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Gehenna-ゲヘナ-  作者: Filmrêve(フィルムレーヴ)
呪われた村
92/104

1話

オルドの記録書

コードネーム:ミノリ

お山には神様が住んでいらっしゃる。

その神様は空を写したかのように美しく清らかで、慈悲深くて尊い存在なのだという。

だから、容易く見てはいけない、触れてはいけない、話しかけてはいけない。

もし無闇に山へ入って神様に出会ってしまったら、その美しい身を穢した罰として二度と帰って来ることはできないという。


そんな教えを小さい頃から、子供達は大人達から聞かされていた。

純新無垢な子供達はその教えを素直に聞き入れ、誰も山に足を踏み入れることはしなかった。


大きな山々に囲まれた小さな村。

そこには数十名の大人達とその子供達が住んでいた。

栄えているとは到底言い難い質素な暮らしではあったが、皆で支え合い、山の神様にお祈りをしていたお陰で、食う寝るに困ったことは一度もなかった。


村全体が家族のように仲が良く、どの家の子も関係なく大人達は世話を見て、時には育てることもあった。

子供達もそれに習って、性別も年齢も関係なく遊んで、笑って、歌い合った。

ただ一人を覗いては。


「消えちまえ!」


そんな声と共に小さな石が宙を舞う。

石の他にも泥や砂など、本来地面にあるはずのものが空高々と投げ飛んだ。

無邪気な子供達の笑い声と、悪意に満ちた言葉と共に。


「汚ねぇ奴だ!早く失せろ!」

「忌み子だ!忌み子!要らない子だ!」

「こっち見てんじゃねぇよ!このウスノロ!」


そんな罵声と共に石や泥や砂が飛び交う先には、小さな檻の中に入れられた一人の少年の姿があった。


彼は投げられるものの数々が目に入らぬよう、必死に顔を両腕で隠していたが、四方から飛び交う石の中で一際大きなものが頭に当たると、その痛みに思わず声を上げてしまった。


