4話
「ドリームワールドとは、その名の通り、夢の世界。特殊な石の力によって開かれる異空間だ。自分の思うがままに夢を描くこともできれば、トラウマや恐怖などの悪夢に狂わされることもある。夢と表現したけど、ここでのことは現実にも作用する。怪我を負ったり死んだりすれば現実でも同様になるし、惑わされたり、自分を見失えば一生出ることはできない」
「特殊な石の力って?」
「その説明がめんどいからそう言ったんだけど」
「あのねぇ...君、本当に説明する気あるのかい?」
「うるせぇな、お前が質問多過ぎんだよ」
「仕方ないだろう、私はここについて何も知らないんだから」
「俺だって全部分かるわけじゃねぇし!っていうかここどこ!?出口どこだよ!!」
文句を垂れながら不機嫌そうに前を歩いて行く白髪の男。
私はそんな彼を見てため息をこぼしながら、窓の外に広がるあやめ色の空を見てポツリと呟いた。
「本当に...どこなんだろうね...」
女の姿をした化け物達から逃げおうせた私達は、一時の協力を交わし、再び歩き出した。
しかし、飛び込んだ扉の先にはまた別の空間が広がっていた。
先程のビル街とは打って変わった開けた場所。
同じものと言えば不思議な色の空ぐらいで、果てしなく広がる砂地に、チラホラと置かれた遊具、真ん中には大きく不気味な校舎がそびえ建つ、学校のような場所だった。
分かりやすいほど誘い込もうとするその校舎の存在に、私達は初めそれに入らずに出口を探そうと思ったのだが、どれだけ歩いても校舎から離れることができず、仕方なくその中へと入ったのだった。
不本意ながらも協力することとなった白髪の男カラレスは、知れば知るほど謎めいていて、腹立たしい人物であった。
歩く途中、彼のことやこの場所のことについて色々と尋ねてみたが、返答はどれも適当かつ意味不明なものばかりで、全く何の役にも立たず、苛立ちばかりが募っていった。
口を開けは双方噛みついてしまい、会話のほとんどが成立しない。
私は彼との協力が本当に必要であったか、少し懐疑的になりつつも、しばらく様子を見ようと大人しくしていた。
そして、それは彼もどうやら同じのようで、彼は時折、片目でこちらを刺すように睨んでいた。
そんなぎこちない雰囲気が続く中に、長い長い廊下を延々と歩いていると、ふと、男のこぼした愚痴が耳に入ってきた。
「事務も適当な仕事ばっかしやがって!何で俺がこんな『お荷物』と一緒にいなきゃなんねーんだよ!」
「聞き捨てならないね、誰が『お荷物』だい?」
「あ"?お前以外に誰がいんだよ」
「化け物には捕まって、ロクな情報も提供できなくて、口を開けば文句と愚痴しか吐けないような人に『お荷物』なんて言われる筋合いはないけど?」
「...やっぱお前嫌いだわ!」
「私も大嫌いだよ、君のように野蛮な人間は特にね」
「俺のどこが野蛮なんだよ。部屋に死体置いたり、化け物相手に肘鉄したり...お前の方が余っ程おっかねぇじゃん」
「失礼、君は野蛮なだけじゃなくて無神経だったね」
「はぁ〜??」
「何にせよ、彼のことを虐めた君は大嫌いだよ」
「彼ってあの蛇のこと?やっぱりあれお前が飼ってんの?」
カラレスという男はそう言いながら、持っていた携帯を取り出して操作を始めた。
その姿は明らかに人の話を聞くような態度ではなく、私はそんな彼に対して呆れた声で返事をした。
「...別に飼ってるわけじゃない」
「は?じゃあなんで怒る必要あんだよ。お前のペットじゃないなら関係ねぇじゃん」
「ペットなんかじゃない、彼は私の...」
そう言いかけた時、私はピタリと歩みを止めた。
前を歩いていた男は手元の携帯に気を取られ、しばらくそのまま進んでいたが、口篭る私に苛立ち始めたのか、ため息混じりに振り返った。
「蛇はお前の...何?そのさ、言いかけてやめるのマジでウザイ!言うならハッキリ最後まで言えよ」
「...ま...前...」
「あ"?」
「...前を見ろ...」
「前ってなん...」
そう言って前を向いた男は、廊下の先に見えた光景に、私と同じように言葉を失って固まった。
半袖を着た腕白そうな男の子。
