5話
あれから三葉は村の人間の目を掻い潜って、何度も僕のいる地下牢へと訪れた。
そして、僕も他の子供達も知らない、“外の世界”について沢山教えてくれた。
彼女が言うには、村の外には“現代社会”というものが広がっていて、この村よりもずっとずっと発展しているらしい。
建ち並ぶ家も、もっと大きく頑丈で、人も数え切れないほど沢山いて、“機械”や“電子機器”など物凄く進んだ技術が溢れていると。
どうして拐われてしまうような小さな幼子がそんなことを知っているのかと聞いたところ、
『私の両親はとても賢い人だったから、私にも同じ才能があると思って、小さい頃から難しい本を沢山読んでくれたからだよ』
と三葉は教えてくれた。
そして、僕は“外の世界”のことだけでなく、彼女自身のことについても沢山知ることができた。
お裁縫が得意でいつも胸元に裁縫道具を持ち歩いていること。
村の女の子達と同じ緑の着物が気に食わないらしく、自分が好きな桃色の着物を手作りしていること。
賢くて大人びていて、いつもツンとしていて少しつれないが、時たま無邪気に笑う姿がとても可愛いこと。
そうして今日も彼女は僕の元へと来てくれた。
今ではすっかり呪いのことなど気にすることもなく、僕らは格子を挟んで背中合わせに座りながら、色々な話をした。
「ねぇ、僕の名前は珍しいの?」
「そうね。この村の人は大半が木とか葉とか花とか自然に関するものが多いから。区別するためにそうつけられたのかもね」
「どうして呪われているなんて嘘をつくんだろう?」
「大衆心理を利用しているんだよ。少なくとも束になった人間の反乱は危険だから。初めから敵意を向ける対象を作っておけば、それを防げると考えたからだと思う」
「そっか」
その一言に三葉は僕の背中から離れて、こちらを向いて聞き返した。
「焔は嫌だと思わないの?この村の人達から酷いことされていて、しかもそれは全部嘘で、利用されているだけなんだよ?」
「うーん、痛いのはあんまり好きじゃないけど、僕以外の人が苦しむよりはいいかな」
「...」
「僕は僕が呪われている方が、誰も傷つかないから嬉しい」
「あなたって本当に馬鹿ね」
「君の賢さには誰も適わないよ」
僕がそう言うと、三葉は少し嬉しそうな悲しそうな顔をした。
それを見て、僕は笑顔になって欲しかったので、ニッコリと彼女に笑いかけた。
すると、彼女はそれに答えるかのように、少しだけ口元を綻ばせてくれた。
「誰もここに来なかったら、あなたの服も直してあげられるのにね」
「ダメだよ、直したら三葉がここに来ているってことがバレちゃう」
「そうね。ただでさえ毎回ここに来る度に屋敷に人がいないか見計らうのも大変なのに、誰か来てるってなったら見張りでもつけられちゃうかもしれないものね」
「誰かいたことあるの?」
「中に入っていく人は何度か見かけたけど、耳を澄ますといつも静かで、その時に入るようにはしてる」
「僕も広場の檻に行く時とか、ここに戻る時とかに少しだけ屋敷の中を見るけど、いつも誰もいないんだ」
その言葉に三葉は何やら考える素振りをして、僕も長年の経験から思いつくことがあり、二人してハッとして目を見合わせた。
「ねぇ、もしかして...」
「うん、多分僕も同じこと考えてる」
「「ここには誰も住んでいない」」
一日中僕はこの地下牢で過ごしているが、物音一つ聞こえては来なかった。
地下がそれほど深いのだと思っていたが、果たして本当にそうであろうか。
いくらなんでも、足音の一つや二つぐらい聞こえてもいいのではないか。
彼女がこんなにも頻繁に忍び入って来てるというのに、一度も人を見ていないなんて有りうるだろうか。
僕が屋敷に出入りした時の違和感、それはあまりの人気の無さだったのではないだろうか。
様々な考えが凄まじい勢いで頭の中に浮かんで来る。
頭のいい彼女と長らく話していた影響だろうか、僕も同じように賢くなっている気がした。
「これは新発見...いえ、大発見ね!」
「いや、で、でも、祈祷師さんはいつも上から降りてくるよ?」
「馬鹿ね。祈祷師はこの屋敷の近くの寺にいつもいるんだよ?あの中も調べてみたいのに、いつも入れないんだから」
「そっか、交代で来てくれてたんだね」
「どういうこと?」
「え?だって、祈祷師さん三人いるから...」
僕の言葉に三葉は驚いた表情を浮かべた。
湧き上がる好奇心が抑えきれず、格子から手を突っ込んで、僕の肩を強く掴みながら、目をキラキラとさせて尋ねてきた。
「それ!どういうこと!?」
「三葉、落ち着いて!ちょっと痛いよ!」
