11話
真っ白で何もない不思議な空間。
見飽きた紫色の空もなく、天と地すら分からない場所で、二人の男が大の字になって転がっていた。
しばらく沈黙に身を委ねるように黙り込んでいたのだが、ふと私は溢れる胸の内を心のままに打ち明けていた。
「ここは彼の作った私の世界だ。ネオン街に学校にゴミ屋敷...どこも見覚えがあった。私の過去だ。私の恥だ。私の悪夢だ...。私欲のために沢山の人を殺してきた。その結果が...あの墓石だ...あの海だ。母の言う通り、私は...“ガラクタ”だったんだ...」
「....」
「世界は優しいと言い聞かせるのが馬鹿らしくなった。夢や希望を語るのも、神や仏を信じるのも、生きることも...私には全て無意味で馬鹿らしい。全て諦めてしまった方が楽なんだと気づいた。過去が重くのしかかって、立つこともままならなくて、まともに生きる気力すら湧かない。死んでしまった方が楽なんだと...そう思ったのさ」
「本当に馬鹿みたいだな、お前」
突然、無神経な男がそう言い放つ。
私は相変わらず無礼な男に呆れてため息を吐きかけたが、男がそれを遮るかのように話し出した。
「何でお前が諦める必要があるんだよ。お前を裏切った世界にどうして妥協してんだよ」
「....っ...」
「お前はお前なりに何かやってきたのに、世界はそれに答えず、裏切って、優しくしてくれなかった。お前が諦めてやる筋合いがどこにあんだよ?頑張ってきたこと全部無駄だったなんて馬鹿みてぇじゃん」
「...」
「もっと楽しめよ。もっと自由になれよ。もっと欲しがれよ。それがお前にできるこの世界への復讐だろ。死ぬことなんていつだってできる。それなら死ぬまで馬鹿やって、この世界を笑ってやろうぜ、俺とさ」
「...ぇ...?」
「過去が重いなら捨てればいい。新しく歩け出せばいい」
「...そんなこと...できるわけ...」
「できる」
男は私の目を真っ直ぐ見つめてそう言った。
寝転がったままのだらしない姿の彼だったが、その目を見ると何故だかとても頼りになる気がした。
私が彼のその謎の自信に戸惑っていると、彼は少し面倒くさそうに頭を搔きながら、空に向かって手を伸ばした。
「お前が夢見た海って、あんな黒色だったの?」
「...いや、違う。でも、あの時の私にはああ見えた」
「じゃあ、過去を変えよう、今ここで」
「...は?」
「これがお前が見る初めての海だ」
彼がそう言った瞬間、空中に無数の透明な結晶が現れた。
それらは一斉に輝き出すと、白い空間。瞬く間に色付けた。
星空のように不思議と光り輝く紺碧の空。
遥か水平線の彼方で静かに水面を照らす夕陽。
風に吹かれて穏やかに揺れる木々達。
転がる私の頬を優しく撫でる白妙の浜辺。
子守唄のように心地よく耳を癒す潮騒。
そして、美しく果てしなく広い青海原。
私はその光景を見て、思わず身体を起こした。
あの日絶望したはずの場所が、私の中で再び蘇る。
それはいつか夢見て、憧れた、南の島の海だった。
勿論、ここが現実の場所でないことは分かっていた。
空は夜にも昼にも見えるのに、遠くには夕陽があって、今は冬の季節なのに、肌に当たるのは暖かい風で、海の階調も茜色と瑠璃色と透明と不自然なまでに鮮やかで、まるで子供の夢を詰め込んだような場所。
これは彼が見せてくれた幻想だ。
それでも、私には十分すぎるほどの景色だった。
その美しさに思わず涙が溢れて止まらなかった。
汚れきった自分の全てが洗い流されるような気がした。
ほんの少しだけ、生きていたいと思えた...。
「クズ上等、下劣上等、罪人上等、馬鹿上等!俺と来れば、自ずと過去を捨てられる。得るのは仲間と居場所と未来だけさ」
「...どうして...」
「お前強いし、俺の隣を歩ける気がするから」
彼のその言葉に私は一瞬拍子抜けしたが、思わず涙を流しながら笑ってしまった。
「...何だよ...そのふざけた理由は」