昔ながらの戦隊ヒーローの描かれたTシャツに、膝小僧に貼られた絆創膏、少し汚れた上靴を履いた、どこにでもいる普通の小学生。
しかし、その頭は普通とはかけ離れていた。
少年の頭部は人間の頭の形をしておらず、頭の代わりに大きな口が乗っかっていて、ビル街で見た女性たち同様の化け物そのものであった。
口に見つめられるというおかしな状況に硬直していると、カラレスという男が恐る恐る口を開いた。
「...おい、ゆっくり後ろに下がるぞ」
「下手に動かない方がいいんじゃないかな?」
「じゃあここのまま一生あの口とにらめっこするのか?俺は絶対嫌だからな」
「...分かったよ...このまま静かに下がってみよう」
そうして声を潜めて話をすると、私と男はゆっくりと一歩後ろに下がった。
声も揃えていないのにピッタリと同じ動きをしながら。
しかし、それに合わせて口の頭をした男の子も、同じように一歩私達の方へと進んできた。
私達はそれを見て今度は話し合うこともせず、直ぐさま後ろに振り返ると、勢いよく走り出した。
その瞬間、廊下に並んだ教室の扉が一斉に開き、中から沢山の生徒らしき少年少女が出てくると、廊下に立っていた男の子と一緒になって追いかけて来た。
勿論、彼らの頭部は人間のそれではなく、異様な大きさの口だけが乗っかった化け物であった。
「ふざけんな!多過ぎだろ!」
「口より足を動かせ!追いつかれるぞ!」
「うじゃうじゃ湧いてきやがって!ゴキブリかよ!」
「ゴキブリの方がまだマシだよ!」
逃げ惑いながら私達は飽きることなく言い争う。
しかし、そんなことをしている暇などは当然なく、逃げれば逃げるほど化け物達は数を増やし、廊下が彼らに占領されるのも時間の問題であった。
そんな絶望的な状況を打破するために、隣を走る男がある賭けを提案してきた。
「おい!この先の階段で二手に別れるぞ!」
「何か策があるのかい!?」
「この数を一気に片付けるには分が悪過ぎる!俺が上!お前が下!二手に別れて数を減らす!」
「その後は!どうする気なんっ...」
「階段来たぞ!お前下な!間違えんなよ!」
男の曖昧な作戦に異議を申し立てようとしたが、そんな時間もなく、あっという間に階段までたどり着いてしまい、大きな不安を抱えたまま、私は男の提案通りに動くしかなかった。
廊下の突き当たりを曲がり、階段を前にすると、私達はこれまた息ぴったりとなって二手に別れた。
しかし、化け物達も頭が悪くないようで、大群となった彼らも同じく二手に別れて追って来た。
お世辞にも状況が良くなったとは言えず、どうするつもりかと叫ぼうとしたその時だった。
...ガシャンッ...ガダンッダンッ!
突然、上の階から大きな物音が鳴った。
それと同時に化け物達が上から雪崩のように落ちてきて、よく見ると彼らと共に椅子や机が上から降っていた。
何が起きたのか分からず、止まりそうになったのも束の間。
上から落ちてきた化物達はムクリと立ち上がると、今度は私の方へと向かってきた。
「...っ...!」
私は息をつく暇もなく、一目散に階段を駆け下りた。
そして、階段上から響き渡る笑い声に気がつき、ふつふつと怒りが湧いてきた。
「負ける賭けなんかするわけねぇだろ!このバーーーカ!精々頑張って外まで逃げるこったあな!」
「...このクズ野郎が!!」
悪態を吐きながらも、男の言う通り外に向かう他なく、私は湧き上がる怒りを足の力に変えて、全力で走り続けた。
しかし、外に出たところで解決策など勿論なく、果てしなく広がる校庭に化け物達と共に絶望が押し寄せる。
走っても走っても前に進めない無限地獄。
私は意を決して振り返り、化け物達相手に一矢報いようと腹を括った。
すると、校舎の屋上に立つ一人の男の存在に気がついた。
あやめ色の空を背に目を見開いて立つ男。
彼が手をこちらに向けた瞬間、大きな衝撃音と共に化け物達が一斉に倒れていった。
突如として放たれた不思議な力。
よく目を凝らすと透明な結晶のようなものが煌めいていて、それらは化け物達の全身に突き刺さっていた。
「負ける賭けなんかしねぇって言っただろ?」
ポカンとする私に白髪の男は得意げにそう言った。




