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Gehenna-ゲヘナ-  作者: Filmrêve(フィルムレーヴ)
呪われた村
98/104

7話

祈祷師と話をしてから、僕は食事をまともにとることもできず、ずっと地面に倒れ伏していた。

目を開けては涙を流し、そっと目を閉じては眠ることを繰り返す。

どんなに叩かれようとも、食事を無理やり食べさせられようともされるがままで、自分が生きているのかさえ、よく分からなくなっていた。


一体どれほどの時間が経ったのか。

今ではもう涙もすっかり枯れ果てて、ちゃんと食べていないせいでロクに力も入らず、絶望ばかりが身を包んだ。

ただなるべく、何も感じないようにと心を殺し続けていた。


お山の神様にお祈りをしていたこともあった。

どうか三葉が無事でいてくれますようにと。

どうか彼女が辛い思いをしていないようにと。

もう一度だけでいいから彼女に会いたいと。

それすらも今では考えられなくなっていた。


生きることも、死ぬことも、僕には許されてはいない。

何も見えず、何も考えられず、何も感じず、ただ床に倒れ込むこと以外、何一つ僕には許されていないのだ。


そうして今日も微かに開いた視界をゆっくりと閉じた。

今が朝なのか夜なのかもよく分からなかったが、とにかく眠りたかった。


目を閉じてしばらくすると、見たくもない情景ばかりが夢となって現れる。

罵声や石を投げつける村人達、不気味に笑う祈祷師の姿、悲痛な姿と成り果てた彼女の姿。

もうそんな悪夢にすら何も感じない。

あまりの絶望に心が麻痺してきた。


「...ほ...ら...」


暗闇の奥で声が聞こえた気がした。

それも今の僕にとってはどうでもよかった。


「...ほ...む....ら...」


それはきっと幻聴であろう。

呪われた僕の名前を呼ぶ人なんて、彼女の他にはいない。


「...ほ...むら...」


頼むからもうやめて。

聞きたくもない。

思い出すとまた涙が出てくる。


「...ほ...むら...ほむら...」


あまりにしつこいその幻聴に違和感を覚え始めた頃、その声が間違いなく自分の耳から聞こえてきているということに気がつき始めた。


「焔!」


絶望の底にいた僕の名前を強く呼ぶ声に、ゆっくりと目を開いた。

そして、重たい身体をなんとか起こして檻の方へと顔を向けると、そこには心の底から会いたかった人がボロボロで泣き腫らした姿で檻を掴んでいた。


「....み...つは...?」

「どうしてそんなにやつれているの!?」

「...なんで...何で...?」

「何でじゃない!この馬鹿!死んじゃってるかと思ったじゃない!」


彼女はそう言って目に涙を沢山溜めながら、僕に向かって怒っていた。

涙で濡れていても、力強い眼差しは相変わらずで、僕を捉えて離さなかった。


「...無事...だったの?」

「私の心配をしてる場合!?外傷もないのに弱っているなんて、あなた何も食べてないでしょ!?餓死しようだなんて許さないから!」

「...よかった...無事で...」

「少しは人の話を聞きなさい!!」


三葉はそう叫ぶと、川が氾濫したかのような大量の涙を流しながら、大きな声で泣きじゃくった。

僕は彼女に怒られたことよりも、彼女とまた会えたことが嬉しくてたまらなかった。

それは闇に包まれていた心が一瞬にして晴れ渡ったかのような感覚であった。


しばらくして、あんまり三葉が泣き続けるものだから、僕は重い身体をなんとか動かし、地面を這って彼女の元に近づいた。

そして、檻の間から手を出すと、彼女の頭を優しく撫でた。


「...三葉、あのね。君にもう一度会えたら言いたかったことがあるんだ...。僕を見つけてくれてありがとう。話しかけてくれてありがとう。出会ってくれて本当にありがとう...。僕はね、賢くて優しい君のことが大好きだよ」

「...何それ...そんなの私の方こそありがとうだよ!焔だけだったもん!私のことを信じてくれたのは!私と話してくれたのは!私に笑いかけてくれたのは!焔だけ...!私だって...私だって焔のこと大好きだよ!」


