8話
「いい?絶対に二人でここから出るよ」
「...うん!でも、どうやって...?」
「そうね。地下の檻は電子的な作りだったから、ボタン一つで開けることができたけど、ここはそうもいかないよね」
たった二人で誓い合った脱出。
早くも僕らはどうしたらよいかと行き詰まってしまっていた。
この村から出るよりも先に、僕らはこの檻を開ける手段すら持ち合わせていない。
時間があとどれくらい残されているかも分からない。
そして、解決しなければならない問題はそれだけではなかった。
「...あのね三葉。凄く言いにくいのだけど、やっぱり僕は行けないかもしれない」
「まだそんなこと言ってるの?」
「...ううん、諦めたとかそういうのじゃなくてね。君の言う通り、あまり食べてなかったからなのか、上手く身体に力が入らないんだよ」
「立てないってこと?」
「...うん」
三葉はそれを聞くと、少し眉間にシワを寄せて、何やら考える素振りを見せた。
僕はそれがなんだかとても申し訳なくなって、呟くように彼女に謝罪をした。
「...ごめんね」
「別に焔は何も悪くないよ。ただどうしようか考えていただけ」
「...うん」
「落ち込んだところでどうしようもないでしょ?それよりこれからのことを考えなくちゃ」
まだ少し後ろ向きな考えから抜けきれない僕とは違って、三葉は至って冷静かつ前向きだった。
そして、突然、何やらハッとした表情を見せると、胸元から裁縫道具の入った箱を取りだした。
「...何か使うの?」
「もう一個地下から取ってきたものがあったのを思い出したの!」
三葉はそう言って箱を開けると、中には裁縫道具ではなく、恐らく割れてしまったであろう小さな赤い石のようなものが2つだけ入っていた。
それは今まで見たことがないくらい美しく、同時に何故かとても恐ろしい感じがした。
何やら触れてはいけないような、そんな雰囲気を纏っていたが、彼女はそんなこと微塵も気にする様子もなく、一切躊躇うことなくそれを手に取った。
「...何...それ...?」
「私にもよく分からない、資料とかも断片的にしか見ることができなかったから。でも、これを使えばとてつもない回復力と強い力が手に入るって書いてあった」
「...ちから?」
「そう。これを使えば焔も元気になって、ここから出られるかもしれない」
「...だ、大丈夫かな?」
「今はリスクを考えても仕方がないよ。とにかく何でもいいから試してみなきゃ。あとどれだけ時間が残されているかも分からないし」
三葉の言う通りだった。
恐らくこれ以上考えたところで、解決策など見つからないだろう。
彼女の見たものが本当に正しいのなら、絶望の中で何度も欲したような力が手に入るというのは、僕にとって大変喜ばしいことであった。
なにより、彼女が言うことなのだから、試してみる価値はあると思ったのだ。
「...どうやって使うの?」
「それもよく分からなくて...“体内に取り込む”とは書いてあったけど」
「...食べるってことかな?」
「うーん、確かに言葉の意味的にはそうなるね。丁度2つあるし一緒に食べてみよう!」
そう言うと、三葉は赤い石のようなものを、一つは自分の手に、もう一つは僕の手に差し出した。
僕は恐る恐るそれに触れてみたが、想像していたよりも呆気なく手の中に収まったので、なんだか拍子抜けしてしまった。
「...綺麗だね」
「そうだね、宝石みたい」
「...美味しいのかな?」
「ふふっ、何味だと思う?」
「...うーん、色が似てるし、グミの実みたいな味がすると嬉しいな!」
「じゃあ、私は苺味がいい!」
僕らはそう言って笑い合い、互いの顔を見て頷くと、同時にその赤い石を口の中へと入れた。
...。
残念ながら味はしなかった。
それどころかやはりこれはただの石のようで、飲み込むのに少しばかり苦労したが、小さかったというのもあったので、なんとか喉を通すことができた。
...ゴクリ。
飲み込んだ後に訪れた静寂の中、二人して首を傾げていると、何やら胸というかお腹というか、身体に違和感を覚え始めた。
お酒など飲んだこともなかったが、例えるならその感覚に似ていて、身体中が燃えるように熱くなり、なんだかとても気分が高ぶってくるようだった。
息が荒くなるのと同時に、何故だかとてもやる気に満ち溢れてきたので、身体に力を入れてみると、想像よりも勢いよく立ち上がることができた。
「うわ!何これ!?」
「すごい!立てたね!」
「それだけじゃないよ!」
「うん!分かるよ!なんだか凄く力がみなぎってくる!」
興奮し切った様子の三葉と僕は、そう言ってひとしきりはしゃぐと、もう一度顔を見合せ、互いに頷いた。
そして、二人で手を合わせるかのようにして、木でできた檻に向かって思い切り、力を込めた。
...バキッ!!バキバキッ!!