「あ、ごめん!で!どういうこと!?」
「全然落ち着いてない...」
「三人いるってどういうこと!?一人じゃないの??」
「うん、多分。顔とか見たわけじゃないけど、三人はいるはずだよ」
「何で分かるの!?」
「歩き方とか癖かな?足音が違ったりするし、くしゃみとか咳とかした時に少しだけ声も聞こえるけど、同じ人の声じゃなかった」
そう言うと三葉は珍しく感心したかのように、僕に向かって拍手をした。
「焔、すごい!よく観察していたんだね!」
「え、いや、うん。暇だったから、間違い探してただけだよ」
「それにしてもすごいよ!私だって全然分からなかったのに!」
「い、いや〜、それほどでも...」
慣れないお褒めの言葉に照れる僕。
そんな僕をそっちのけに、彼女はまだ収まらない興奮状態で、飛んだり跳ねたりしながら、話を続けた。
「すごい!すごい!じゃあ、やっぱりこの村の中心核は祈祷師だったのね!」
「やっぱり?中心核?どういうこと?」
「小さいとは言え、村一つを使った大規模な実験だよ?大人達をまとめあげる中心となる人物がいるに違いないと思っていたの。一番疑わしかったのは勿論、村で一番敬われている謎多き存在、祈祷師だとは踏んでいたけど、一人で指揮を執るにはやることが多すぎる。演技とはいえ祈祷師にはやらなくてはいけないこと、例えば山の神様へのお祈りとか、子供達に行われる定期的な浄化の儀式とか」
「大変なんだね」
「それにいつもお寺にいる姿を見ていたから、アリバイとしては完璧だった。でも!焔がそれを見抜いたんだよ!」
「え、えっと...僕何か凄いことしたってこと?三葉の役に立てたってことでいいの?」
「役に立ったも何も大手柄だよ!」
その言葉に僕は心の底から喜びを感じた。
生まれてこの方、沢山の人に迷惑をかけたことはあったけど、役に立てたことは一度もなかった。
それどころか、大好きな女の子の役に立つことができただなんて、心が舞うように嬉しかった。
...あれ?僕、今なんて...?
「そうと決まったら、早速調べなくちゃ!三人の祈祷師の特徴とかはどんなのがあるの?」
「え、あ、うん。一人は無口で優しい人で、もう一人はちょっと意地悪な人で...」
「そういうのじゃなくて、もっと気をつけた方がいいこととかだよ」
「え、えーと...あ!一人ちょっと怖い人がいるよ!何だか不気味な人!」
「どんな人なの?」
「うーん、なんて言ったらいいんだろう?なんだか人間じゃないみたいな...」
そう言いかけたその時、僕はいつの間にか三葉の背後に姿を現した祈祷師の存在に気づき、息が止まった。
階段を下りる音どころか、こんな近距離に近づいていたことすら分からなかった。
階段に背を向けていた彼女とは違って、僕は階段の方を向いて座っていたはずだった。
それなのにいつの間にか...いや、その祈祷師は一瞬にして目の前に姿を現したのだ。
そして、運の悪いことに恐らくその祈祷師は、今しがた話していたであろう不気味な三人目の人であった。
「...み...つ...」
僕が声を上げるよりも先に、祈祷師は三葉の首元めがけて強く手を打ちつけた。
彼女は何も分からぬまま、その衝撃によってぐったりと意識を失った。
「三葉!!嫌だ!やめて!!」
僕は格子から手を伸ばして必死に叫んだ。
しかし、祈祷師はそんな僕に見向きもせず、小さな彼女の身体を持ち上げて、そのまま立ち去ろうとした。
「お願いだから!やめて!!連れて行かないで!!彼女を傷つけないで!!」
立ち去ろうとする背中に向かって必死に叫び続ける。
それでも祈祷師は一切こちらを気にすることなく、階段の方へと姿を消そうとする。
その姿に痺れを切らした僕は人生で初めて、三葉が使っていたような酷い言葉を発した。
「聞こえないのか!止まれよ!この馬鹿ぁ!!」
その言葉に祈祷師がようやく歩みを止めた。
僕は抑えきれない興奮を、獣のような荒い息でなんとか抑えて、手を伸ばし続けていた。
祈祷師はそんな僕の方に向かって、ゆっくりと振り返った。
その顔は薄ら見えるだけの目元だけでも分かるほど、不気味で満面の笑顔であった。
僕は一瞬、二人目の人と間違えてしまったのだろうかと考えたが、そうではないことは明白だった。
立ち方、気配...何よりもその得体の知れない恐怖が彼が三人目だと言うことを物語っていた。
喉の奥に冷たく鋭い息が吹き抜けた感じがした。
それとほぼ同時に祈祷師は再び一瞬で目の前に姿を現すと、目にも止まらぬ早さで僕の顔面に向かって鋭い突きを食らわせた。
僕は何も分からぬまま、意識を失った。




