表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Gehenna-ゲヘナ-  作者: Filmrêve(フィルムレーヴ)
蛇念
86/104

8話

夏の日差しも傾き、ひぐらしが優しく鳴き出す。

辺りが夕暮れ色に染まる中、私の目は絶望を写していた。


いつも汚い私の身体は、今日はより一層酷く、ゴミ捨て場の悪臭が移ってしまったようで、すれ違う人々が顔をしかめる程には汚れていた。


随分長いことあの場に座り込んでいたのだから仕方がない。

身体がベタつくのが汗かなのか、ゴミのせいなのかも分からない。

いや、そんなこと今は別にどうだっていい。

“ガラクタ”の私にはピッタリでないか。


そんなことを考えながら、私は家に向かって力なく歩いていた。


どうして家に帰ろうとしていたのだろうか。

帰ったところで待っていてくれる人なんていないのに。

あの場所に私を愛してくれる人は誰もいないのに。

そう気づいてしまったというのに。


あぁ、そうか。私は死ぬために帰っているのか。

家になら刃物も、風呂場も、紐もある。

早く彼の元に行ってあげなくては。

日も大分傾いてきたし、寒がっているはずた。

いや、どうだろうか。

彼もまた私を愛してなんかいなかったのかもしれない。

口の聞けない彼を私が勝手に解釈していただけなのかも。

私の妄言を彼が理解していたかなんて、分かるはずもない。

彼は人間じゃないのだから。

もうこの世にいないのだから。


思考が私の視界を暗くする。

日はまだ沈んでいないのに、何故だか目の前が真っ暗だった。

歩くのもやっとの気力で、私はどうにか家にたどり着いた。

そして、玄関の扉を開くと、そこには異様な光景が拡がっていた。


薄暗い部屋の中に佇む一人の少年。

顔はよく見えなかったが、やせ細った貧相な身体にボロボロの服を着て、伸びっぱなしの髪型のその子は、紛れもない私自身であった。

片手の刃物と血に染った身体を除いて...。


私の姿をしたその“何か”は、服も体も血で染っていた。

その血が彼自身のものではないということは、彼が持つ刃物と足元に転がる死体を見れば直ぐに分かった。


大量の血を流し、床に倒れる一人の女性。

彼女の黒い服は穴だらけで血によって赤黒く変色していて、酷く抵抗したのか長い髪は乱れてボサボサで、白い肌も切り傷によって、見るも無惨な姿となっている。

しかし、その顔だけは相変わらず綺麗で、死体は以前まで誇らしかった母の顔をしていた。


自分の姿をした少年が母を殺して佇んでいる。

私は酷く混乱したが、それは頭の中だけで、泣き出すことも喚き出すこともせずに、ただ呆然とその光景を眺めていた。


悲しむべきだろうか。

人を罵って軽蔑し、散々な扱いをしてきた彼女を。

憐れむべきだろうか。

友を殺し、ゴミ同然に捨てた女を。

涙を流すべきだろうか。

私を愛してくれなかったこんな奴のために...。


私の中で黒い感情がとぐろを巻く。

今まで押さえ込んできたものが激しく燃え上がり、“良い子の私”を消してゆく。

すると、そんな私の感情と共に赤い光が目に入ってきた。


それは目の前に佇む少年の目が輝いたもので、私はその目を見てハッとして、動揺に身を震わせた。

覚束ない足取りで少年の元に近づくと、目元のホクロまで私にそっくりな顔に、彼と同じ真っ赤な蛇の瞳が二つ浮かんでいた。


「...君なの...?」


そう言って少年の顔に手を伸ばすと、彼は口を耳まで裂けるようにしてにっこり笑い、気持ちよさそうに私の手に擦り寄ってきた。


その姿を見て、私は涙が止まらなくなった。

もう死んだと思った彼が生きていたという喜び、目の前に立つ得体の知れない存在への恐れ、私のために罪を犯した彼への申し訳なさ。

その全てが入り交じった涙だった。


すると、私の姿をした彼は、裂けた口から長い舌を出し、目からこぼれた涙をペロリと舐めとると、大事そうに、何かを確かめるかのように、優しく私の身体を這うようにねっとりと抱き締めた。