大きな音と共に檻が壊れる。
潰れるようにして空いたその穴は、子供一人がくぐり抜けるには大き過ぎるほどであった。
僕は堂々とした足取りで檻から出ると、再び三葉の身体を強く抱き締めた。
彼女もそれに応えるかのように僕の身体を強く抱き締める。
もう二人の間を邪魔するものなく、全身から伝わってくる彼女の熱と鼓動を、僕は愛おしくめいいっぱい感じていた。
しばらくして、何やら上の方が少し騒がしくなってきた。
恐らく祈祷師が村の大人達と共に、僕らのことを捕まえに来ようとしているのだろう。
しかし、今の僕らには怖いものなんて一つもなかった。
僕らは密着した距離から少しだけ離れると、ゆっくりと両の手を繋ぎ合わせ、互いの額をコツンと当て合い、身体の底から湧き上がる力に身を委ねた。
ーーーー。
それは一瞬の出来事だった。
二人の身体から赤い光のようなものが放たれると、同時に衝撃波のような力が解き放たれ、ありとあらゆるものを破壊していった。
捕らわれていた檻や不気味な長い階段だけでなく、上にあった屋敷までもがあっという間に吹き飛んで、空の彼方へと消えていく。
地上にあるものを全て吹き飛ばし、僕らが目を開けた時には、満天の星々と月明かりが美しい空が視界いっぱいに広がっていた。
そのあまりの美しさに呆気に取られていたのも束の間、三葉は勢いよく僕の元から離れると、突然地上へ向かって大きく飛び上がった。
それはとても人が為せる技ではなかったが、何故だか自分にもそれができる気がしたので、彼女を真似て僕は思い切り飛び上がってみた。
すると、身体はまるで木の葉のように軽々と宙を舞い、僕は地上へと降り立った。
静寂に包まれた夜の村。
屋敷から少し離れた場所にある小屋のような家々は、まるで何事もなかったかのように、いつも通り平和に佇んでいた。
初夏の生ぬるい気温を夜風が心地よくさせていて、山の方から僅かに聞こえてくるコオロギの鳴き声が、まるで雅な風景を作り上げていた。
そんな中、僕の目に映ったのは、少し先で嬉しそうに大笑いをしながら駆け出し、はしゃぎ回る三葉の姿だった。
それはまるで小さな幼子のようで、珍しく年相応な姿と、今までにないくらいの喜びに満ちた笑顔を見て、僕の胸は喜びでいっぱいになった。
そして、そんな彼女につられて、僕も大はしゃぎをしながら思い切り走り回った。
檻の中に閉じ込められてから一体どれだけの年月が経ったであろう。
誰かと目が合うことすら許されず、なるべく下を向き続けていたのが、こうして美しい夜空を、豊かな緑を、大好きな人を、見ることができる。
誰かと口を聞くことも許されず、何があっても声を出さないようにと耐え抜いていたのが、遠くのお山にも響き渡るほどの大きな声を上げて笑うことができる。
誰かと触れ合うことも許されず、人の温もりなど一つも知らなかったのが、愛する人の肩に触れ、手を掴み、じゃれ合うことができる。
誰にも気づかれぬようにと密かに願い続けた自由を、誰にも理解されずに蔑まれてきた夢を、僕らはついに手にしたのだ。