「...うっ!」

「うわっ!あいつの声聞いちゃった!」

「うげー!最悪だ!呪われるぞ!」

「出来損ない!声上げてんじゃねぇよ!」


騒ぎ出す子供達の声にようやく一人の大人が気がついて、こちらに向かって駆け寄って来た。

そして、子供達に近づくなり、その全員に向かって拳骨を振り下ろした。

あまりに突然の出来事に子供達は、全員言葉も失ってその場にうずくまった。


「まったく、何をしているんだ!!」

「いってぇ!いきなり殴ることないじゃないか!」

「黙りなさい!こんな危険なことをして...子供だからって許される訳じゃないぞ!」

「だってぇ...」


大きな声で怒られた子供達は、しょんぼりとした様子を見せ、駆け寄って来た大人の説教を素直に聞いていた。


「はぁ...この地面に書かれた円が見えるか?」

「...見える」

「この線より内側に入ってもよかったのか?」

「...ダメ」

「何故入ってはダメなんだ?」

「...危ないから」

「どうして危ないんだ?」

「...穢れが移るから」

「その通り!...そこまで分かっいて何故この中に入ったりしたんだ?」

「...だって、歩いていたらこいつが俺達のことずっと見てくるんだもん」

「そうか、それは災難だったな。だが、円の内側には入ってはいけないぞ?投げるなら円の外側からにしなさい。俺との約束だ」

「「はーい」」


そう言って子供達が元気に返事をすると、駆け寄って来た大人はニッコリと笑顔を浮かべて、今度は全員の頭を撫でた。

しかし、ある一人の子供の言葉を聞いて、彼の顔から笑顔が消えた。


「ねぇねぇ、あいつの声聞いちゃったんだけど、大丈夫かな?」

「...何?」

「俺も!俺も!どうしよう?」

「...」

「呪われちゃうかな?」

「...そうだな、それはよくない。早く帰ってお母さんに撫でてもらって来なさい」

「「はーい」」


そうして子供達は再び元気に返事をすると、一斉にそれぞれの家の方へと走り去って行った。

そして、その場に残されたのは、冷ややかで恐ろしい顔をした一人の大人と、檻の中にいる僕だけとなった。


「あれだけ声を出すなと言ったのに、まだ躾が足りないみたいだな」

「...」

「お前のその汚らわしい声のせいで、またこの村に災いが来たらどうするつもりだ」

「...」

「お情けで生かしてやってることにもう少し感謝しろ。地下牢の掃除が終わるまで静かにしてろ。顔を上げるな。誰のことも見るな。口を塞いでいろ。分かったな?」

「...」

「分かったな!?」


急に上がる大きな声に、僕は慌てて何度も頷いた。

その様子を見てようやく納得した様子の大人は、僕の足元に向かって唾を吐くと、そのまま立ち去っていった。


穏やかで優しい村には似つかわしい、村の中心に置かれた歪で小さな檻。

まるで見世物小屋のようなその檻の中に入れられた、ボロボロで汚い少年が僕。

そんな僕に奇異の目を向け、物や言葉で暴力を振るう人達がこの村の住人。

山々に囲まれた小さな村で、僕は呪われた子として人々から忌み嫌われていた。


人生のほとんどを屋敷の地下牢で過ごしていた。

外に出られるのは月に一度、地下牢の掃除がある時だけで、その日もこうして地上の檻の中に入れられていた。


僕は地上の檻に入る日が好きだ。

空を見上げることができ、心地よい風を感じることも、遠くから聞こえる温かい家族の声を聞くことも、お山の神様に向かってお祈りすることだってできる。

地下牢にいてはできないこと、見えないもの、聞こえないものを、感じることのできるこの日が、僕にとっての唯一の楽しみだった。


勿論、外に出て走り回ることができたら何よりも嬉しい。

しかし、僕は絶対に出てはいけないらしい。

村の祈祷師が描いた円の中から、この檻から。

何故なら頭のてっぺんからつま先まで、僕の身体の全てが呪われているから。


僕と目が合うとその日に悪いことが起きる。

僕の声を聞くとその年に災難に見舞われる。

僕に触れるとたちまち呪いが移る。

しかし、目が合っても物を投げれば悪いことを返すことができる。

声を聞いても実母に耳を撫でてもらえば聞かなかったことになる。

触れてしまっても祈祷師にお祓いを受ければ呪いを打ち消すことができる。

そんな言い伝えが村には広がっていた。


純新無垢な子供達はそんな言い伝えを素直に信じて、僕に向かって物を投げた。

時には僕が見ていない時でも。

大人達は子供達を守るためだと、その言い伝えを代々語り継いでいるらしい。


意識せずとも目が合えば石を投げられ、ひとたび声を出せば酷く躾をされる。

どんなに息を潜めていようとも、何かと理由がついて僕の身体は痛めつけられた。


「....あははっ...」


ふと遠くの方から和気あいあいとした親子の声が聞こえてきた。

その声に顔を上げて視線を凝らすと、少し遠くの家の縁側で、先程いたであろう子供が母親とじゃれ合いながら耳を撫でられている様子が見えた。


そんな仲睦まじい親子の光景を見ていると、ふと近くの村人の存在に気がつき、僕は勢いよく下を向いた。

気づかれないようにそっと視線を動かして見てみると、村人達はヒソヒソと何かを話しながら、どこかへ歩き去っていった。

恐らく村の祈祷師に僕の行動を報告しに行ったのだろう。

これはこの後、酷い躾が待っているに違いない。


僕はその事実に少し落胆して、ため息をこぼした。

すると、うつむいた視線の先に小さな新芽が出ていることに気がついた。

それは春の訪れを知らせる手紙のような緑で、心が跳ね上がるような季節の到来であった。


檻の中で見つけた小さな幸せに胸を躍らせて、誰にも気付かれないように笑みを浮かべる。

これが僕の生きる世界だ。

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