彼のその行為に私の目は再び涙で溢れ返った。


私はその抱擁に応えるかのように、強く彼の身体を抱き締めた。

彼の身体はまるで人のような抱き心地であったが、その体温は蛇そのもので、とても冷たかった。

しかし、私の心は初めて熱が込められたかのように温かくなり、心の底からの安心を覚えた。


「...ふふっ...あぁ、そうだ...そうだね...。僕には君しかいない...君だけでいい...。他には何一つ要らないよ...君さえいてくれるのなら...。ありがとう...ありがとう...愛しているよ...」


私がそう言うと、再び彼はニッコリ笑った。

もはや彼が私を愛していないだとか、私の言葉を理解できていないだとか、そんな疑惑を抱くことなどなくなっていた。


彼は私を愛してくれていた。

決して変わらない愛をくれた。

それだけで私の全ては報われ、満たされたような気がした。


「一緒に行こう...あの海へ...父さんの元へ...。あそこがきっと...僕らの居場所だ...」


私の言葉に彼は私と同じように抱擁で応えた。

そして、私達は二度と戻れぬ道を歩み始めたのだ。



母のことは小さな町で大きな事件となったが、私が疑われることも、彼が疑われることもなかった。


母の死んだ時刻、私は外で多数の目撃情報が寄せられ、警察は勿論のこと、民衆も一切の疑いも持たず、哀れな被害者として扱ってくれた。

私の姿をした彼はしばらくすると元の蛇の姿に戻り、彼へと結びつく証拠も何一つ見つかることはなかった。


結果、事件は未解決。

私達は完全犯罪を成し遂げたのだ。


その後、私の身柄はとある施設へと引き渡された。

身寄りのない私はそこで里親へと出され、子供に恵まれなかった心優しい夫婦の元に引き取られた。


以前とは比べようのない暮らしを手に入れたが、私達の望みは“これ”ではなかった。

本当の父、本当の家族との暮らしが欲しかった。

しかし、そのためには沢山のお金が必要だと知った。

豚野郎から渡されるようなはした金なんかよりも、もっともっと沢山のお金が必要だった。


だから、私達はもう一度やった。


片方が殺し、もう片方は別の場所でアリバイを作る。

決して明るみになることのない完全犯罪。

子供のいない夫婦の保険金は自ずと私の手の内となった。

しかし、それでもまだ足りなかった。

金というものは簡単に消えてしまうことを知った。

世の中は支払うべきもので溢れていることを知った。


だから、何度も繰り返した。


噂の立たぬよう、施設も家も転々として、殺した。

続ける内に慣れてきて、手口もますます巧妙になっていき、犯人を仕立て上げることもできるようになった。

どこへ行っても、私は哀れな被害者として君臨した。

当然だ。

私には心強い友がいるのだから。


蛇の姿をした彼は、特別な力を持っていた。

姿形を自由に変え、私だけでなく、見たことのある人間なら誰にでも化けることができた。

そうしていつも、私のことを助けてくれた。


『どうしてこんなことをするの...!』

『クソ...クソ...嫌だ...死にたくない!』

『っこの!腐れ外道の悪魔が!』


様々な言葉を聞いてきた。

時には懇願され、時には嘆かれ、時には罵声された。

しかし、どの言葉も私の胸に響くことはなかった。

むしろ清々しい気分だった。


私を不幸にしてきた醜い人間共が骸となっていく。

私を罵った奴らがことごとく冤罪となっていく。

全て私のしたことなのに、いつも私が守られた。

おかしくて堪らなかった。

腹がよじれそうだった。


ざまぁみろ。

ざまぁみろ。

お前らなんかに私達が分かるはずあるまい。

私は彼と一緒にあの海に行くのだ。

父に逢いに行くのだ。

その為なら、何だってしてやる。


悲しみも怒りも恐怖も感じることはなかった。

幸福と喜びと高ぶりだけが私を満たした。

彼といれば私は最強なのだ。


そして、何度目かの家族を殺した頃、ようやく満足のいく額を手に入れることができた。

私は早る気持ちを抑えて、彼と共に旅立った。

南の島にいる父を訪ねて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