「うるせぇ、真っ当な理由なんていらねぇんだよ」
男はそう言って、少し恥ずかしそうに頭を搔いた。
私もそんな彼を見て、少しだけ照れくさくなった。
「...それで、君は私と海外逃亡でもするつもりかい?過去を捨てるなんて、今の日本でできるわけ...」
「野郎二人で海外逃亡なんて死んでもゴメンだね!お前には本部に来てもらう」
「...本部?どこの?」
「本部ってのは一般人にバレないようにする為の通称」
「バレないようにって...」
「決して明かされてはいけない裏組織、オルドだ。オルドは世界の秩序を保ち、均衡の天秤を司る。こういうおかしな現象は世界中で起きていて、 俺らはその原因を調べて取り除いて、世界に平和をもたらすヒーローってわけ」
「...ヒーローねぇ...?」
「あーはいはい、そんな大それたものじゃありませんよ!」
男は面倒くさそうにそう訂正すると、同じように起き上がって、私の目を真っ直ぐ見つめた。
「確かに俺らはヒーローなんて優しい組織じゃない。でも、お前が望む世界を作る術はオルドにはある」
「...随分な自信だね」
「勿論、俺はそうするつもりだからな」
「望む世界を作るってこと?」
「俺はオルドをその踏み台としか考えてないからな!」
「ふふっ...君、一体何者なんだい?」
私がそう問い掛けると、男はパチンと指を一つ鳴らした。
すると、傷ついた彼の身体は一瞬にして治り、ボロボロになった彼のスーツまでもが綺麗に再生した。
「俺はカラレス、オルドで人間課の代表をやってる」
「...人...なのか?」
「さぁな、少なくとも神なんかじゃないぜ」
彼はそう言って笑った。
それはなんとも無邪気で悪戯で清々しい笑顔だった。
私はそんな彼を見て、同じような笑みを浮かべた。
こんな風に素直に笑えたのは、一体いつぶりの話だろうか。
ただ彼の話が突拍子もなくおかしくて、広がる海の景色が美しくて眩しくて、それだけが私の胸を満たしていた。
「...分かった...君と一緒に行くよ」
「ははっ!それ以外お前に選択肢なんてねぇよ!」
「どういう意味だい?」
「え?オルドのこと知ったら入るか死ぬかの道しかねぇもん」
「...君ねぇ...そういう大事なことはもっと早く話すべきだろう?」
「別にいいじゃん!結局入るんだから!」
「適当だな...」
「だぁー!もう!めんどくせぇ!この話終わり!言った通り、お前は全てを捨ててオルドに入る。過去も家族も友も名前も...全てな」
「名前って...それじゃあ偽名でも使うのかな?」
「へぇ〜!察しいいじゃん!」
「そりゃどうも」
「オルドでは全員がそれぞれコードネームで呼び合う。決め方とかは自由だけど、お前のは俺が考えてやるよ」
「は?ちょっと何で勝手に...」
私の制止も聞かず、男は少し悩む素振りを見せると、自信たっぷりにこちらに指を差して言い放った。
「よし!今からお前はガラクだ!」
「...え?」
「ガラクタのガラクくん」
「おっと、人の傷を容赦なく抉ってくるね、君」
「何で?めっちゃネーミングセンスよくね?」
「どこが...」
「我楽多の“我”、“楽”しむでガラク」
「...っ...」
「この世界をもっと楽しめるようにってな」
得意げにそう言って鼻をこすりながら笑う男。
私はそれに思わずため息をこぼしたが、決して悪い気はしなかった。
「いいよ、じゃあそれで」
「あ、それと、一応お前の本名も聞いときたいんだけど」
「...これから捨てるものなのに必要なのかい?」
「契約書とか色々に使うんだよ」
「面倒だね」
「本当にな!」
男はそう言って今度は苛立ちの表情を浮かべる。
コロコロと感情の変わる彼を見て、私は何だか幼子を見ているような気持ちになって、その感覚がおかしくて思わず笑った。
そして、彼といると楽しくなりそうだと、少し期待で胸が膨らんだ。
「私はカイ...呉屋 芥だ」




