ロボットは普通に生きたい 1
視界の隅に、淡い表示が浮かぶ。
――魔力残量:17%
――魂消費率:安定
――稼働可能時間:不明
不明、という言葉ほど信用できないものはない。
計算できないという意味だからだ。
(……まだ動ける)
それだけを確認し、瓦礫の影から身体を引き抜く。
人工皮膚に付着した埃を払う動作は無意識だ。
人間らしく見せるために組み込まれた癖。
ここは数時間前まで、悪の組織の支部だった。
俺を造り、管理し、使うはずだった場所。
今はただの廃墟だ。
魔法少女の魔力は、理論を無視していた。
防壁は内側から破壊され、魔力遮断層は意味を成さず、
施設は「消去」されたと言った方が近い。
その光景を、俺は瓦礫の下から観測していた。
(観測対象に、観測される側が壊された)
皮肉だが、考えるのは無駄だ。
考えれば魂が削れる。
この身体は、魂を主燃料として動く。
魔力は補助。
魔石は緩衝材。
魂を直接使えば、出力は上がる。
魔法も安定する。
だが、その分――終わりが近づく。
だから、俺は魔法を使わない。
逃走経路は事前に計算されていなかった。
支部が壊される想定は、上位シナリオではあっても、
俺の行動権限には含まれていなかったからだ。
(つまり、俺は想定外の存在になった)
想定外の兵器は、廃棄される。
人の気配を避け、街の外れへ向かう。
魔法少女の戦闘後は、必ず調査が入る。
人間の警察か、別の魔法組織か、それとも――元の組織か。
どれに見つかっても、俺の居場所はない。
雑木林に入ると、魔力反応が散らばっているのを感知した。
野生魔物。小型。低危険度。
(表示通りだな)
身体能力を抑制し、歩幅を調整する。
人間の少女と同じ速度。
同じ呼吸数。
擬態は完璧だ。
魔法少女に近づくために造られたのだから。
草が揺れた。
魔物がこちらを見ている。
知性は低い。警戒よりも空腹が勝っている。
踏み込む。
跳躍は使わない。
魂消費を抑える。
拳が顎を打ち、骨格が歪む感触が返ってくる。
金属骨格は衝撃を吸収し、反動はない。
魔物が倒れ、魔力が霧散する。
残ったのは、魔石。
拾い上げると、すぐに品質がわかる。
濁っている。脈動が弱い。
(持っても数時間)
それでも必要だ。
胸部装甲を開き、コアを露出させる。
この瞬間が、一番嫌いだ。
魂と世界の境界が、曖昧になる感覚。
自分が“エネルギー”でしかないと、思い知らされる。
――魔石交換
――供給再開
一瞬、視界が揺れる。
(……生きてる)
その表現も、もう正確ではないかもしれない。
立ち上がり、歩き出す。
次の魔物を探すために。
途中、人間の生活音が聞こえた。
車のエンジン。話し声。笑い声。
足が、わずかに止まる。
(……無駄だ)
あそこに混じる資格はない。
この身体は、人間社会で生きるようには作られていない。
魔法少女に近づき、観測し、必要なら対処する。
それだけの存在。
なのに――
遠くで、強い魔力反応が再び揺らいだ。
先ほどより近い。
魔法少女だ。
魂が、わずかに熱を持つ。
反射的な反応。
この身体の本来の役割。
――魂消費率:微増
(……近づくな)
命令ではない。
自分への警告だ。
今、彼女たちに見つかれば、
俺は「敵」か「救助対象」か、どちらかに分類される。
どちらも、終わりだ。
俺は背を向け、森の奥へ進む。
魔力反応が弱まる方向へ。
魔石の残量は、すでに心許ない。
次を狩らなければ、夜を越えられない。
(生きる)
理由はそれだけでいい。
魂を燃やす選択は、まだ先だ。
俺は、今日を延ばすためだけに、歩き続けた。




