3話
躾を受けてから数日後、僕の身体にはいたる所に包帯が巻かれていた。
ヘマさえしなければ数ヶ月ほどは躾を受けることはないのだが、一度ヘマをしてしまうと、こうして全身包帯でグルグル巻きになってしまう。
最初だけは祈祷師が巻いてくれるのだが、その後は数度与えられる包帯を自分で巻かなくてはならない。
これが中々上達せず、いつも一人でもがいては絡まっている。
前に何度か絡まり過ぎて身動きが取れなくなってしまったこともあり、その時は配膳に来た祈祷師も僕の姿を見て固まってしまい、気まずい空気が立ち込めた。
再びそうならないようにと奮闘しているが、巻こうとすればするほど、包帯は思わぬ絡まり方をしてしまう。
そして、今も刻一刻と事態は悪い方向へと進み続けていた。
これは不味いことになったぞ...。
もはや包帯の端っこがどこかも分からない。
どうして結び目があっちとこっちに二つもできているんだ?
左腕には傷がないはずなのに、そこばかり何重にも巻かれている。
何がどうしたらこうなるんだ?
動けば動くほど絡まって、足まで絡まってきた。
こういう時は落ち着いて一本ずつ包帯を手繰り寄せて解いていくものなのだろうが、勿論そんなことを教えてくれる人など僕の傍にはいない。
そのため、もしかしたらあっちに通したら解けるかもと、一縷の望みを賭けてもがき、更に事態を悪化させてしまうのだ。
もう身動きが取れなくなる寸前までいったところで、追い打ちをかけるかのように階段の方から足音が聞こえ始めた。
僕は慌ててどうにかしようと動くが、絡まった包帯が改善されることはなかった。
無慈悲に鳴り響く足音に冷や汗をかいていたその時、ふと、その音に違和感を覚えた。
いつも聞こえてくる音とは違う。
静かにゆっくりと降りる音でもなければ、大きく踏み鳴らすような音でもなく、完璧に等間隔な音でもない。
三人いる祈祷師の誰のものでもない足音。
それはたどたどしいような、恐る恐る降りるような、小さく鳴り響く音であり、まるで降り慣れていない僕と同じ足音だった。
こんな場所に来る人間を僕は祈祷師以外に知らない。
村の人間は皆等しく、ここには近づいてはいけないと教えられているはずで、それを破る人間もいなかった。
僕は未知なる恐怖に身体を竦めながら、目を見開いて薄暗い階段を凝視していた。
しばらくして足音が徐々に近づくと、階段の上から誰かが姿を現した。
それは僕と同じくらいの年恰好をした小さな女の子の姿であった。
可愛らしい桃色の着物に、黄色の帯を何故か前で結んでいて、肩ほどの長髪が美しい女の子。
クリクリとした黒い瞳が真っ直ぐと僕を捉えて離さず、力強いその眼差しに僕は硬直する他なかった。
すると、そんな僕に向かってまるで遠慮する様子もなく、ハッキリとした口調で女の子が話し掛けてきた。
「ねぇ、何しているの?」
僕はその言葉に酷く驚いた。
生まれてこの方、僕が覚えている限りの人生の中で、罵声や脅し以外で僕に話し掛ける人間がいたことなど一度もなかった。
そもそも答える必要のある問い掛けを、話すことを禁じられた僕にするなんて、この女の子は一体何を考えているのだろうか。
様々な考えが頭の中を巡り、一向にまとまらない思考が更に頭を混乱させた。
しかし、いつまで経っても話せずに戸惑っている僕を見て、女の子は首を傾げながらこちらに近づいて来た。
僕はその姿を見て、咄嗟に声が出てしまった。
「来ちゃダメ!」
突然の声に女の子は足を止める。
僕は声を出してからようやくハッとして、青ざめた表情で女の子の方へと視線を向けた。
もしかしたら僕を試すために遣わされた子なのかもしれないという考えが一瞬頭をよぎったが、そんな杞憂を取り払うかのように、女の子は言葉を続けた。
「何だ、話せるじゃない」
「...」
「何してるの?何でそっちに行っちゃダメなの?」
「...」
「声が出ないわけじゃないなら答えてよ。お喋りは嫌い?それとも“あなたも”私と話したくないって言うの?」
“あなたも”?一体何を言っているんだろうか?
