4話
自らを三葉と名乗る女の子。
僕は彼女に名前を聞かれて、ほとんど初めてと言ってもいいであろう自分の名前を答えた。
「焔...火が入る名前なんて珍しいね」
「...火が入る名前?」
「自分の名前でしょ?あなた本当に何も知らないのね。村の人達と同じ」
「...どういうこと?」
それらの言葉にきょとんとする僕を見て、三葉と名乗る女の子は再び仕方なさそうにため息をこぼすと、やれやれと言わんばかりに話し始めた。
「まさかとは思ったけど、あなたでしょ?呪われた忌み子って」
「...うん」
「あなた馬鹿ね。ここにいる大人が言っていることのほとんどが真っ赤な嘘なのに」
「...え?」
その言葉に僕が心底驚いていると、彼女はそんな僕にお構いなしに話を続けた。
「だっておかしいでしょ?声を聞いたり目があっただけで呪われるなんて。非科学的にもほどがある」
「...ひか...てき?」
「初めは声が出ないのかと思っていたけど、声を聞いたって騒ぎ立ててた馬鹿がいたから、確かめてみようと思ったら案の定。あなたは話せるけど、それを禁じられていただけだった」
「...」
「いくら酷い目に遭うからって、あんな馬鹿馬鹿しい話を信じるなんてどうかしてる」
「...で、でも!僕の呪いで厄災が...!」
「あ〜、あの自然災害のことね。あんなものこんな山奥の村になら年に数回は当然に起こりうることよ。後出しジャンケンであなたのせいにしているだけ」
「...後出しジャンケン...」
「そう!あなたもここにいる子供達も、皆この村の大人達に騙されてるの!」
「...どうして?」
「理由についてはまだ解明できていないの。でも、私が思うに...」
得意げになって話をしていた三葉という女の子は、何やら突然ハッとして口を閉ざした。
そして、何故か表情がどんどん暗くなったので、僕は心配になって彼女の元へと近づいた。
「...どうしたの?」
「おかしいと思ったでしょ?私のこと」
「...え?」
「この話をすると皆が私のことおかしくなったんだって言うの。私の頭がどうかしちゃったんだって」
「...」
「でも、私はおかしくなんてない。おかしいのはアイツらだよ!」
「...アイツら?」
「この村の大人達、この村よ。でも、誰一人として信じてくれなかった」
彼女はそう言ってうずくまると、うつむいて顔を両腕で隠してしまった。
僕は彼女が泣いてしまったのではないかと心配して、手を伸ばしかけたが、ハッとしてその手をゆっくりと戻した。
「...僕は信じるよ」
「同情でそんなこと言わなくてもいいよ」
「...む、難しいことはよく分かんないけど、僕も自分が雷や地震が呼べるなんてとても信じられなかったから。君が教えてくれたことはなんだか信じられる気がするんだ」
「ふーん」
「...僕と話をしてくれる人も君が初めてだしね」
「触れると呪いが移るっていう言葉は疑わないのに?」
「...え、いや、疑ってないわけじゃ...」
「じゃあ、どうして手を引いたの?」
「...それは...女の子に気安く触れちゃダメだと思ったから...」
僕がそう言って困った表情を浮かべると、三葉という女の子はうつむいたまま肩を震わせた。
とうとう泣かせてしまったのかと心配したのも束の間、段々と聞こえてきたのは彼女の爽快な笑い声だった。
「何それ、変なの!あははっ!」
「...っ...え、あ、泣いてない...」
「泣いてなんかないよ〜だ!馬鹿に信じてもらえなかったところで痛くも痒くもないもん!」
「...そ、そっか」
「でも、ありがとうね。焔」
彼女はそうお礼を言うと、無邪気に笑った。
僕は今まで太陽よりも眩しいものや、花よりも美しいものがあるとは知らなかった。
彼女の笑顔は正しく太陽よりも光り輝いていて、咲き誇る花々よりも美しく、僕の胸の中心に確かな熱が帯びた。
照れくさそうに笑う僕に気づくことなく、三葉という女の子は満足そうな顔を浮かべながら、先程の話の続きを再び始めた。
「焔、いい?私が考えるに、この村は大規模な実験施設の一つなのよ」
「...じっけんしせつ?」
「そう。どんな実験かはまだ分からないけど、子供達を騙して、その過程を記録しているの」
