女が治癒魔法を使えば、
俺の魂は――
意識が、完全に落ちた。
⸻
次に目を覚ましたとき、天井があった。
人間の建物。
簡易結界。
魔法少女側のセーフハウス。
――応急魔力供給:持続中
――魂消費率:低下
(……動いてる)
生きている、というより、稼働している。
「まだ動かないで」
声。
魔法少女だ。
変身は解いている。
普通の少女の姿。
それでも、魔力は隠しきれていない。
「魔力、吸われてる?」
「うん。応急処置」
隠さない。
正直だ。
「あなた、無茶しすぎ。
普通なら、途中で倒れるよ」
(……知ってる)
「病気?」
視線が、胸元に向かう。
心臓部。
「……体質」
嘘だが、人間的な嘘。
彼女は深追いしなかった。
「生きてる。それでいいよ」
その言葉に、胸の奥が反応する。
――魂消費率:微増
(……やめろ)
優しさは毒だ。
「魔法少女、なんだよな」
「うん」
軽い返事。
「……大変だろ」
「慣れたよ」
魂の燃焼率は、高いままだ。
彼女は守るために燃やしている。
俺は、生きるために削られている。
「もし、生きるために魔力が必要だって言われたら?」
「……生きる」
即答だった。
魔法少女は、少し驚いてから笑った。
その瞬間、警告が走る。
――魂共鳴:強
(……近づきすぎだ)
ここにいれば、俺は壊れる。
布団から身を起こす。
「もう、行く」
「まだ無理!」
引き止める手を、避ける。
結界の境界を越えた瞬間、胸の奥が冷えた。
――外部魔力供給:終了
(……それでいい)
振り返らない。
この出会いは、終わらない。
だが今は、今日を延ばす。
俺は夜の街へ戻った。