三葉はそう言うと、僕の身体を強く抱き締めた。

僕らの間に挟まれた檻は抱擁をぎこちなくさせていたが、それでも伝わってくる彼女の温もりが、鼓動が、冷えきった僕の胸に確かな熱を灯した。

幸せでたまらなかったのに、枯れたはずの涙がポタポタと溢れてきて、幸福の涙とはこんなにも美しいものなのかと、僕は初めて知ることができた。


涙が少しだけ収まり、落ち着いてきた三葉の様子を見て、僕は再び彼女の頭を撫でながら、別れの言葉を告げようとした。


「...本当にありがとう、三葉。君のことずっと思っているから...どうか幸せになってね」

「何を言ってるの?まるで最後のお別れみたいに...」

「...そう...そうだよ。これでお別れしないと。僕とはもう会ってはいけないんだよ...。また危ない目に遭ってしまう。だから...」

「絶っ対に嫌」


自分で言うのもなんだが、僕はその時、感動の別れを迎えるために言葉を紡いでいた。

しかし、三葉はそんな言葉を無慈悲にも一刀両断し、さきほどの涙がまるで嘘かのように、冷静かつ毅然とした態度でそう言った。


「...えっと、三葉?あのね、最後までちゃんと...」

「そんな馬鹿げたこと言うなんて思わなかった。焔こそ私の話ちゃんと聞いて」

「...はい」


いつも通りツンとした態度で三葉がそう言うものだから、僕は思わず反省するかのように口を閉ざしてしまった。

彼女はそんな僕を見て、やれやれと言わんばかりにため息をこぼしながら、話を続けた。


「私ね今までずっと閉じ込められていたの」

「...え?」

「この屋敷の奥にはもう一つ隠された地下室があってね。そこには私でも見たことがないような最新施設が広がっていて、その中にある檻に閉じ込められたの」

「...」


彼女の話に僕は何も言うことができなかった。

何もかもを諦めようとしていた時に湧き上がった疑惑が、僕の中でまだ渦を巻いていたから。

これがまた彼女の空想の話なのではないかと、そう思ってしまっていたのだ。

しかし、それを言う勇気もなかったので、ただ黙ってその話を聞き続けていた。


「それでしばらくしたらね、私の檻の中に一つ目の変な化け物が入れられたの。恐らく私を始末しようとしたのね。でも私は持っていた裁縫バサミで目を突いて、無我夢中で突進してくる化け物を利用して檻を壊して外に出たの」

「...」

「そこからはずっと施設の中を隠れながら見て回った。何度も見つかりそうになったけど、馬鹿な大人達には絶対に捕まらなかった」

「...」

「それでね、この村に関する資料とか全部見つけて持ってきたの」

「...え、持ってきた?」


そう言うと彼女は胸元から沢山の紙や写し絵を取り出して、地面いっぱいに広げた。

そこには難しい文字で埋め尽くされた紙と、見るも恐ろしい化け物が描かれたとても上手な絵があって、それらに思わず目が釘付けとなった。


それと同時に彼女が今まで話していたことが全部本当のことだったのだと確信することができた。

いくら三葉であろうと...いや、いくらどんなに技術を持った人間であろうと、このように均等に文字を並べて書き連ねたり、まるで景色を切り取ったかのような絵を色鮮やかに描くことはできないはずだ。


「あまり時間がないからザックリ説明するけど、ここにはとある実験の計画について書かれているの」

「...実験の計画?時間がない?...というか、こんなもの持ってきたらダメなんじゃ...」

「大丈夫。逃げる時に同じような化け物が隔離された檻みたいなの全部空けてきたから、今頃それで大騒ぎしてると思う」

「...へ?」


あまりに突飛なその言葉に、思わず自分でも驚くほど情けない声が出た。

絵に写った怪物が本当に閉じ込められていたのだとしたら、そんなものが解き放たれたら余計に危ないのではないかとも考えたが、そんなことを聞く余地も彼女は与えてはくれなかった。


「とにかく時間がないの!化け物が地下から出てくるか、事態が収拾して祈祷師が私達を捕まえに来るかのどちらなんだよ」

「...僕はもう捕まってるよ?」

「ううん、そうじゃない。私は大きな勘違いをしていたの」

「...勘違い?」

「これは村の子供達を使った実験ではなかった。全て焔を標的に計画された実験だったんだよ」

「...えっ...僕?」

「そう。孤立させ、痛めつけ、苦しませ、その末に得られる状態の焔を使う...つまりはね、焔が絶望して感情を失った時に、この実験は最終段階に映る予定だったんだよ」


三葉はいつも訳の分からない難しい話をしていたが、今日はいつにも増して理解ができなかった。

分からない言葉ではないはずなのに、何故そのようなことをする必要があるのかということが、いくら考えても分からなかった。


「...ど、どういうことか僕にはさっぱり...」

「詳しい話は後でゆっくりしてあげる。とにかく今はここから出なくちゃ」

「...そんなの無理だよ。三葉だけでも安全なところに逃げて」

「この村に安全な場所があると本気で思ってるの?」

「...それは...」

「それに私がいなくなって数日しか経ってないのに、餓死する寸前まで弱りきっちゃうような人が、そんなこと本気で思ってないでしょ」

「...」


三葉の言葉に僕は黙ることしかできなかった。

図星をつかれたというのは正にこのことだろう。

彼女は嬉しそうな少し意地悪な表情でそう言うと、僕の顔を両手で掴んで、いつもよりも真っ直ぐとした目で僕の姿を捉えた。


「焔は私と一緒に外の世界に行くの!二人で本当の親を探しに行こう!」

「...っ...!」


それはキラキラとした夢に満ちた目だった。

絶望して全てを諦めていた僕に、彼女は一瞬にして希望の光を芽生えさせてしまったのだ。

まだ諦めたくないと、幸せを望んで生きていたいと、そう思わせてしまったのだ。

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