「...どうしてそう思うの?」
「第一にこの村は食べ物に困らないというところ。普通に考えればこんな外部と離れた大自然の中で生きるには、これだけの人数の子供がいては食料が足らないはずなの。でも、餓死した人間なんて一人もいなかったでしょう?」
「...え、えーと...誰も死んでないことはいいことだね」
「第二にあなたのこと。呪いだの穢れだのと言って脅しているけれど、それならあなたを生かしておく必要がない。さっさと殺すか追放すればいいのに、食事を与えて、手当もして、月に一回部屋の清掃までするんだよ?ある程度生きられる環境を整えている様子から察するに、あなたもこの村の子供達と同じように実験過程の一つなんだよ!」
「...う、うん?いつも感謝してるよ?」
「それから第三に!私、お腹の中にいた時の記憶を持っているの」
「...っ!それって生まれる前ってこと...?」
恐る恐る聞く僕の様子を見て、彼女は不敵な笑みを浮かべながら、何故か一度辺りを確認してから、耳打ちをするような小さな声で話を続けた。
「そう。生まれる前、お母さんのお腹の中にいた時からの記憶」
「...す、すごい...何を覚えているの?」
「水の中で音を聞いてるみたいな感じでね、女の人とか男の人の声...多分お母さんとお父さんね。それから、心地のいい音楽も聞こえた」
「...すごいすごい!...お腹の中だと音楽が聞こえるんだね...!」
「違うよ、多分お母さんが聞かせてくれていたんだと思う。それからね、生まれた瞬間のことも覚えてるの」
「...生まれた瞬間?」
「そう。お母さんのお腹から出て、初めて声を上げた時のこと」
「...っ!どうだった?何か見えた?」
「ううん、何にも見えなかった。でもね、音はちゃんと聞こえてた」
「...何が聞こえたの?」
「沢山の人の声と機械の音」
「...きかい?何それ?」
「今度ちゃんと教えてあげる。とにかくね、その後しばらくはお父さんとお母さんと一緒に暮らしていたの。そこで色々な本を読んでもらったりしてね、私それ全部覚えているの!」
「...ぜ、全部?すごい!何個ぐらい?」
「もの凄く沢山!100個は超えてたよ!」
三葉という女の子は少し興奮気味にそう言った。
僕はこの世で一番大きい数は100だと思っていたので、それよりも沢山という彼女の言葉に驚いて、開いた口が閉じなかった。
「それでね、ある日、外で遊んでいた私を誰かが拐った」
「...っ!だ、誰が?」
「分からない。でも気づいた時にはこの村に連れてこられていたから、この村の誰かだとは思う」
「...そんな...」
「連れて来られた日から全く知らない人が私のお母さんなんて言われて世話を始めて、一緒に暮らすようになったの」
「...」
「でも私全部覚えてたし、意地でも懐いてやらなかった」
「...そ、そっか」
「それにね!私聞いたの!この村に連れて来られるとき、布に包まれてよく見てなかったけど、数人の大人が『新しい子供の要員だ。もっと丁重に扱えよ』って」
「...子供のよういん?」
「何かをするのに必要な人間のこと。だからやっぱりね、この村は何かの実験施設に違いないの!」
正直言って彼女の話のほとんどが、聞きなれない言葉や分からないことばかりで、何を言っているのかさっぱりだった。
しかし、まるで知らない世界について目を輝かせて話す彼女を見ていると、何故か僕も同じようにとてもワクワクした気持ちになった。
もっと知りたいとそう思えたのだった。
「...ねぇ、それから?」
「うーん、それから...もうここまで!」
「...え?」
「だって、ここに来てるのバレちゃったら、私どうされるか分からないもの」
「...あ、そっか...」
もうお別れなのかと少し悲しい気持ちになった僕とは違い、彼女はとても嬉しそうに跳ねながら階段に向かうと、クルリと振り返って僕に向かって言った。
「だから、続きはまた明日!じゃあね、焔!」
『また明日』
その些細な言葉に、僕は心の底から喜びが溢れてたまらなかった。
「...うん!また明日!バイバイ、三葉!」