というか、さっきから僕に話し掛けているが、この子は呪いについて本当に何も知らないのだろうか?
どう答えたらよいのかも分からず、黙ることしかできない僕を見て、女の子は仕方なさそうにため息をこぼすと、今度は僕ではなく絡まった包帯へと目を向けた。
「その包帯、絡まってるように見えるけど、もしかして困ってる?」
「...」
「首を振るぐらいならできるでしょ?」
その言葉に僕はようやく理解が追いついて、ゆっくりと恐る恐る頷いた。
すると、女の子はやれやれと言わんばかりにこちらに近づいて来て、胸元から箱を出すとその中からハサミを取り出した。
「こっちに来てくれたらそれ取ってあげるよ」
「...」
「そのままいたいのなら放っておくけど、どうする?」
「...」
うつむいて黙ったままの僕に、女の子は少し痺れを切らした様子で、ハサミをしまって立ち去ろうとした。
しかし、それに慌てて包帯に足を取られて転けた僕を見て、足を止めてクスリと笑った。
「ふふっ、何してんだか。ほら、早くこっち来て」
「...」
そう言われて僕が恐る恐る格子に近づくと、女の子は格子の間から手を入れて、絡まった包帯をハサミを使って少しずつ解いていった。
解く途中に女の子が僕の腕を掴もうとしたので、咄嗟に避けようとしたが、それよりも早く強い力で握られて、叱られた。
「ちょっと!ハサミを使ってるのよ!動いたら危ないでしょ!じっとしてなさい!」
「...っ」
突然の大きな声にビックリして、僕が勢いよく頷くと、女の子はまた仕方なさそうにため息をこぼし、続けて包帯を解いていった。
しばらくしてようやく全ての包帯から解き放たれると、僕は急いで女の子から離れようとしたが、腕はまだ強く掴まれたままだった。
「何離れようとしてるの?まだ怪我してるじゃない。包帯巻き直してあげるからここにいて」
そう言われて僕は咄嗟に首を横に振ろうと思ったが、女の子の鋭い視線は僕に頷くことしか許さなかった。
されるがままにグルグルと包帯が巻かれていく。
格子の隙間から手を入れて巻くので、女の子も少し難しそうな顔をしていたが、僕よりもよっぽど上手で、綺麗に包帯は巻かれ、あっという間に手当が完了した。
「どう?キツかったり、緩かったりするところない?」
「...」
キツい?緩いだって?とんでもない。
僕は彼女の問い掛けに今までで一番勢いよく首を横に振った。
包帯は一つも地面に着いている部分もなければ、心地よく傷口を覆っているため、空気に触れず痛みもほとんどなくなった。
こんなに上手に丁寧に手当をされたのは生まれて初めてだった。
嬉しくてニコニコと笑っていると、女の子も何故か少し嬉しそうな顔を浮かべた。
しかし、女の子は直ぐに緩んだ顔を引き締めて、ツンとした表情へと変わり、自分が笑ってはいけない存在なのだと思い出した僕も直ぐに笑顔を消して下を向いた。
「...お礼も言えないの?」
女の子が不服そうにそう言う。
先程の言葉も気になるが、少し寂しそうな様子の彼女を見て、僕はいてもたってもいられず、咄嗟に声を出してしまった。
「...あ...り...がとう...」
しどろもどろとしたその感謝の声に、女の子は驚いた顔をしていたが、先程とは違い、少しだけ柔らかい表情で話し続けた。
「なんだ、やっぱり話せるじゃない」
「...うん」
「どうして話そうとしなかったの?」
「...僕は呪われているから」
「ふーん、やっぱりあなたもあのふざけた法螺話のこと信じてるのね」
「...え?」
「まぁ、いいや。名前は何て言うの?」
「...え、あ、えっと...」
「あ!名前を聞く時は自分からよね」
女の子はそう言うと、前で結んだ帯の形を直し、格子に向かって手を差し出した。
「私の名前は三葉、よろしく。あなたは?」
「...僕は...ほむら...焔です」




