俺はラッパー、でも叫びたがり
Yo、マイク握って笑顔でSay!
でも心の奥じゃ叫びてぇ
「愛してる」より「ぶっ壊せ」
そんな衝動、誰も知らねぇ
---
風間響、24歳。
昼はスタジアムDJとして、観客を盛り上げるラップを刻む。
「盛り上がっていこうぜ!」と笑顔で叫ぶ彼の姿は、誰もが好感を持つ“陽キャ”そのもの。
観客の歓声、ビートに乗る声、手を振る子どもたち。
響はその中心で、明るく、軽快に、完璧な“盛り上げ役”を演じていた。
でも、誰も知らない。
彼の心の奥には、叫びたい衝動が眠っていることを。
その衝動は、誰にも見せられない。
誰にも理解されない。
だからこそ、彼は“ラッパー”という仮面をかぶって生きている。
夜。
響は仕事を終えると、誰にも言わずに地下室へ向かう。
古びた防音扉を開けると、そこにはギターアンプ、ミキサー、マイクスタンド、そして壁一面に貼られた歌詞の断片。
「壊せ」「燃やせ」「黙るな」「叫べ」
それは、彼の“もう一つの声”だった。
ギターの轟音が響く。
ドラムの打撃音が心臓を叩く。
そして、響の咆哮がマイクに乗る。
ラップではない。
それは、怒りと痛みと孤独を吐き出す“叫び”だった。
音楽学校時代、響はメタルバンドを組んでいた。
仲間と作った曲は、叫びと詩が混ざった魂の塊だった。
だが、ある日、講師に言われた言葉が彼の心を折った。
「君の声は優しい。メタルには向いてない」
その一言で、彼はマイクを置いた。
仲間は解散し、響は“叫ぶこと”を封印した。
ラップなら“陽気”に振る舞える。
誰も傷つけない。
誰にも嫌われない。
響はそう思い込んで、スタジアムDJの道を選んだ。
でも、心は叫びたがっていた。
誰にも言えない痛みを、誰にも届かない声で。
ある夜、響は地下室で録音した音源を匿名でネットにアップする。
タイトルは《叫歌》。
誰にも知られず、誰にも見られず。
ただ、叫びを外に出したかった。
それは、誰かに届くことを願ったわけじゃない。
ただ、自分の中の“爆発”を外に逃がしたかっただけ。
そして翌朝。
スタジアムの観客席から、誰かが叫んだ。
「昨日の《叫歌》、ヤバかった!誰が歌ってんの?」
響の心臓が跳ねた。
誰かが、あの叫びを聴いていた。
誰かが、あの怒りに共鳴していた。
でも、俺はラッパー。
笑顔でSay!
叫びは、まだ隠しておく。
その日、響はいつもより少しだけ声が震えていた。
でも誰も気づかない。
彼の中で、何かが静かに目を覚ましたことを。




